<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Bside 美VS醜VS腐 8

■廃村――ゴラグ村

 

「離れろ」

 

 伏したカズアキを無力化するため縄で縛り上げようとしたプシュケーの耳に、地の底から這い出たような低い音が届く。

 それが白面の少女から出た声であると気づくまでに時間がかかった。

 

 およそ人のソレではない。

 化物の唸り声のような、突風が轟くような、人外が捻り出すような声であった。

 

「……もう諦めなさいな。何がしたかったのか、それはこれから聞き出しますが、既に貴女の主は捉えましたわ。エンブリオである貴女の能力も既に割れていますし、貴女自身に戦う術は無いのでしょう?」

「五月蠅い。綺麗は嫌いだ。美しいは嫌いだ。可憐も端正も秀麗も耽美も、何もかもが疎ましい。どうせお前達は見下すのであろう。汚いものを汚いと評し、排するのだ。だから変えてやるのだ。我が主と私でこの世界を――」

 

 少女は白面に手をかける。

 そして、徐々にその素顔を表していく。

 皮膚は爛れ、皺がいくつも刻まれ、病的に、外的に、その醜さを刻印されたその中身を――

 

「――待て。まだ早い」

 

 その手を主の声が止める。

 地に伏したまま、プシュケーに捉えられたまま、しかし視線だけは少女にしかと向け、

 

「それは今ではない。世を公平に正すというのであれば、それはこの時この場限りで終わらせるわけにはいかない。だから、その手を止めるんだ」

「……」

 

 少女は白面の下からカズアキの目を見返す。

 冷静な瞳は、熱くなりかけた少女の熱を冷ますには充分であり、主への熱を再燃させるにも充分過ぎた。

 

「……それもそう、だな。お前様の言葉通りだ。済まなかった」

「分かってくれるなら別にいいさ」

 

 2人の間に流れる空気は恋人のソレに近い。

 実際に、少女は類似した感情を向けていた。

 カズアキの方は分からぬが、プシュケーにも同性として少女の感情は理解出来た。

 

「だが、どうする? この状況でお前様に出来ることもあるまい。ここからの逆転劇など……ああ、そうか」

 

 少女が空を見上げた。

 

 同時に、空気が震える。

 否、これまで村に満ちていた臭気をも越す臭いが流れ始めた。

 

「はは。やはり、お前様だ。よもやここまでもが時間稼ぎの一つに過ぎぬとはな。ああ、まっこと醜き、そして愛おしい」

「……この気配は!?」

 

 プシュケーの《危険察知》に特大の反応。

 このままこの場にいては自身の身が危険であると知らせている。

 だが、とカズアキを見る。

 このまま放置はできない。

 せめて始末だけでも、と思った瞬間、

 

「駄目だ、離れろ!」

 

 バウムが叫んだ。

 思考よりも先に体が動く。

 カズアキを残したまま後方へ大きく跳ぶ。

 

 次の瞬間にはカズアキの姿は飛来した巨体に埋もれて見えなくなった。

 

 爪が地面に触れる。土も岩も塵と化していく。

 息が漏れ出る。大気が腐っていく。

 視線がその場全ての生物に向けられる。途端に【腐敗】の病毒系状態異常が課せられる。

 恐るべきことに既に命の無き生命であるはずのゾンビにまで。

 バウムによる支援を受けたプシュケーですら逃れられない。

 

 その元凶。

 登場だけで一帯を支配してみせた巨体の主。

 

「ああ。待っていたよ。少しばかり時間がかかったようだけど、遠方に出かけていたのかい? それとも、あまり速度を出すと体が痛むのかな」

 

 どこからかカズアキの声がする。

 彼の味方……援軍のようだ。

 

 やられた、とプシュケーは歯噛みする。

 早急に始末すべきであった。

 もう後悔しても遅いだろう。

 だが、目の前のモンスターを思えば、敵方の戦力は少しでも削って挑むべきであった。

 

『老体ではあるが、儂はまだまだ現役である……なんてな。なに、少しばかり遊びに付き合ってみただけだ。若造が一端の口をきくからどの程度かを見定めるためにの』

 

 ソレの口から2つの塊が吐き出される。

 

「――がはっ」

「あに、じゃぁぁぁ――」

 

 恐るべきことに、それらもまたモンスター。

 それも、逸話級のUBMであった。

 2匹の逸話級を軽々と相手をし、登場だけでプシュケーをも圧倒する存在。

 

 それこそは古代伝説級最上位が1体。

 それこそは最古の竜王が1体。

 

 名を、ドラグロット。

 

「君の出番はまだ先だと思っていたのだけどね。……彼らの相手は俺達には厳しい。だから、片付けてくれて助かったよ。【腐竜王 ドラグロット】」

『飄々と、抜かしおる。貴様もまた儂の言う若造の1人であること、忘れてはおるまいな?』

「忘れるものか。だから、君は力を貸してくれるのだろう?」

『フン』

 

 巨大な竜――【腐竜王 ドラグロット】の視線はカズアキからプシュケーへと移る。

 ぐじゅぐじゅと、プシュケーの肉体は先ほどまでの比では無い速度で腐敗を進行させていた。

 これがドラグロットの力。

 神話級に近いとされている竜王の1体。

 時竜王の兄妹とも噂される、万物の時間を強制的に進める能力。

 

 腐敗していく肉体はやがて立つ力すら失う。

 プシュケーも、ワルキューレ達も、全身を気密スーツで覆われたバウムですらも倒れる。

 

『……それで、こやつらは?』

「招待状も持たないお客様だ。今、俺達で歓迎していたところだけど、どうやら想定以上の暴漢だったようだね」

『そうか。ならば殺すか?』

 

 それはドラグロットにとっては呼吸と同程度の造作も無いことである。

 同程度どころか、意識下での呼吸はより毒性を秘めたブレスとなり、プシュケーらを瞬く間に殺すだろう。

 

「そうだね。彼女も怒りに満ちている。これ以上不用意に刺激はしたくない」

『ならば。……ああ、ソレらは土産だ。儂にとっては糧の一つに過ぎぬが、人の身であれば武具と化すのだろう? 損は無いはずだ』

 

 死にかけの2体のUBMをあろうことか手土産であると言い出す。

 それほどに、ドラグロットにとって逸話級UBM程度は価値の低い存在であった。

 

「助かるよ。どちらも俺にとっては有益な力となりそうだ。だろう?」

 

 カズアキの言葉に白面の少女も頷く。

 アイテムボックスから武器を2本取り出すと、それぞれ自身と少女の手に持ち、倒れ伏すUBMの首にかけた。

 

「腐竜王よ。我が主の力となったこと、ここに改めて感謝致す」

 

 白面の少女は上機嫌でカズアキから受け取った剣を振りかぶる。

 カズアキも斧を手にハエ型のUBM目掛け構える。

 ドラグロットも侵入者を排除しようと爪をプシュケーらに向ける。

 

 三つ巴の陣営。

 それも1つの強大な存在でバランスは崩れる。

 

「(……体が動かない。ドラグロット……噂に違わぬ力。ですが……!)」

 

 四肢が動かずとも。

 スウェーコンであればプシュケーの意思で動かせる。

 

「(一矢報いてみせなさい。気を張りなさい……プシュケー・アーチ! スウェーコンに笑われますわよ!)」

 

 辛うじて動く指先でスウェーコンを操り、その矛先をドラグロットへと向ける。

 

「伸び……なさい!」

『ほう……!』

 

 予想外の攻撃だったのだろう。

 スウェーコンを避けきれず、ドラグロットの肉体が貫かれる。

 

「ドラグロット!?」

「腐竜王!」

 

 カズアキと白面の少女の手が止まる。

 ドラグロット自体へのダメージはそこまで大きなものではない。

 腕の一本、それも浅く掠ったに等しいだけだ。

 

 だが、それでも想定外ではある。

 ドラグロットに万が一のことがあれば、カズアキ達も計画も崩れる。

 

「あに、じゃぁぁぁぁ!!」

「ああああああああああ! 動け俺の体ぁぁぁぁあ!」

 

 その隙を……小さな隙間を逃さずに2体のUBMは逃げようと動き出す。

 力を温存していたのか、それとも自己再生能力に長けているのか。

 溶けかけた肉体を無理やりに動かしながら、この村からの脱走を図ろうとし、

 

「鏡よ鏡、鏡さん。この世界で最も美しいのは――」

 

 2体のUBMの眼前の空間が割れた。

 

 異常な光景に彼らの足も止まる。

 その先に進めばどうなるか、分からないからこそ逃げられなくなる。

 

 誰の目にも明らかに、縦に切れ目が走り、そこから人間の足が這い出る。

 同時に女の声。

 歌うように、その場全員に問うように、声は続かれる。

 

「だ、あ、れ?」

 




とりあえず出したいやつ全員出しとけの精神
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