<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■昔の話
遥か遠くの国、天地ではこのような言葉が伝わっていた。
『【巫女】を【神子】にするな』
巫女系統派生職【神子】。
彼女らは天地で総じてこう呼ばれる。
『邪神の使いである』と。
『邪神を作り出す忌まわしき巫女である』と。
天地では【巫女】ですら、その正体を知られたら警戒されていた。
【神子】ではなく【巫女】であると、証明されてようやく務めを果たすことが出来る。
【巫女】とは神を鎮める者。
【巫女】とはモンスターと対話する者。
ここまでしか、【巫女】に出来ることは無い。
だが、天地から遠く離れた土地では誤った情報が広まっている。
【巫女】はモンスターを神と成すことで鎮めることが出来る、と。
大きな間違いである。
偽りの情報である。
しかし、意図的な情報錯誤である。
天地では邪教徒扱いをされる【神子】が、天地以外での活動を行いやすくなるよう広めた情報である。
モンスターを神と成し鎮め、そして強化する【神子】が天地を追われて行った苦肉の策。
この街の住人達は、その策にかかってしまった。
「……どういうことでしょう」
ステルバが問う。
兵士たちやドルジは動くことが出来ない。
尤も、ドルジでは会話が出来たところで理解は出来ないだろうが。
「どういうこと、とは?」
「……そのままの意味ですよ。貴方はグラスコードを鎮めに来たのでは?」
ステルバは知らない。
ミオギという【神子】の力を。
街を護るという使命があるのならば、ミオギを疑えば良かったのだ。
【眼王】という鑑定や索敵に長けた力で一度でもミオギを見ていれば、その内面の悍ましさを知れたかもしれない。
だが、ミオギもそれを分かっていたのか、ステルバやドルジの前には一度も姿を現さなかった。
【眼王】の持つスキルのうちで、ステータスやスキルを直接図るものは時間がかかるか、もしくは直接見なければ効果が無い。
グラスコードの測定にかかりきりになってしまったが故に、ミオギに対しては位置情報の特定しか行っていなかった。
誰の落ち度というわけでもない。強いて言えば、ミオギの運が良かっただけだ。
「ええ。それはもう終わっています。
運良く、すでに務めを果たしていた。
この場にいる誰よりもグラスコードと邂逅し、鎮静化に成功していたのだ。
「なん……ですって?」
「【グラスコード】様のお力がこのようなものだと本当にお思いましたか? 卑しき人間如きが倒せるお力であると」
ステルバはミオギの言葉を聞きながら、兵士たちの状態を観察する。
彼の目には、兵士たちが弱体化するバフがかけられていることが分かる。
デバフではなくバフ。
祝福にも等しい呪いがかけられていた。
「確かに、貴方達は今一歩のところまで追い詰めた……そう錯覚したことでしょう。そこの露出している殿方が超級職らしい圧倒的な力で追い詰めたと」
「……実際、そうだったではないですか」
ステルバは次にミオギの力を解析していく。
もっと早くそうしていれば良かった。
そうであれば対抗策を用意できたのに。
「ふふ。純粋なお方。流石は【眼王】といったところでしょうか。目に見えていることしか分かっていない」
ミオギはステルバを煽りながらグラスコードに触れる。
新たな首が海面から出ていたが、それは先ほどまでに比べると弱弱しい。
ドルジに削られていたからであろうが、ミオギの言葉を信じるのだとすれば、何か別の力が働いていたのかもしれない。
「……【神子】? 【巫女】ではなく……!?」
ようやくステルバがミオギの真のジョブに辿り着く。
同時に、そのスキルも見えてくる。
「はい。【神子】のミオギです。【グラスコード】様を神と崇める【神子】。これで私も神になれます」
「なに……?」
「《神憑き》という力を知っているでしょうか。いえ、知らないでしょうね。【神子】を知らないのでしたら、そこまでは辿り着けないでしょう」
《神憑き》。その言葉からステルバはミオギのスキルを漁っていく。
そして辿り着いた。
同時に、ミオギの目的も分かってしまった。
「まさか貴方……神になるおつもりですか」
「それは先ほども言ったでしょう?」
言った。言ったが、《神憑き》というスキルを知っているかいないかではその意味合いは異なる。
「なるほど……《神子》とはよく言ったものです。神の子ですか」
《神憑き》とはつまり、神の力をその身に宿すスキルである。
神と定めたモンスターと生命を共有し、力を宿す。
「代わりに私の信仰心を捧げるのです。対価としては十分でしょう?」
「何を馬鹿なことを……対価と言っている時点で信仰心とはかけ離れているでしょう。それに、捧げる供物はそれだけではない」
供物は人間の命。
経験値と血肉。
膨大な数の供物を必要とし、それらを捧げることでモンスターは神へと至り、【神子】は神の子となる。
「ちょうどこの場にいる兵士の方々で供物の数は間に合いそうです。ああ、良かった。貴方方が逃げ出すような臆病者で賢い方々でなくて。勇敢で愚かな人間で本当に良かった」
「……ドルジ!」
ステルバはドルジに向けて短剣の片方を投擲する。
寸分違わずドルジの腕に刺さる短剣は、しかしドルジを害するためのものではない。
「助かりましたぞ!」
膝をついていた体を起こし、ドルジは跳躍する。
それは先ほどまで弱体化を受けていたとは思えない動き。
「特典武具【混沌必衰 カノート】……刺した相手にかけられたバフデバフを打ち消す短剣です」
【裸王】として発動した【全裸待機】や【許されざる全裸郷】も消えてしまっているが、ドルジが短剣を引き抜くことで再発動する。脱衣時に効果のある【全裸待機】はともかくとして、【許されざる全裸郷】は視認時であるため問題なく発揮される。
「よくわかりませんが、そちらの女性は敵ということでよろしいでしょうか!」
「ええ。その認識で間違いは無いかと」
理由は分からないがグラスコードを鎮静化させ、グラスノートが劣勢になると今度はドルジやステルバ達を鎮静化させた。
「ふん!」
敵であることを理解したドルジはすぐさまミオギへと殴りかかる。
【許されざる全裸郷】だけでもステータスは常人を超えている。
訓練を積み鎧を着こんだ兵士とて肉塊となる一撃はミオギの上半身を吹き飛ばす。
「あっけない……っ!?」
だが、吹き飛ばされた先からミオギの肉体は再生する。
再生するというよりも、生えてくるといった表現が正しいだろうか。
「あらいやだ。衣装まで消してしまうなんて」
と、全く恥じらう様子もないミオギはすぐさま新たな巫女装束をアイテムボックスから取り出し、着ていく。
「ふむ……全裸になる覚悟はあるということですかな」
「着目するべきはそこではないでしょう。あの再生能力……グラスコードのものですか」
すでにグラスコードの力は取り込んでいるようだ。
ステルバは解析を進める。
倒し方は……やはり全身を一度に消し飛ばすか、もしくはグラスコード本体を殺すしかないだろう。
「(……私はコノートを所持していたことが幸いしましたか。やや超えられたようですが、それでも他の者よりはマシ)」
ステルバの片手に残ったもう一つの短剣。
こちらも特典武具である。
【清浄必須 コノート】……カノートと対を為す短剣である。
その能力の一つが所持者の状態異常を打ち消すものである。
「(やれやれ……カノートとコノートは強敵でしたが、こうして特典武具となれば頼もしい)」
と、かつて戦った2体のモンスターを思い出す。
コノートの効果も徐々に強まっていき、ステルバにかけられていた鎮静化は完全に消えた。
「さて、こうなれば出し惜しみしている場合ではありませんね。ドルジ、貴方も特典武具を出しなさい」
「ううむ……あれを使うのか」
ドルジはやや出し渋っている。
なにせ、それは露出狂であるドルジにとっては隠すための衣服に等しい。
「……っ。3つまでなら許可します」
「話になりませんな。開錠は最低でも5つからの取り決めですぞ」
「……分かりました」
7つあるうちの5つまでの開錠をステルバは許可する。
まあ、良い。
それでも、今の全裸よりは遥かにマシ……ともいかない。
なぜか絵面は特典武具を使用した方が酷くなるのだ。
「思い出しますな。アレとの戦いを。ええ、互いの肉体を曝け出した良い……」
「話している暇があれば出しなさい」
思い出に耽ろうとするドルジにステルバは吐き捨てるように言う。
あまり使いたくはない手なのだ。
だが、こうなっては仕方ない。
「仕方ありませんな……装着」
ドルジはアイテムボックスから取り出した一枚のコートを羽織る。
それは、戦闘開始と共に脱いだ一枚目のコート。
「【痴態布 チラリーノ】……5つ目まで解き放ちましょう」
と、全裸の上に羽織ったコートについている7つのボタン。
それを下から5つ目までをドルジは解いた。