<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■昔の話
「さて、まずは吾輩からでよろしいかな」
【裸王】ドルジ・バッハーは海に揺蕩う8匹の竜を目前にして問う。
その表情は先ほどまでと変わらない豪快な笑顔であった。
「ええ。私は観察に移らせてもらいましょう」
一歩後ろから、ドルジ含めグラスコードを……戦場全体を見渡す【眼王】ステルバ・ステルス。
比較的軽装であったためドルジたちに付いてこれた兵士たち50名が見守る中で戦闘が始まろうとしていた。
残り150名のうち一部は【巫女】を捜索しながら向かってきている。
「ああ。やはりと言いますか。ソレ、UBMですよ」
ステルバが見た情報を伝える。
「ほほう。名はなんと?」
「【触腕怪奇 グラスコード】……どうやら伝説級にまで成長しているようですね」
「ふむ。伝説級……ならば耐久性としては申し分ないか」
「時間稼ぎはお任せします」
「ガハハ。ステルバの見せ場が残っていればいいですがな」
ドルジはコートを一枚脱ぐと、海上に浮かぶグラスコードの首の1つへと殴りかかる。
「Fururururuuuuu」
自ら飛び込んできた獲物に対しグラスコードは口を開け、牙を剥く。
これまで食らってきた人間共よりは幾分か美味そうだ。
栄養も豊富そうであるし、より良き糧になる。
これならば――強くなれるだろう。
人間の強さならこれまで見てきた。
せいぜいが、鱗に傷を作るだけ。
肉に、骨にまで届くダメージを付ける人間などいなかった。
強さの限界だ。
剣も、槍も、弓も。
人間は武器というモンスターには無いものを持っているが、それすらも通じない。
ならば、目の前の、素手で自身に挑む人間など如何ほどのものか。
「Fu-ruru」
グラスコードは放たれたドルジの腕に喰らいつく。
鋭歯はそれ1本で人間の腕を斬り落とす。
ドルジから感じるオーラから推測される強さでも耐えることは出来ないだろう。
グラスコードは笑う。
およそ人間の住むこの大きな集落から感じる大きな力の持ち主は2人。
1人目の腕を今食らった。
すぐにでも全身を喰らい、そして2人目……いや集落の人間を喰らい尽くす。
「Fu……?」
だが、グラスコードは気づく。
歯を突き立てた腕が千切れない。
「ふむ。やや痛いですな。やはり……厚すぎましたか」
グラスコードの歯はドルジの腕こそ貫けなかったが、その上にあった衣服は全て破っていた。
「どいて頂けますかな。それでは些か、脱ぎづらい」
ドルジは残った片腕を使いグラスコードの口から腕を引き抜く。
びりびりと、グラスコードの歯に引きずられてドルジの衣服が脱げていく。
「おや。これはいけない。上が全て脱げてしまいました」
次の瞬間であった。
先ほどまでドルジの腕に喰らいついていたグラスコードの意識が途切れた。
視界が闇に染まったどころか、生命そのものが終わりを迎えていた。
「――」
首の1つは何が起こったか分からないまま、絶叫を上げる暇なく絶命する。
「駄目ですぞ。いきなり5枚も剥いでしまうとは。それでは力加減が難しくなってしまう」
頭部の欠けたグラスコードの首の1つに向けてドルジは忠告する。
「せっかくのUBM、吾輩の力試しにしようと思っていたのに」
「ドルジ。悪い癖ですよ。まだ、7匹残っています」
その脅威を理解したのであろう。
グラスコードの残りの首7つが一斉にドルジに喰らいつこうとする。
だが、同時に7つの首が弾き消えた。
その一撃……いや七撃は先ほどのものよりも重く、速かった。
「なんと。もう終わってしまったか」
8つの首はドルジの強さを理解しても、その強さの秘密は分からなかっただろう。
徐々に強くなっていく。
服が剥げていく毎に。
衣服を脱いでいく程にステータスを倍々に強化していく。
これこそが変質者系統超級職が一つ【裸王】のスキル、《
脱げば脱ぐほど……つまりは、初期段階に着込んでいるほどに、脱ぐ枚数は増えていく。
それは何も上衣や下衣だけに留まらず、ブレスレットやネックレス、眼鏡などの装飾品も含まれる。
ただし、同じ系統のもの……重ね着に対しては効果は発動しない。
故に、装備品として扱った衣類や装飾品が対象といったところであろう。
「1つにつき20パーセントの強化でしたか」
「うむ。吾輩の最大装備数は15……おっと、こいつを忘れていましたな」
と、ドルジは伊達眼鏡を外す。
計15の装備を失い下着一枚の彼のステータスの全てに300パーセントが上乗せされている。
ステータスが高く、素手での攻撃に補正が付く【裸王】であれば300パーセントの強化は人間では辿り着かない域へと達していた。
「ふふ。恐ろしい……。つくづく実感しますよ。貴方がこの街を護る側で良かったとね」
「がはは! この街は良い! 吾輩が自由に街中を歩けるのですから。それだけで、以前いた街を抜けてきた甲斐がありますわい」
実際は、以前住んでいた街を破壊してきたのだが、それはドルジ以外知る由もない。
「それはそれとして、特典武具が吾輩の手元にはありませんが」
「敵を倒した手応えくらい覚えておきなさい。ソレはまだ生きていますよ」
ステルバがそうドルジに伝えたと同時に、海中から新たなグラスコードの首が躍り出るように飛び出てドルジを襲う。
「……ぬっ!?」
虚を突かれ驚きつつも、ドルジはその首に正拳をぶつける。
だが、その隙に、海中から他の首が4本、ドルジの四肢に巻き付く。
「ほほう。学習しましたか。なるほど……それに先ほどのよりも強い」
「……ぐぐぅ」
驚くことにドルジは巻き付いた首を振りほどくことが出来ないでいる。
「ステルバよ。これは一体……?」
「ええ。今見ますから……なるほど。餌を強さに変える能力を持っているようです」
冷静に、そう告げるステルバであるが内心焦っていた。
下着一枚となったドルジですら振りほどけない膂力。
勿論、ドルジが解けにくいよう関節で抑えられていることもあるのだろうが、それでもドルジの力で解けないのであれば誰にも解けないことになる。
「……なるほど。【巫女】が必要になるわけです」
これだけの力があるのならば、確かに鎮静化させる役割が必要だ。
「……早く……早く到着してもらわねば」
もはや海中の索敵に目玉は2つも必要ない。
そう判断したステルバは1つを【巫女】の捜索に回す。
「……近づいて来てはいるようです」
「ステルバよ。もう、宜しいですかな?」
「っ!? ま、待ってください! すぐに、すぐに【巫女】は到着します。ですから――」
ステルバは必死にドルジを説得させようとする。
落ち着かせようと。
だが、それももはや限界であった。
ドルジはここまで我慢してきたのだ。
厚着をして。
一枚ずつ脱ごうとして、だがグラスコードに無理やり剥がされて。
「もう我慢の限界です……《
それは《瞬間装備》の対極とも言えるスキル。
変質者系統基本スキル。
衣服を瞬間的にアイテムボックスへと仕舞う……つまりは手を触れずとも全裸に近づくスキルである。
これを使って、ドルジは最後の一枚を脱ぐ。
「お、お、おおおおおおおおお!」
ドルジの声は高まっていく。
高まって、昂っていく。
「ドルジ様! 兵一同、到着しま……あ」
そして、タイミングを計ったかのように残りの兵士たち全てが到着してしまう。
「ああ……これだけの数の前に吾輩の裸体が晒されている……ぬおおおおおおおお!」
街の兵全て、加えて遠目から戦いを見る街の住民たち。
総数は500近いだろうか。
それだけの数の人間の前にドルジは全裸となっていた。
「ああ……この街を護る者として恥ずかしい……」
「何人ですかな!?」
「……500人です」
ステルバは恥ずかしさのあまり顔を覆う。
尤も、スキルによって周囲の様子は見えてしまっているが。
「ふむ」
ドルジが四肢を動かす。
それだけで、拘束していた首は容易く千切れていく。
「ステルバよ。このモンスターは後どれくらい強くなれるのでしょうか」
「そうですね……残りのエネルギーから推測して最初の5倍ほどには」
「ならば吾輩の勝ちですな。何せ吾輩は最初より15倍強い」
海中から首が次々と出る。
だが、それらはドルジに蹴散らされていく。
「Fu――ッ!?」
訳が分からないだろう。
何故、この全裸の男が強いのか。
それは、グラスコードがモンスターであるうちには絶対に分からない。
【裸王】……いや変質者系統のジョブのほとんどは対象がいることで発動するスキルが多い。変質者とは、対象がいることでようやく完成する。
【裸王】もそれに漏れず、ただ全裸になるだけが【裸王】ではない。
全裸を見せることが、変質者の超級職なのだ。
【裸王】奥義、《
1人につき1パーセント。500人に見られているため500パーセント
それは《全裸待機》の強化率と乗算され、ドルジのステータスはグラスコードのステータスを大きく超えていた。
「この際、MVPは譲りましょう。グラスコードの本体は水中に潜んでいますから、片付けてください」
ステルバはようやく補足出来た情報をドルジへと伝える。
ドルジの今のステータスであれば、水中の敵であったとしても、水で緩和されていようとグラスコードを海面から殺し切れるだろうと判断した。
「うむ。ではいきますぞ! 我が全力の一撃、《全裸万象》をお見せしましょう」
全ステータスが上乗せされた一撃をドルジが放とうとした瞬間であった。
「静まりなさい」
清浄な一声。
水面に浮かんだ揺らぎさえ収めるような声にドルジの動きは止まる。
「な……ぜ……」
いや、止まったのではない。
止められたのだ。
「これは……!?」
ステルバは声の主を探す。
おかしい。
まだのはずだった。
その足の速さであれば、まだ数分はかかるだろうと計算していたのに。
「神の御前です。無礼は許しません」
それは天地出身の【巫女】、ミオギという女であった。
黒い巫女装束に身を包んだ彼女は海岸に立ち、グラスコードへと手を伸ばす。
「ああ……尊きお方。貴方こそ我が神に相応しい」
と、ミオギはそのまま海へと飛び込み……海面を歩く。
そして、振り返りドルジを始めとした街の兵士たちを見渡す。
「まずはお礼を。ありがとうございます。尊きお方……【グラスコード】様をここまで追い込んで頂いて。私の声が届きやすくなりました」
「どういうこと……でしょうか」
ステルバが辛うじて声を出す。
辛うじて、なのだ。
この場にいる誰もが動けず、声も出せないでいる。
「どういうこと……? 何を言っているのでしょう。私は初めからここに、そのために呼ばれたのですから。神を崇める。神を称える。神を作る。それこそが【
細かい数字の計算が……
ステータス表記は勘弁してください
どのくらいが適当なのか分からなかったのです