<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■廃村――ゴラグ村
それは――黒いタイツに覆われた脚は、地を確かめるようにゆっくりと踏みしめる。
誰もが目を奪われるような優美な所作。
恐らくは幾度も幾度も幾度も、研磨を重ねた先にしか生まれない動き。
それにいち早く気づいたプシュケーは、空間の亀裂から現れる何者かが如何に、品に、美に気を遣っているのか注視し、
UBM含めた他の者達は、空間の亀裂そのものについて能力を推察しようとし、
そうして、全員の目を奪った何者かが全身を亀裂から現した時、
「ふふ……ああ、みんなが注目している。このワタシに! 他の誰でもないワタシを見ている! あの時もそう、ワタシを、ワタシを、見て、見て、そうして、裏切った」
美醜でいえば、醜いと称するのが適切な顔。
人間とは美的感覚の異なるモンスター達は乱入者の言葉は分からなかったが、〈マスター〉もエンブリオも彼女の顔を見て固まる。
更には、毒々しい紫で派手な衣装に身を包んでおり、まるで毒蛾のようだと、そんな感想を呟く者もいた。
「私、綺麗?」
そうして彼女は問いかける。
お決まりの言葉を。
何度も何度も尋ねた言葉を。
分かり切った答えを聞くために。
否、それ以外の答えを求めたために。
プシュケーの返答は決まっていた。
外見も内面も所作も行動も全てを織り交ぜて、問いかけた女が美しいか否かを判断する。
「あ――」
「醜いわ」
プシュケーよりも早く即答したのはカズアキのエンブリオである白面の少女。
美しさよりも、こと醜さに対しては、白面の少女の方が敏感であった。
彼女は醜さを好む。
外見的醜さは何よりも内面の美しさを覆い隠す。
醜ければ醜い程、中身の美しさは増していく。
だからこそ、醜いと答える。
それが白面の少女にとっては最上級の誉め言葉であり、
「――そう」
尋ねた方にとっては普通に侮辱であった。
だが、誰がどう見ても、お世辞にも美しいとはいえない顔。
モデルにもアイドルにも女優にもなれない、むしろ顔で笑いを取れる芸人になら向いているかもしれない。
そんな彼女に向かって、真正面に、真正直に、白面の少女が答えた言葉に対して、
「やっっっぱぁぁぁぁりぃぃぃぃそうなのねぇぇぇぇぇぇ! みんなみんなワタシを馬鹿にしてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
怒りで顔を歪ませる。
醜さを更に露わにし、彼女は叫ぶ。
「ここに来なさい! 我がエンブリオ!」
絶叫し、そして呼ぶ。
彼女の左手……ではなく、後方に残された亀裂からエンブリオは出現する。
「ここに。マイマスター。お呼びでしょうか」
亀裂から現れ、そして主の下に傅くのは金髪の少年。
まるで天使のようだと思わせる幼さを残した顔。
彼は顔を上げると状況を把握したのか、
「ああ……なるほど。では許可を頂けたということで?」
「ええ。全て残らず殺しなさい――ウリエル」
「仰せのままに」
仰々しく少年が一礼した――かと思った瞬間に、プシュケーらは宙にいた。
「……え」
地上に立っていたはずの、その場にいたはずに全員が空に放り出されていた。
「何、が……!?」
高度一千メートル。
航空機からダイビングしたかのようだ。
否、それよりは遥かに高度は低い。
だが、それでも人が死ぬには容易い高さである。
救命胴衣の類は一切ない。
パラシュート無しのスカイダイビング。
「ッ。う、あああぁぁぁぁぁああ」
油断すれば意識を持っていかれる。
上を向いているのか下を向いているのか。
現実であるかすら怪しい。
目が乾く。
四肢が千切れそうな感覚に陥る。
眩暈が、頭痛が、意識を失わせようと様々な感覚が害する。
「……ッ! スウェーコン!」
それでもプシュケーは必死に意識を繋ぎ止め、手の中の武器の名を叫ぶ。
「皆を……集めなさい」
まるでスウェーコン自体に意思が宿っているかのように、スウェーコンはプシュケーの手の中で回転すると、散り散りになっている仲間達の手元へと伸びていく。
あるいは、目も空けられない者や気絶している者に対しては衣服に引っ掛けることでスウェーコンと固定する。
スウェーコンから伝わる僅かな感覚だけを頼りにプシュケーはバウムとワルキューレ全員の確保が完了したと察する。
そして本来の長さにまでスウェーコンを引き戻し、
「全員、私に掴まりなさい」
地面が迫る。
風に流されたか、それとも先の転移能力で全く別の上空に飛ばされたか不明だが、岩石地帯のようだ。
「少し痛いかもしれませんが……我慢してくださいまし」
スウェーコンを直立させ、その石突を真下に……地面へと向けて伸ばす。
「ぐっ……う……」
プシュケーの両手に全員分の体重と地面との激突による衝撃がのしかかる。
だが、手を離せば、ステータスの弱い順に地面でミンチと化すか、良くて死体として残るだけであろう。
どちらにせよ死亡は免れない。
「……こんなところで……死なせてたまるものですかぁぁぁぁ!」
石突が削られていく。
徐々に落下速度が減少していく。
少しでも衝撃が和らぐよう、スウェーコンが緩やかに縮んでいく。
更にはワルキューレの1人、杖使いが風魔法によるクッションを作り出していることも一因していた。
かくして、全員無事なまま岩石地帯に降り立つことが出来たのであった。
「……ハァッ……ハァッ……」
普段からは見られないほどの憔悴。
バウムという異性がいるにも関わらずプシュケーは肩で息をし、座り込んでしまっていた。
無理もない。
全員分の命を背負い、全力を振り絞って助けた後なのだから。
とはいえ、プシュケー以外の面々の顔にも疲労の色はある。
振り落とされないようにプシュケーの体にしがみ付いていたのだから。
貧弱なステータスのバウムすら離さなかったのは奇跡と言っていいだろう。
「た、助かった……」
しかしながら休む暇はない。
プシュケーを始めとしたワルキューレ達は回復の暇もなく上空に放り出されたのだから。
「皆、しばらくそのままで」
バウムはアイテムボックスから取り出したスプレー缶を周囲に振り撒く。
「バウムさん……それは?」
「安心してくれ。これは俺のエンブリオとは関係ない……まあ外見は意識してしまったがな。回復ポーションを詰めたものだ。濃度は変えていないからすぐに全回復するはずだ」
それもまた、バウムのいう師匠とやらから教わったものなのだろうか。
「……粉塵、みたいなものですわね」
「ゲームとかやるクチか。意外だな」
「ふっ……嗜みですわよ」
しばらくすると軽口も叩けるくらいには回復してきたのか、ぽつりぽつりと会話も増えてくる。
そして、現状の訳の分からなさに直面する余裕も。
「……結局、あいつら全員が敵ってことでいいんだよな」
「ですわね……最後のが恐らくは私達が追っていたPKでしょう。……転移系、といったところですわね。有名なのは“般若”のエンブリオですが……ということは傍らにいた少年が……」
「“般若”……ハンニャか。エンブリオが同タイプならアポストル……。おいおい、メイデンにアポストルって、随分と珍しい奴らに出会う日だな」
不幸中の幸いというべきか、彼ら同士は仲間では無いらしい。
というか、初対面であった様子だ。
ならば、三すくみの関係……まだ戦いようはある。
「問題はあの竜王ですわね……はっきり言って、反則過ぎますわ」
「そんなに強いのか? いや、竜王ってのが全部強いのは知っているんだが」
竜たちの王、即ち竜王。
各々が各属性を極めている王たちである。
「強い弱いというカテゴリーにすらいませんわ。【腐竜王 ドラグロット】……古代伝説級UBMの中でも頂点。一度は神話級すら下したと噂される竜王ですわ」
「……」
バウムは己が足が震えていることに気づく。
ペルソティ広場でみた、シュヴァーゲル。
神話級とはかくも強大な存在なのかと思い知った。
それに並び立つ……もしかするとそれ以上かもしれないとされるドラグロットを前に、立ち向かうことは出来るのか。
「(……無理だろ)」
勝てる勝てないという可能性すら超えている。
どう足掻いても戦いにすらならないと、先ほどの数分で分からされた。
「心中察しますわ、バウムさん」
「なら――」
「ここからは私1人で向かいます。PKも、カズアキという男も、白面の少女も、腐竜王も、纏めて私が相手致しますわ」
「……え」
「だから、貴方は引き返しなさい。そして、助けを呼んでください。もし、私1人で抑えられない時に、他の誰かが向かえるように」
「だ、だが……」
果たしてそれでいいのか。
投げ出して、逃げ出して、それでもプシュケーは自分を仲間と呼んでくれるのか。
自分は何もできないままこの場を後にしていいのか。
それは果たして……心傷足り得ないのか。
「役割分担ですわ。ワルキューレもそう遠くまで単独での行動は難しいですし、救援はバウムさんが適任ということ。分かってくださいますわよね?」
「……ああ」
このような言い方をさせてしまうことに腹が立つ。
プシュケーは分かっている。
バウムが逃げたいのを。
そして、逃げ出すだけの言い訳が見つからないことも。
先んじて、逃げるための理由を作ってくれたプシュケーに申し訳なさ、同時にバウム自身への怒り。
それらを飲み込み、
「分かった。なるべく早く呼んで来る」
「あら。私の見せ場を長くするためにゆっくりで良いんですのに」
現在地から大きな街まで走っても数時間。
ステータス強化アイテムを用いても1時間変わるかどうか。
アイテムの残数を確認するバウムと、スウェーコンの消耗具合を確認するプシュケー。
2人の前に再び亀裂は出現した。