<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Bside 美VS醜VS腐 7

■廃村――ゴラグ村

 

 近接・中距離共に隙の無いプシュケーに対峙するはカズアキという名の〈マスター〉。

 1体1体が亜竜級に匹敵するゾンビの群れすら屠ってみせた彼女に対しても、カズアキは己が優勢であることは覆らないと自負する。

 

「お前様。お前様ぁ? 先程から無口が過ぎるのではなかろうか。あるいは、あ奴に対して多弁に過ぎるのではあるまいな」

「そんなことはないさ」

「よもや……見惚れていたわけでは無いよな?」

「断じて無い。それだけは、絶対に」

 

 言葉だけを取れば、浮気者の男を問い詰めるようにもみえる。

 その返答もまた、浮気男のソレに近しいものを感じる。

 だが、カズアキに問う少女はその返答で満足する。

 自らがカズアキのエンブリオであり、嘘偽りを見抜くから、では無い。

 カズアキの視線はプシュケーに向けられてはいるが、その魂は興味以上の感情を向けていない。

 好意でも悪意でも無い。

 あるのは、劣等感だけ。

 

「……こんな俺に失望するか?」

「かか、かかか。いや、むしろ、だ。良い。むしろ私は昂っておる。やはりお前様は、だからこそ良いのだ」

 

 だから、斯様なエンブリオが生まれてしまった。

 白面の下で少女は嗤う。

 その醜悪さが積もろうとも、決してカズアキは否定しない。

 その醜さに釣り合わさせるために世界をも堕落させるだろう。

 

「お話は終わりまして?」

「……む」

 

 水を差されたと、少女は不機嫌そうな声を出す。

 主との会話は何よりの愛情表現であり、それを邪魔するのであれば、元より悪感情を抱いていたが、更に劣悪に嫌いにならねばならない。

 醜い嫉妬丸出しであり、それこそが彼女の本質。

 白面の下では他者に見せられない表情をしていた。

 

「悪いな。招待もされていない客を歓待する準備はこちらには出来ていないんだ。打ち合わせの邪魔はしないで欲しいな」

「あら。予期せぬ来客をもてなす器も無いなんて。たかが知れてしまいますわよ?」

 

 明らかな挑発。

 だが、カズアキは乗らない。

 動かない。

 

「……(手の内は明かしてはくれないみたいですわね)」

 

 期待はしていなかったが、一手目くらいは見せて欲しかったとプシュケーは内心嘆息を漏らす。

 まだ敵の能力は計り知れていない。

 恐らくはこのゾンビを生み出す力であろうが、それだけでないことは、カズアキの余裕の表情から見て取れる。

 

「(ならば……早々に仕掛ける他ありませんわね)」

 

 後方のバウムに視線を送る。

 彼は理解し、頷く。

 すぐにワルキューレ達がバウムの護衛に回り、プシュケーは単身でカズアキへと向き直る。

 

「まずは私とダンスでもいかがかしら?」

 

 プシュケーとカズアキの距離は50m程。

 ここから先はプシュケーの得意な戦闘域……50m以内であればスウェーコンを操るのに最適な距離であった。

 スウェーコンを伸ばす。

 直線状に、カズアキを刺し殺すつもりで伸長されていく。

 その伸長速度は使い手であるプシュケーのメインジョブによる補正も相まって、音速に達する。

 住居の下敷きとなり身動きの取れなかったカズアキの目で追えるようなものではない。

 カズアキの胸部にまで到達したスウェーコンは、

 

「……悪いが、俺の相手は既に決まっていてね」

 

 しかし、その軌道を直前で極端に曲げ、カズアキの横を素通りしていった。

 

「……幻術の類、ではありませんわね」

 

 光の屈折や、【幻術師】系統によるスキルで起こされた現象とはまた違う。

 スウェーコンの手応えから、強制的に曲げられたことであるとプシュケーは察した。

 

 すぐにスウェーコンを引き戻す。

 続けざまに五度、音速の域でスウェーコンによる中距離からの刺突を繰り返す。

 

 だが、結果は同じ。

 いずれも、カズアキの右脇を通り抜けていく。

 二度、わざと外して見せる。

 右脇に向かうというのなら、左脇ではどうか。

 結果は、そのまま左脇を抜けていくだけであった。

 

「……なるほど」

 

 空間操作の類か、と結論付ける。

 空間を歪曲させることでカズアキの真正面からの攻撃を全て右脇へと曲げてしまう。

 スウェーコン自体への損傷は無いことから、空間を曲げることでのカズアキ自身への影響も無いらしい。

 

「(……真正面からスウェーコンでの刺突は封じられた。対処法は2つ。接近戦で彼の正面以外から叩く。もう一つは――)」

 

 思考を巡らせながらプシュケーは実行するため体を動かす。

 50の距離を詰めることはプシュケーにとってそう難しいことでは無い。

 僅か数瞬のうちに届くであろう。

 

 だが、その数瞬とて、プシュケーは瞬間移動をするわけではない。

 脚を速く動かし、常人以上の速度で駆けるだけである。

 故に一歩目。

 その出だしでプシュケーは己の体への異変に気付いた。

 

「右手が……」

 

 スウェーコンを握る手に力が入らない。

 それもそのはず。

 美の極致ともいえる彼女の右手は。

 常にスキンケアを怠らず、繊細なハンドマッサージで保たれてきた彼女の美手は、腐り始めていたからだ。

 ぐちゃり、と音を立てながら肉片が地面に落ちる。

 右手の甲は肉がこそげ落ち、骨まで見えていた。

 

「……あ、ああああああああああああああああ」

 

 堪らず、プシュケーは絶叫する。

 その場で蹲り、右手を抱え、涙を流しながら叫ぶ。

 

「……これは」

 

 その光景に最も戸惑っているのはカズアキ。

 プシュケーの右手を腐らせたのは間違いなく彼のエンブリオによる攻撃。

 だが、それでも右手が腐るだけだ。

 左手も、他の肉体部位も健全なまま。

 そのまま戦うことも出来たはずであり、無論そちらへの攻撃準備も行おうとしていた。

 

 だが、予想以上のプシュケーにはダメージがあったようだ。

 肉体では無く精神に。

 確かに、そういった狙いもあった。

 いくらか意気が消沈するやも、と。

 

「かか。案外脆いものであったな。いや、それはそれで我ら好みではあるか?」

「……そうだな。今の彼女に気概は無い。先ほどまでの美しさは彼女自らが壊してしまったようだ」

 

 もはや戦意は喪失されている。

 勝敗は決した。

 そう、思われた時であった。

 

「……! おい、プシュケー、しっかりしろ! お前に死なれては困るんだよ! 大丈夫だ。まだ損なわれてはいない。こんなの、ガワが少し剥がされただけだ」

 

 蹲るプシュケーへとバウムが駆ける。

 抱きしめられた右手を見て、バウムは手遅れでは無いことに安堵する。

 

「よく見ろ! お前の手は綺麗なままだ」

 

 バウムの両手がプシュケーの右手を包み込む。

 暖かなぬくもりが右手から感じ、プシュケーは顔をあげる。

 

「……ほら、な」

 

 バウムが両手を離す。

 そこには、先ほどまでのプシュケーの無事な右手があった。

 

「……これは」

「いいから、まだ敵はそこにいる。そこで立ち止っている暇なんて無いぞ」

 

 立ち上がるように促す。

 訳も分からぬままプシュケーは再びスウェーコンを構える。

 

「バウムさん……」

「呆けているくらいならこれを飲んでおくといい。耐性が付く」

 

 バウムが試験管を放る。

 一切の抵抗なくプシュケーは呷ると走り出した。

 

「……よくも私に恥をかかせてくれましたわね。少しばかり力を込めさせてもらいますわよ」

「へえ? 復活してしまうのか。その魂の煌めきは……嫌いだ」

 

 カズアキは迫るプシュケーにゾンビ化を進行させるスキルを使用する。

 その条件はカズアキに対して近づくこと。

 近づけば近づく程、肉体の腐敗は進んでいく。

 ゾンビへと近づいていく。

 

「もう、通用致しませんわ!」

 

 だが……プシュケーの肉体に変化は訪れない。

 相も変わらず美を保ったままのプシュケーはカズアキに接近し、スウェーコンを叩きつけた。

 

「……かはっ」

 

 無防備に等しい態勢でいたカズアキはまともに食らい立ち上がれない。

 

「流石はバウムさん謹製の薬品。効き目は十分ですわね」

 

 プシュケーの瞳には涙が滲む。

 ゾンビ化への耐性が付き、進行を遅らせたとはいえ完全なものではない。

 肉体は多少腐敗している。

 我慢していたのだろう。

 それでも、守るべきものが背後にいる。

 それだけでプシュケーは、魔法少女は力が湧いてくる。

 こと精神に攻撃を仕掛けていたというのであれば、魔法少女はその逆境すらも乗り越えてみせる。

 

 苦々し気な、しかし晴れやかな眩しい笑顔は誰の目にも美しかった。

 

「……」

 

 ――白面の少女を除いて。

 

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