<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■とある少女の追憶
昔から。
昔から昔から昔から昔から。
他人に絡まれる人生であった。
放っておいて欲しいと、心の底から願っても報われることは無い。
努力も願望も擬態も何もかもが無駄であり、少女の人生は他人に付き纏われるものであった。
それが好意的なものであれば良い。
他人に好かれる人生であったなら、少女はこうも卑屈にならなかっただろう。
あるいは、開き直らなかっただろう。
だが、悪意に満ちた人生を送る者は悪意に染まる。
悪意でしか他人に接することが出来なくなり、悪意でしか己の感情を伝えられなくなる。
だからこそ少女は自身が美しいか否か分からなくなった。
この感情は美しいのか。
この姿は美しいのか。
醜いと評されているのか、それとも囃し立てられているのか。
結局のところ。
少女にとってはどちらも同じだったのだろう。
悪意であれ善意であれ。
斯様な容姿に生まれ落ちたのならば、斯様な人生がお似合いだと。
そう、卑屈な考えに至る他無い。
オーディションも、入学も、面接も、就職も。
世の大半は容姿で決まる。
清潔感であれ、雰囲気であれ、印象が最悪であればあっけなく下落するもの。
ならば何も出来まい。
何も出来ないように育てられた。
そのように生まれた。
少女は常に他者に問いかける。
その答えなど決まっているのに。
嘘であればすぐに分かるのに。
問わずにいられないのだ。
それが、彼女なりの悪意に染まったコミュニケーションなのだから。
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
ゾンビへと変えられた村人たち。
彼らを浄化した後にプシュケーとバウムは現在廃村となってしまった村の中を巡る。
「まるで荒らされていない……さっきまで生活していたかのようだな」
「あながち間違いでは無いのかもしれませんわね。見てください、消えかけていますが暖炉に薪がくべられている……少なくとも数時間以内にここの住人は生きていたと見て良いみたいですわ」
民家に入り、プシュケーはそう結論付ける。
やはり数時間以内に村人たちはゾンビへと変えられている。
そう変化させた何かが起こった。
「映画ではゾンビの最初の1体とかがいるんだよな。そいつが次々に人間に噛んで感染していくってのがセオリーだが……」
「あら。意外ですわね。その手の映画に通じていますとは。てっきり全般がNGかと思っていましたわ」
「別にグロ系が駄目なわけでは無いんだ……あくまで昆虫だけ。で、そのセオリーだが、今回は違いそうだな」
「そうですわね」
プシュケーとバウムは村中を見渡す。
村内に戦闘の跡は無い。
ゾンビに変えられた村人と、まだ変えられる前の村人。
彼らが争ったのであれば、何かしらの痕跡があるはずだ。
だが、それが無いのであれば……
「接触感染以外、か」
「むしろ厄介ともいえるかもしれませんわね。触れるのさえ気を付ければ良い感染経路に比べて、飛沫やそのほかは防ぐ手段が限られますから」
他の生物を介する感染経路だとすれば、近づく全てのモンスターを警戒せねばらならない。
……否、目に見えぬ微生物すらも感染経路であれば目も当てられない惨事となろう。
「……どうする?」
「……何が、でしょう?」
と、バウムはあえて主語を抜きにしてプシュケーに尋ねた。
言わずとも分かるだろう、という意味を込めて。
だが、プシュケーははっきりと尋ね返した。
それは、彼女もまた、言わずとも分かるだろうという確固たる意志があるからだ。
「……。俺達の依頼と、この村の状況は全くの別物だ。むしろゾンビを倒したことで褒められるくらいだろう。これ以上首を突っ込むのか? それとも、最初の目的通りに――」
「どちらもですわ」
だからこそ、プシュケーの返答はバウムが尋ね直すまでも無く決まっていた。
村のこの状況も、PKという脅威も。
そのどちらも自身の手で解決してみせると。
「私達の手に負えないとしても、その時は応援を呼ぶまで。背を向けて逃げることも、回り道をして避けることも、そんな美しくないことはしませんわ」
「……そうか」
ならば腹が決まったとバウムは手持ちの薬品を取り出す。
赤、青、黄……様々な薬品のうち2つを地面にぶちまけた。
「状況解決に必要な要素は2つ。1つは純然たる力。これは俺には無いものだ。力づくで解決に導けるだけの力は暴力に等しい。それは、アンタにとっても美しくないものだろう?」
「ええ。良く分かっていますわね」
「……まあ、この状況で力があったところで何も解決は出来ないけどな。だが、2つ目の要素は俺にもある。解決に辿るための推測。その材料集めだ。力が無ければ知恵を絞れば良い。知恵を絞るために手がかりを集めれば良い。俺は【高位薬剤師】だ。争った痕跡が無くとも、何かが起きた痕跡くらいは拾い集めてみせる」
赤と青。
2つの薬品が混じりながら地面へと吸い込まれていく。
赤は広範囲に広がっていき、青は一つ箇所に留まる。
やがて、その中心部が銀に染まった。
「……これか」
バウムは銀の物質を触れぬようにしながら採取する。
試験管の底に溜まったソレを陽光に透かし、あるいは他の薬品に溶かしていく。
「……不味い代物だぞこれは。触れた生物を軒並み屍に変えちまう性質を持っている。ばら撒かれたのは地面だけか……。っ!? 畜生……地獄絵図だぞこれは」
銀の物質を解析し、バウムは絶望する。
これは抗いようが無い。
救いが無さすぎるものであると。
「プシュケー。悪い知らせと、更に悪い知らせ。どちらから聞きたい?」
「……どちらにしろ悪いのですか。貴方が決めてくださいまし」
「なら、アンタがどっちが悪いか判断してくれ。まず最初に、この銀の物質だが、本来は目に見えないくらいの細かな粉状のものだ。さっきの赤い薬品が地面の性質を分析して、異物だけを吸着するもの。そして青が吸着した物質を集めてくるものだ。問題はこの銀紛だが、そこら中に舞っている」
「そこら中?」
「ああ……空気中全面に、だ。感染経路の話をしたよな? ならば答えは空気感染……呼吸をすれば、皮膚に付着すれば、勝手にこの銀の粉は体内に侵入してくる」
「……ッ」
咄嗟にプシュケーは己の体から粉を取り払おうとする。
だが、目に見えぬ粉はいくら振り落とそうとも、そもそも振り落とせているかすら怪しい。
「そして、この粉は体内に蓄積されていく。今はENDで耐えている状況だろう。だが、その耐久値を超える量を吸い込んでしまえば……」
「私達もゾンビになってしまうと」
「……分からない。俺達〈マスター〉は普通に死ぬだけかもしれない。死体が残るティアンだから、ゾンビになったのかもしれない。だが、このまま吸い込み続けていいものではないことだけは確かだ」
【高位薬剤師】であるバウムは、ある程度解析したこの銀紛が視界に映っている。
故に、視界を埋め尽くさんばかりに大量に舞っている銀紛を見て眉を潜めた。
「……予備のマスク貸そうか?」
「いえ……それは美しく無いので」
「そうか。……なら、急ごしらえで悪いが、これを使ってくれ。少なくとも効果を遅らせることはできるはずだ」
バウムは翡翠色をした薬品を取り出し、銀紛を少量混ぜる。
それをプシュケーに渡した。
「混ぜた物質への抵抗力を高める性質を持っている。あくまで高めるだけ。完全耐性とまではいかないがな」
「十分ですわ。ワルキューレ達の分も貰っても?」
「ああ。勿論だ」
これでひとまずプシュケー達はゾンビ化することは避けられた。
バウムもガスマスクと気密スーツで完全に外気と遮断されており、銀紛に触れることは無い。
「……西部から粉は来ているようだ」
「ならば向かいましょう。速やかに解決すべく」
この銀紛がレジェンダリア中に舞えばどうなるか。
予想に容易い。
被害を拡大させないためにも、プシュケーとバウムの足を逸らせる。