<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Bside 美VS醜VS腐 13

■【疾風槍士】プシュケー・アーチ

 

「……綺麗」

 

 思わず口に出た言葉。

 それは、プシュケーが何より言いたくなかったものであり、思わず口元を抑える。

 他者の称賛をしたくないわけではない。

 『綺麗』や『美しい』という言葉が嫌なだけだ。

 

「そうかい? 別に見てくれなんざ手入れもしたことねえからよ、褒められても嬉しかないねぇ」

 

 目の前のUBM――黄金の猿はそう言って頬を掻く。

 手入れをしていない?

 何処かだ、とプシュケーは叫びそうになる。

 丁寧に枝毛まで整えられている。

 艶が陽光を反射し、より毛色を引き立たせている。

 塵もゴミも1つたりとも付いていない。

 

 これが、自然の、あるがままだとでも言うのか。

 

「……まあ、モンスターに常識を問うのもおかしなことか」

 

 馬鹿なことを考えたものだと溜息をつく。

 別に手入れの仕方やコツを聞きたいわけではない。

 そのようなことのためにこの山を登ったわけではない。

 

「スウェーコン。あんたがこの山のボス……UBMで合ってる?」

「さあなぁ。儂ぁ別にお山の大将を気取っているわけじゃぁねえし。UBMかどうか問われれりゃ、いつの間にかそうなってたとしか答えられない。だけどまあ、儂こそがスウェーコン。お前さんがこの山に来た目的だろうよ」

 

 寝転がったまま。

 プシュケーという敵が眼前にいるにも関わらず、変わらず構えもしないまま、スウェーコンは答える。

 神話級UBM。その威厳は計り知れない。

 だが、プシュケーを敵としてみていない様子から、それだけの実力差があるのだろう。

 

「そう。じゃあ早速だけどスウェーコン。倒させてもらうから」

 

 天地のそれなりの名匠が作り上げた槍を構える。

 【疾風槍士】のスキルが合わされば鉄をも穿つと言われた一品。

 

「《スパイラル・スティンガー》!!」

 

 スキルの後押しで一時的にAGIが上昇し、亜音速の速度でスウェーコンへと距離を詰める。

 その加速度をそのまま威力に加算、一点への貫通力のみに特化した一突きは――

 

「ほう。筋が良い」

 

 スウェーコンの指先にいなされた。

 指先一つで、穂先を見事に逸らされる。

 

「……へ?」

「だが、すきる(・・・)に振り回されてるな。そら、動きが止まったぞ」

 

 スウェーコンは指に力を入れる。

 それだけで穂先から伝わった力によってプシュケーは転がった。

 

「きゃぁっ!?」

「まずは一本、だ。仕切り直したきゃ、立ち上がりな。諦めたきゃ、このまま山を下りていけ。来た道を辿りゃ、街まですぐだ」

 

 スウェーコンは立ち上がりさえしない。

 寝ころんだままでプシュケーをあしらった。

 それが悔しくて、それが鮮やかで、それに目を奪われるしかなかった。

 

「……まだ、まだぁ!」

 

 その感情を原動力に、プシュケーは立ち上がった。

 そして、再び、

 

「《サンダー・スラッシュ》」

 

 槍士には珍しい、薙ぎ技。

 初動作が大振りなため、隙が大きくなってしまい使う者が少ないスキルである。

 プシュケーはそれを幾つかのフェイントを織り交ぜることで、隙を隙として見せずに発動した。

 

「ふむ……牽制はまあまあ。だが、やはり、すきる(・・・)が駄目だなこりゃ」

 

 結果は同じ。

 気づいた時には地面に倒れ、空を仰いでいた。

 

「……強い」

「そりゃそうだろうよ、なんせ儂ぁ、この身一つで生きてきたんだからよ。たかが数年生きただけのひよっこに技が劣ってたまるかい」

「数年って……私は15歳よ」

「そうかい? 人間ってのはよくわからねえもんだねぇ。そのナリで成人しているのか」

「……子供みたいって?」

「ああ、そうさな。ま、儂にかかればみぃんな子供だろうがな」

 

 勝てないと感じた。

 ステータスで劣ろうと、技で勝っていると戦ったが、それすら負けている。

 体・技・心その全てが勝った相手。

 勝てるはずなど無かった。

 

「……帰りは、あっちでいいんだよね」

 

 ともあれ、スウェーコンはプシュケーを殺すつもりは無いようだ。

 ならば、勝てない相手に何時までも挑み続けるなど……時間を無駄にすることなど出来ない。

 強くなるために、全く相手にならない敵よりも、勝てるか分からない相手と戦った方がマシだ。

 そう、ちょうど道中で出くわした猿のように。

 彼らと戦い続けた方が強くなれる気がした。

 

「へえ? 諦めるのかい」

「だって、勝てないし。分かるよ、それくらい。全く違うステージにいることくらい」

「ま、そりゃな。……だけどよ、儂にも分かることがある」

「……?」

 

 よっ、とスウェーコンを身を起こす。

 そうしてようやくプシュケーは気づく。

 寝ころんでいたのは、寝ころんでいた方が楽だったから。

 起きているには、あまりにも辛かったからであると。

 

 黄金の毛並みの下にあるのは罅割れた肉体。

 岩のように硬い肉には罅が入っていた。

 

「それは……!?」

「ああ、見苦しいねぇ。とっても醜いところを見せちまった」

 

 かか、とスウェーコンは笑った。

 ひとつも悲観などしていない、笑い方であった。

 

「少し前にやりあった奴がよ、あんまりにも強くてな。引き分けに近い形で戦いは終わっちまったが、その時の傷が癒えやしねえ。どうやら儂の魂の奥深くまで毒されちまったようだぜ」

「……」

「どうせ長く生きた身だ。今更惜しくはねえんだがな。だけどよ、だからといって、諦めるには長く生き過ぎた。このまま逝くにゃ、勿体ねえと思っちまったんだ」

「勿体ないって?」

「儂の貯め込んだ力だ。お前さんも見たところ〈ますたぁ〉なら、知ってるだろ?」

「リソースのこと?」

 

 確かに、目の前のUBMが神話級であるならば、その力は今のプシュケーには想像のしようがない程であろう。

 相応にリソースが膨大であり、その流れ着く先の恩恵は計り知れない。

 

「あんたが死んだら、リソースは何処に行くの?」

「さてな。儂と戦ったアイツのところに行くか、はたまた自然に還るか。後者であるなら、本当に勿体ねえよなぁ」

 

 話の先が見えず、プシュケーは内心いつまで付き合わされるのだろうと辟易し始める。

 スウェーコンが老体であるならば、やはり老人の話は長いのだなと。

 

「そんでせっかくだからよ。見込みのありそうな奴を探しててな」

「ふうん」

「おいおい、そんな他人事みてえな返事かよ。もっと喜んでくれるかと思ったぜ」

「あんたが死ぬことが?」

「儂の力を受け継ぐことが、だよ」

「あんたの、ねえ。……は?」

 

 目をぱちくりと瞬かせる。

 目の前に猿が何を言っているのか。

 理解出来なかった。

 

「私に?」

「お前さんに」

「何で?」

「見込みがありそうだからって言っただろ」

 

 見込みとは。

 何処にあるのだ。

 自身で言うのもなんだが、まだデンドロを始めたばかりの身だ。

 天地には他に強いティアンも〈マスター〉も幾らでもいるだろう。

 

「……ひょっとして、ここに来た全員に言ってる?」

「んなわけねえだろ。それじゃあ力が分散しちまうじゃねえか」

 

 よくわからない。

 だが、スウェーコンに死期が迫り、失われるであろう彼のリソース。

 それをプシュケーに与えてくれるということは理解した。

 UBMのリソース……つまりは特典武具。

 

「乗った!」

 

 早速プシュケーは槍を構えた。

 そして、

 

「《スパイラル・スティンガー》!!」

 

 再び槍士のスキルを発動し、地面に転がされた。

 

「なんで?」

 

 話が違うと、飛び起きる。

 倒させてくれると、特典武具をくれるという話では無かったのか。

 

「うん? 言っただろ、儂の力を受け継いでもらうって」

「だから、倒していいってことなんでしょ?」

「まあ……最終的にはそうなるんだろうけどよ、その前に継いでもらわなきゃいけねえ」

「力を?」

「技を」

 

 そう言うと、スウェーコンはプシュケーの手から槍を奪い、手の中でくるくると回す。

 

「儂と同じくらいに槍捌きを上達して貰わねえとな。さあ、修行の始まりだ」

 

 黄金の猿は、死にかけのスウェーコンは、生き生きと槍を構えた。

 

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