<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
「……」
「聞こえんかったか? 儂じゃあるまいし、まだ耳が遠くなるってこともねえだろうに」
聞こえなかったわけではない。
聞きたかったわけでもない。
いや、最初から目的はそれであった。
だけど、いつしかすり替わっていた。
心の奥底で、続いて欲しいと願ってしまった。
スウェーコンは討伐目的では無くて、
スウェーコンは師のままであって欲しくて。
だから、特典武具を得るには倒すしか無くても。
だから、既に癒えぬ致命傷を負っているため死期が近くても。
それを認めることを否定してしまっていた。
「そう……ですわね」
「ははっ。なんだ、聞こえてたか。大丈夫、お前さんはこれまで儂の分身である猿どもを倒して来た。強くなったぞ、それはお前さん自身がよく分かっているはずだ」
「……」
ウィンドウに記されるプシュケーのステータス。
それは、本来のジョブやエンブリオから得られるものよりも遥かに高い。
その理由を……原因を彼の口から語られてしまえば、プシュケーの手は止まってしまうだろう。
得た強さは瞬く間に失うことだろう。
「御託は要りませんわ。早く、始めましょう」
「……おお」
のそり、とスウェーコンは起き上がる。
1分、彼が立ち上がるまでにかかった時間だ。
懐から取り出した槍を構えると
「お前さんは1人でいいのかい?」
「ええ。卒業試験は私1人で十分でしてよ。ワルキューレ達は見学ですわ」
そうかい、と老いた猿は苦しそうに笑う。
死期が近いこともあるが、それよりも――
「長い。とても長かったですわ。こうして貴方を倒すに至るまで。……それほど私が弱かったのでしょうけれど」
「筋は良かったぜ? まあ、惜しむらくはお前さんとしのぎを削り合えるらいばるが近くにいなかったことだな。移動で時間がかかっちまった」
長く語らせるつもりはない。
一刻でも早く、スウェーコンに止めを刺してやりたい。
「行きますわ!」
プシュケーは穂先をスウェーコンに向けたまま疾走する。
放つ技はただの単発突き。
だが、その威力も加速度も、《スパイラル・スティンガー》と一切遜色無い。
彼女は己の力で技術をスキルにまで昇華させていた。
「破ッ!」
脳裏に掠めるは、指先一つで弄ばれた記憶。
幾度も幾度も転がされ、まともに戦えたことなど無い。
「……」
スウェーコンは己の槍の穂先を揺らす。
ぶれさせ、プシュケーの動きを少しでも牽制させようとしているのか。
……否、違った。
「見事」
槍同士が衝突することも無く、ましてや防ぐも避けるも叶わず。
プシュケーの槍はスウェーコンの肉体を貫いていた。
スウェーコンの槍を持つ手は……震えていた。
まともに力を入れることも出来ない。
先の一撃が原因では無く、戦闘開始時からそうであった。
「強く……なったな」
「……今の貴方が、あんたが勝てるわけ……無いじゃない!」
苦笑するスウェーコンにプシュケーは叫んだ。
縋りつき、顔を埋める。
表情は見えない。
涙などみせられないと、強く顔を埋める。
だが、スウェーコンは好々爺のように優しく笑み、その頭を撫でていた。
肉体の損傷は激しい。
黄金の体毛は何時からか血に滲み、腐ったような色をしていた。
肉体からも同様に、腐敗臭を漂わせている。
それだけで、既に死んでいるのでは錯覚するほどだ。
彼が今立ち上がっているだけでも相当な無理をしていることが分かる。
「……なによ。なんなのよ! 【猿公望 スウェーコン】って! 伝説級UBMって……」
だが、彼の弱体化に拍車がかかるとすれば、それは等級の下落であろう。
かつて神話級であった彼は、今や伝説級。
それも、肉体に限っては多大な状態異常とHP減少をしていた。
今の一撃でスウェーコンは死ぬ。
MVPは……
「私のせいなの? 私に力を託すためにあんたはここまで……」
「はっ。馬鹿なことを言うんじゃねえぜ。言ったろう、奴に力を渡さねえためだ。それに、見所のある奴を儂が見つけちまっただけだ。誇れよ、儂の力を受け取ることに」
誰に傷を負わされたのか。
スウェーコンは二年の間に口を割ることは無かった。
挑んでほしくなかったのか、挑む必要が無いと感じていたのか。
あるいは、復讐に囚われることを良しとしなかったか。
スウェーコンがプシュケーを抱く力が弱くなっていく。
伴って、プシュケーのステータスも下がっていく。
これこそが、スウェーコンの弱体化の大きな原因。
リソースの放出の最たるもの。
スウェーコンの能力である分身や霧は、リソースを放出することで起きるが、それは回収することも出来る。
霧を放出しただけでは周囲に漂ってしまい、身動きが取りづらくなる。
そのため、必要に応じて、再び己の中にリソースとして取り込む。
空を飛ぶ雲も同様だ。
だが、猿の分身に限っては少しだけ仕様が違う。
他者に倒された時に限り、そのリソースは相手に取り込まれてしまう。
この辺りは、モンスター討伐時と同じ仕組みとなっているのだろう。
プシュケーやワルキューレが二年間の間に倒した猿の分身はざっと500体以上。
スウェーコンが500年かかって貯めたリソース分である。
修行とは、プシュケーの技術を高めるだけではない。
それだけでは神話級を相手するには足らないものがいくつもあった。
補うために、勝率を上げるために、スウェーコンは文字通り命を削って与えていた。
「……ま、誰しも死ぬとき姿形はこんなんだ。儂はまだマシなほうだぜ」
「そんなこと……無い。アンタは何時だって気高くて、美しくて、誇り高いモンスターで……だから、だから、こんな姿で死んでいいわけ……」
「馬鹿だなぁ。見た目に惑わされ過ぎなんだよ」
遂には立っている力も無くなったのか。
スウェーコンはプシュケーを抱えたまま倒れ込む。
「良いか? 儂は儂のことを別に醜いだなんて思っちゃいないぜ。自分で認めたことは周囲が認めたも同然だ。誇らしく、高らかに、声を大きくして笑ってやれ。自分は凄いんだぜって。儂はそうやって生きてきた」
「私は、私は、でも……」
「お前さんの抱えている過去が何なのか、遂には話しちゃくれなかったな。でも、根っこは一緒だ。自分で自分を認める。そうしなきゃ始まらねえ。そうしなきゃ、進めねえんだ」
外見を飾った。
言葉を飾った。
それだけで、自分を美しいと。
プシュケーは偽った。
「私のしたことは無駄だった……ってこと?」
「悪くはねえ。それも大事なことだ。強くなるには必要なことだ。だがよ、心も一緒に強くしてやれ。周りを強いもんで飾っただけじゃ、中身が押しつぶされちまう。全部強くして、全部綺麗にして、そうしてお前さんは成りたいもんに成れるんだろうぜ」
スウェーコンの肉体が透けていく。
細胞一つ一つが解けるように消えていく。
「……時間はかかるだろうけどよ、儂の失った力の全てをお前さんに託すぜ。だから、上手く扱えよ」
「分かったわ……分かりましたわ」
「そうさな……最後に笑ってみせてくれよ。儂はお前さんの笑顔、嫌いじゃねえんだぜ」
涙で塗れた顔で無理やり笑ってみせる。
他人にみせられたものではない。
ぐしゃぐしゃの笑顔を見て、
「ああ……やっぱり綺麗だな」
それが最後の言葉であった。
黄金の老猿は笑ったまま死んだ。
肉体が腐敗し、汚くなろうと、醜くなろうと、その死に様だけは美しかった。
【<UBM>【猿公望 スウェーコン】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【プシュケー・アーチ】がMVPに選出されました】
【【プシュケー・アーチ】にMVP特典【猿猴鉾 スウェーコン】を贈与します】