<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【疾風槍士】プシュケー・アーチ
「……綺麗」
思わず口に出た言葉。
それは、プシュケーが何より言いたくなかったものであり、思わず口元を抑える。
他者の称賛をしたくないわけではない。
『綺麗』や『美しい』という言葉が嫌なだけだ。
「そうかい? 別に見てくれなんざ手入れもしたことねえからよ、褒められても嬉しかないねぇ」
目の前のUBM――黄金の猿はそう言って頬を掻く。
手入れをしていない?
何処かだ、とプシュケーは叫びそうになる。
丁寧に枝毛まで整えられている。
艶が陽光を反射し、より毛色を引き立たせている。
塵もゴミも1つたりとも付いていない。
これが、自然の、あるがままだとでも言うのか。
「……まあ、モンスターに常識を問うのもおかしなことか」
馬鹿なことを考えたものだと溜息をつく。
別に手入れの仕方やコツを聞きたいわけではない。
そのようなことのためにこの山を登ったわけではない。
「スウェーコン。あんたがこの山のボス……UBMで合ってる?」
「さあなぁ。儂ぁ別にお山の大将を気取っているわけじゃぁねえし。UBMかどうか問われれりゃ、いつの間にかそうなってたとしか答えられない。だけどまあ、儂こそがスウェーコン。お前さんがこの山に来た目的だろうよ」
寝転がったまま。
プシュケーという敵が眼前にいるにも関わらず、変わらず構えもしないまま、スウェーコンは答える。
神話級UBM。その威厳は計り知れない。
だが、プシュケーを敵としてみていない様子から、それだけの実力差があるのだろう。
「そう。じゃあ早速だけどスウェーコン。倒させてもらうから」
天地のそれなりの名匠が作り上げた槍を構える。
【疾風槍士】のスキルが合わされば鉄をも穿つと言われた一品。
「《スパイラル・スティンガー》!!」
スキルの後押しで一時的にAGIが上昇し、亜音速の速度でスウェーコンへと距離を詰める。
その加速度をそのまま威力に加算、一点への貫通力のみに特化した一突きは――
「ほう。筋が良い」
スウェーコンの指先にいなされた。
指先一つで、穂先を見事に逸らされる。
「……へ?」
「だが、
スウェーコンは指に力を入れる。
それだけで穂先から伝わった力によってプシュケーは転がった。
「きゃぁっ!?」
「まずは一本、だ。仕切り直したきゃ、立ち上がりな。諦めたきゃ、このまま山を下りていけ。来た道を辿りゃ、街まですぐだ」
スウェーコンは立ち上がりさえしない。
寝ころんだままでプシュケーをあしらった。
それが悔しくて、それが鮮やかで、それに目を奪われるしかなかった。
「……まだ、まだぁ!」
その感情を原動力に、プシュケーは立ち上がった。
そして、再び、
「《サンダー・スラッシュ》」
槍士には珍しい、薙ぎ技。
初動作が大振りなため、隙が大きくなってしまい使う者が少ないスキルである。
プシュケーはそれを幾つかのフェイントを織り交ぜることで、隙を隙として見せずに発動した。
「ふむ……牽制はまあまあ。だが、やはり、
結果は同じ。
気づいた時には地面に倒れ、空を仰いでいた。
「……強い」
「そりゃそうだろうよ、なんせ儂ぁ、この身一つで生きてきたんだからよ。たかが数年生きただけのひよっこに技が劣ってたまるかい」
「数年って……私は15歳よ」
「そうかい? 人間ってのはよくわからねえもんだねぇ。そのナリで成人しているのか」
「……子供みたいって?」
「ああ、そうさな。ま、儂にかかればみぃんな子供だろうがな」
勝てないと感じた。
ステータスで劣ろうと、技で勝っていると戦ったが、それすら負けている。
体・技・心その全てが勝った相手。
勝てるはずなど無かった。
「……帰りは、あっちでいいんだよね」
ともあれ、スウェーコンはプシュケーを殺すつもりは無いようだ。
ならば、勝てない相手に何時までも挑み続けるなど……時間を無駄にすることなど出来ない。
強くなるために、全く相手にならない敵よりも、勝てるか分からない相手と戦った方がマシだ。
そう、ちょうど道中で出くわした猿のように。
彼らと戦い続けた方が強くなれる気がした。
「へえ? 諦めるのかい」
「だって、勝てないし。分かるよ、それくらい。全く違うステージにいることくらい」
「ま、そりゃな。……だけどよ、儂にも分かることがある」
「……?」
よっ、とスウェーコンを身を起こす。
そうしてようやくプシュケーは気づく。
寝ころんでいたのは、寝ころんでいた方が楽だったから。
起きているには、あまりにも辛かったからであると。
黄金の毛並みの下にあるのは罅割れた肉体。
岩のように硬い肉には罅が入っていた。
「それは……!?」
「ああ、見苦しいねぇ。とっても醜いところを見せちまった」
かか、とスウェーコンは笑った。
ひとつも悲観などしていない、笑い方であった。
「少し前にやりあった奴がよ、あんまりにも強くてな。引き分けに近い形で戦いは終わっちまったが、その時の傷が癒えやしねえ。どうやら儂の魂の奥深くまで毒されちまったようだぜ」
「……」
「どうせ長く生きた身だ。今更惜しくはねえんだがな。だけどよ、だからといって、諦めるには長く生き過ぎた。このまま逝くにゃ、勿体ねえと思っちまったんだ」
「勿体ないって?」
「儂の貯め込んだ力だ。お前さんも見たところ〈ますたぁ〉なら、知ってるだろ?」
「リソースのこと?」
確かに、目の前のUBMが神話級であるならば、その力は今のプシュケーには想像のしようがない程であろう。
相応にリソースが膨大であり、その流れ着く先の恩恵は計り知れない。
「あんたが死んだら、リソースは何処に行くの?」
「さてな。儂と戦ったアイツのところに行くか、はたまた自然に還るか。後者であるなら、本当に勿体ねえよなぁ」
話の先が見えず、プシュケーは内心いつまで付き合わされるのだろうと辟易し始める。
スウェーコンが老体であるならば、やはり老人の話は長いのだなと。
「そんでせっかくだからよ。見込みのありそうな奴を探しててな」
「ふうん」
「おいおい、そんな他人事みてえな返事かよ。もっと喜んでくれるかと思ったぜ」
「あんたが死ぬことが?」
「儂の力を受け継ぐことが、だよ」
「あんたの、ねえ。……は?」
目をぱちくりと瞬かせる。
目の前に猿が何を言っているのか。
理解出来なかった。
「私に?」
「お前さんに」
「何で?」
「見込みがありそうだからって言っただろ」
見込みとは。
何処にあるのだ。
自身で言うのもなんだが、まだデンドロを始めたばかりの身だ。
天地には他に強いティアンも〈マスター〉も幾らでもいるだろう。
「……ひょっとして、ここに来た全員に言ってる?」
「んなわけねえだろ。それじゃあ力が分散しちまうじゃねえか」
よくわからない。
だが、スウェーコンに死期が迫り、失われるであろう彼のリソース。
それをプシュケーに与えてくれるということは理解した。
UBMのリソース……つまりは特典武具。
「乗った!」
早速プシュケーは槍を構えた。
そして、
「《スパイラル・スティンガー》!!」
再び槍士のスキルを発動し、地面に転がされた。
「なんで?」
話が違うと、飛び起きる。
倒させてくれると、特典武具をくれるという話では無かったのか。
「うん? 言っただろ、儂の力を受け継いでもらうって」
「だから、倒していいってことなんでしょ?」
「まあ……最終的にはそうなるんだろうけどよ、その前に継いでもらわなきゃいけねえ」
「力を?」
「技を」
そう言うと、スウェーコンはプシュケーの手から槍を奪い、手の中でくるくると回す。
「儂と同じくらいに槍捌きを上達して貰わねえとな。さあ、修行の始まりだ」
黄金の猿は、死にかけのスウェーコンは、生き生きと槍を構えた。