<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■レジェンダリア西部 アラハルト採掘場
『空間に亀裂が入る』
無論、そのような現象を起こすには相応の力が必要であり、その現象を引き起こせば、その周囲の環境は劇的に変化せざるを得ないだろう。
具体的な例を挙げるとすれば破壊王の《破界の鉄槌》。
空間に入った亀裂を世界は修復しようと、無理やりに歪ませる。
結果的に周囲はズタズタに、取り返しの付かない程に破壊されてしまう。
だがしかし、それは真に『空間に亀裂が入る』現象の結果だ。
そう見えただけであれば、結果は異なる。
空間に亀裂など簡単に入らない。
入るのだとしたらそれは、先入観だけである。
「……鏡、ですのね」
答えは最初から出ていた。
なにせ、彼女は登場と共に教えてくれていたのだから。
『鏡よ鏡、鏡さん』と。
そう、空間に突如出現した黒い割れ目。
それは、真っ黒な鏡であった。
光を一切しない鏡。
それでも、ソレが鏡であることが分かるのは彼女の言葉だけに非ず。
彼女の姿だけが鏡に、左右対称に映されていたのだから……否、彼女は鏡から出ていた。
彼女が鏡から出るに合わせて、鏡から遠ざかるに合わせて、鏡の中の彼女の後姿も小さくなっていく。
鏡合わせのように彼女だけが映し出されている。
まるで、他の何者も映したくないとばかりに。
「ワタシを醜いと言ったあのガキもムカついたけどぉぉぉ! やぁぁっぱり! まずは! お前のような美人から殺したくなるわよねぇぇぇぇ!」
「ええ、マイマスター。仰る通りにございます」
そして、背後から、続けざまに鏡に映し出され、そして這い出た少年。
彼女のエンブリオであるらしい、金髪の少年――ウリエルが賛同する。
「正直者も嘘つきも、等しく鏡に前では真実を吐かざるを得ません。その醜さを映し出し、そして相応しい末路を与えてみせましょう」
「ええ、やってちょうだい!」
ウリエルが半歩踏み出す、と同時にプシュケーの足元の感触が変化する。
ここまで来れば予想も容易い。
だからこそ、プシュケーは下がり、そしてワルキューレ達へと視線を向ける。
「全員、下がりなさい! バウムさんを抱え、足元に注意しながら動き続けるのです」
そう、足元に出現した小さな鏡を踏まないようにしながら指示を出した。
空間転移の正体は鏡。
鏡から、恐らくは鏡までの空間転移を引き起こす能力だろう。
敵味方問わず強制的に鏡に触れた対象を自在に飛ばす。
ただそれだけ。
だが、恐るべき能力。
上空に転移地点を設置すれば落下死を引き起こさせる。
タネが分からなければ……いや、タネが分かったところで飛ばされたが最後、抗うことが難しい。
強力な能力故に、どこか欠点はあるのだろう。
だが、欠点があることと彼女が弱いことはイコールではない。
こうして戦闘スタイルが成り立っている以上、それは補われている、もしくは克服されている。
「ここは、私が引き受けます」
プシュケーはスウェーコンを構える。
元より、今回の依頼は彼女を討伐すること。
バウムにはサポートとして随伴してもらっただけで、戦闘面ではプシュケー単独で賄うつもりであった。
誰一人として死なせるつもりはない。
バウムも、ワルキューレも。
スウェーコン無しでは上空に飛ばされた時の対処法が無い今、安易に囲んで戦うことも難しいだろう。
だからこそ、プシュケーは1人戦う。
犠牲無きことが美しい。
それが彼女の魔法少女としての戦い方だ。
「ずず、随分と自信満々なのねぇぇ! ああ、嫌だ嫌だ。そんなに満ち溢れていて、眩しくて、堂々としていて! まるであの日のワタシのよう!」
女の叫声と共に彼女の頭上に鏡が幾つも出現する。
それはそのまま彼女が同時に展開できる鏡の数なのだろうか。
「……プシュケー・アーチですわ」
「何よ、名前なんか名乗っちゃって。だから私に名前を教えろって? ざぁんねんでしたぁぁぁ! てめえなんかに教えるもんかよぉぉぉ!」
《看破》でステータスが覗けない。
それはすなわち、そのまま相手の強さがプシュケーよりも上である可能性に繋がる。
数多の〈マスター〉を殺し、捕まらず、殺されず、生き延びている。
弱いわけがない。
言動以上に彼女は強く、強かであっていいはずだ。
「失礼、これは私の礼儀ですので。お気になさらず」
「『お気になさらず』……ですってぇぇぇ!? 誰がてめえのことなんか気にするかよ! 1秒だって顔を見たくねえ! だから、さっさと殺して、ウリエル!」
「ええ、勿論ですとも」
女の頭上の鏡。
合わせて10の鏡からそれぞれ、4,5mはありそうな鉄塊が弾き飛ばされる。
「……!」
それらは四方に、巨大な散弾のように弾かれる。
命中精度など無いようなものだが、狙っていないからこそ、軌道が読みづらい。
その上、予備動作が無かった。
「……! スウェーコン!」
そして、その攻撃はプシュケーだけを狙うよりも効果的であった。
直線的に狙われれば幾らでも弾き返しただろう。
だが、鉄塊は四方に散る。
下がらせたバウムたちにすらも届きかねない。
「……んの!」
まるでバットを振るかのようにスウェーコンを伸ばし、打ち返す。
自身と、バウムたちへと向かう鉄塊。
その重量に手首の骨が軋む。
鉄塊……鉄鉱石のような岩石は、周囲のどこからか転移したのだろう。
ここは採掘場……岩石地帯。
弾になる素材は幾らでもある。
だが、異常なのは射出速度。
弾丸にも迫る速度は如何様な能力であったのか。
「(……引力、重力、あるいは圧力ですわね)」
いずれかの、物体に加わる力を利用したのだろう。
岩石の一部分だけを、一定方向から削り取ることで、かかっていた力を利用したのか。
どうあれ、鏡の転移は目に見えない『力』すれも飛ばせるらしい。
「あら、あららら。今の顔は良かったわよぉ。随分と醜い、こちら側の顔になったわねぇぇ!」
ハハ、ハハハと女は嗤う。
歯を剥き出しにして、目は虚ろげに、何かに酔うかのように。
「醜い? 取り下げなさい。私は常に美しくあろうとしている。その私に向かって、醜い、と」
「ええ! 何度だって言ってあげるわ! 醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い醜い――」
呪言のように連呼する女からは尋常ならざる圧がある。
何に固執しているのか。
何に囚われているのか。
「プシュケー!」
「……」
だが、徐々に、徐々にプシュケーは落ち着きを取り戻す。
バウムの言葉に、彼女が背負っているものを思い出す。
ここで冷静さを失えば。
ここで死ねば。
目の前の女もそうだが、ゾンビ達が何をしでかすか予想できない以上、やはり全て食い止めなければならない。
そう、自分に言い聞かせる。
そして、落ちつけば、周囲も見えてくる。
先程の女の言葉がプシュケーを指しているよりも、どこか自身に向かって言い含めているように感じた。
「ああ、醜い。醜いのよ。だって、暗幕は下がったのだから。鐘は鳴ったのだから。みんなに笑われたのだから!」
女の頬に滴が伝う。
それは――
「ウリエル。全開でやってちょうだい!」
「……御意。《
神の炎、あるいは光。
その光は裁きの力。
己が主の敵を殺す為の。
暑い、と最初に感じた。
次に、熱いと。
「……まさか」
嫌な予感がプシュケーの額に汗を伝わらせる。
果たしてそれは、ただの冷や汗なのか。
否、それはすぐに熱さからくるものに変わる。
次いで、その汗すらも蒸発するほどの高熱へと変化していく。
「貴女のために取り寄せたのよ。全て喰らって、焼け死になさい!」
鏡が溶け出す。
いつの間にか10あった鏡は5つへと減っていた。
だが、それすらも過剰であっただろう。
なにせ、鏡からは地下数十キロにあるはずの超高熱の液体――マグマが溢れ出したのだから。