<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■とある少女の追憶
オーディションの翌日。
心の底から登校したくないと思ったのは初めてであった。
これまでは何とか足を通学路に運んでいたが、その日だけは重く、痛かった。
ざわついていた教室に少女が入ると一転、一瞬だけ静まり返る。
その数瞬後に、ワッとクラスメイト達が少女を取り囲んだ。
残念だったね。
惜しかったね。
また次も受けてみようよ。
私は投票したよ。
そんな、空々しい言葉と共に、満面の笑みが向けられた。
少女はその時何を答えたか思い出せない。
何も答えなかったのかもしれない。
どのような返答をしても、邪魔だとばかりに手を振っても、クラスメイト達は嫌な顔ひとつしない。
ただ笑顔のままだ。
少女はそれすら嫌になり、結局口を開くことは無かった。
無言のままで自席に着席すると伏せる。
その様子を見て、クラスメイト達は何も言わずに各々のグループに戻っていった。
顔を伏せていた少女は誰にも気づかれないように、そっと目を教室内に向ける。
誰もが少女を見ている。
そんな気がしてならなかった。
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
「バウムさんの護衛を第一優先にして、私と共に数人来なさい!」
「「「イエス、マスター!」」」
1㎞先からこちらへと向かう死んだ村人達。
それらはもはやゾンビと形容するに相応しい異形であった。
目は腐り落ち、手足は腐敗し溶け、のろのろと歩む様はゾンビ以外の何物でもない。
プシュケーは内心舌を打つ。
彼らはもう助からない。
生きたままゾンビになったのか、それとも死んだ後になったのか。
不明であるがただ一つだけ。
あれらは不可逆的に起こっている事象であろう。
回復魔法であろうと、スキルであろうと、カメオだろうと。
どのような手段を用いても彼らは生者としてこの地で立つことはもう無い。
「……まだ幼い子供もいるのか」
背後でこの状況を憂う声が聞こえる。
蟲を怖がるバウムであるが、ゾンビはそうでも無いらしい。
「バウムさん。念のためお聞きしますが、【高位薬剤師】にあれを治す手段はありまして?」
「いや……無理だな。俺の直感になるが、蘇生スキルを用いてもあの状態は治せない」
「そう。……私と同じ考えですわね」
自身の推測を肯定されてしまい、プシュケーは覚悟を決める。
もしやその道の人間であればと期待したが、むしろ裏付けされてしまったようなものだ。
これで彼らは殺しきるしか無くなった。
「せめて、これ以上苦しませないよう。救って差し上げるしかありませんわね」
ゾンビの足は遅い。
未だ距離は900mほど離れたままだ。
だが、その間隔を、プシュケー自らが詰める。
探知に長けたワルキューレをバウムの下に残し、残り総出でゾンビ達の下へと駆ける。
先陣はプシュケー。
伸ばしたスウェーコンを横薙ぎに振るい、ゾンビの8割を吹き飛ばした。
『ア“ア”――』
ゾンビ達は空中で次々に消えていく。
それほど耐久性が高くなかったのは元の素質か、それともゾンビであるからか。
「……こんなにも脆いとは」
ゾンビの生きていた頃の顔さえ知らない。
だが、ここまで醜い様では無かったはずだ。
もっと美しい、人生を歩めているはずであった。
自身の手でかつて村人であった者達があっけなく消えていく様を見て、プシュケーの手は一瞬だけ躊躇う。
それを補うのは彼女のエンブリオであるワルキューレ達。
残り2割のゾンビを瞬く間に殲滅していく。
「……ワルキューレ」
ワルキューレとは戦場にて死んだ戦士を天界へと導く存在。
村人たちは戦士では無い。
だが、プシュケーと相対し、戦って死んだ。
ならば彼らもまた資格は得ているはずだ。
安らかに天で眠って欲しい。
自身のエンブリオがワルキューレで良かったと思いながら、ゾンビのいなくなった平原を見る。
何も変わった様子は無い。
先程までいたゾンビ達も消え、まるで最初からいなかったかのように静かである。
「……不可思議ですわ」
痕跡が無さ過ぎた。
村人が流行り病で一斉に死んでゾンビになった?
否、そうであればどこかで話を聞いているはずだ。
だが、この村は平穏な村であると話を聞いただけ。
人為的に起こされた。
そう見るしかあるまい。
村人たちが逃げる間もなく、ゾンビに変えてみせた何者かがいる。
「……まずはバウムさんと合流するしかありませんわね」
事態はただのPK退治に留まらない。
そう予感したプシュケーは事態の把握に急ぐのであった。
■レジェンダリア最西部
レジェンダリア西部の岬の一つ。
漁業が盛んなだけが取り柄の村がある。
グランバロアからも、アルター王国からも、レジェンダリア中枢部からも距離があるため、漁業が彼らの生きる道であり、温暖な気候も相まって生きるに困らない程度には漁業が発達している村であった。
その村もまた、ゾンビに溢れていた。
目的も無く、意志も無く、知能も無い。
ただ、村を徘徊する屍達。
それらを見据える視線が、3対あった。
うち2対は人のもの。
「のぉ、お前様。我が愛しの王よ。我らはまだ行かぬのか?」
白面を被る小柄な少女。
ぼろ雑巾と見紛う程の古びて色褪せた着物は、しかし全く乱れていない。
絶えず少女の体からは何かが散っていた。
彼女は傍らに座る青年に身を預けながら尋ねた。
「もう十分に振り撒いた。もう十分に時が満ちた。まだ、やることでもあるのかえ?」
少女の声は未だ幼いもの。
だが、彼女がエンブリオであることを鑑みれば、その見た目と声など何のあてにもならないことが伺えるだろう。
そう、年齢と陰惨性など何の関係も無いのだと。
「まだだ」
青年ははっきりと断言する。
少女がしな垂れかかろうと、それをうっとうしく思うことは無い。
ただ、そこに哀れみを感じるだけ。
「文は送った。手札も揃いつつある。……ああ、まさか彼の竜王に協力して頂けるとは思わなかった」
「ならば何を待つ? お前様はよもや私を捨てるつもりではあるまいな?」
青年は笑う。
どこまでも自虐的なエンブリオに。
だが、その笑みは優しい。
斯様に攻撃的な性質を持っているくせに脆い少女を、助けたくてたまらない。
ここまで準備を整え、尽くしても尚、自身が捨てられるのではないかと危惧するその様は小さく非力な小動物のようだ。
「役者だ。こちら側の準備だけ整っているのは不公平というものだ。ルールを提示する。戦力を揃えさせる。でなければ、俺達のやっていることはただ悪行さ」
その返答に、少女もまた青年に対して愛おしさが増す。
自身らの行為は間違いなく悪そのもの。
人間をゾンビに変える力は、どう見ても正義のソレではない。
なのに、青年は何故か正当化させようとしている。
その理由はただ一つ。
少女のため。
自身のエンブリオが傷つかぬために。
少女が正しいのだと証明するために。
青年は平等や公平を無理やりに掲げようとする。
「……お前様」
「何だ?」
少女は青年により体重を預ける。
青年が少しでも身じろぎすれば少女は倒れてしまうだろう。
それほどに身も心も預ける。
大願のため青年と少女は待つ。
その間にも少女の体から、銀の粉が舞い続ける。
ソレは風に乗り、地を転がり、大陸中に散漫していく。
時間経過によっていずれは消えるだろう。
だが、消えるまで決して水に溶けず土中に滲まず上空に消えず、ただ生物の肉体にのみ溶けていく。
溶けた生物の末路は一様にして同じ。
抗えなかった者は即時に死に絶え、そして歩く屍と化す。
それこそが《
恐るべきゾンビ化のスキルである。
「愛しい愛しい我が王。必ずや成功させてくれような」
「ああ……無論だ」