<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■レジェンダリア西部 アラハルト採掘場
「……やはり――ですわね」
小さく、呟く。
それは今なお気化していくマグマに隠され、届くことは無い。
高熱による空気熱で視界は揺らぎ、互いの姿は見え隠れする。
「あぁん? なんだってぇぇぇぇ!? 声がちっちぇえよ、てめえの可愛いお顔みてえになぁ!」
「小顔マッサージはかかしていませんもの。こちらに反映されているか定かではありませんけども」
「真面目なことですねぇ! 真面目に美容に気を付けていますってか? くっだらねえよ。全部全部全部全部! 全部くだらねえんだよ! 見てくれの美に拘って、見てくれの醜さに固執して、そんで排除するんだからな」
やはり、プシュケーと眼前の〈マスター〉――ジャミラは相反する。
美に生きるプシュケーと美醜に排他的なジャミラ。
ジャミラという女のこれまでの発言や行動、それ自体に破綻はみられる。
美しいと言われても、醜いと言われても、どちらにせよ激情する。
ならば何が正答か。
何が適切か。
否、ジャミラは何を求めているのか。
「だから、醜いのですわ」
「……あ?」
「ええ。ご自分でも認めているのでしょう? 自身が醜いということを」
「――ッ!? 言った、言った言った言った言った言ったなぁぁぁぁ!! てめえ、ワタシに向かって醜いだなんて――」
「言いましたわ、はっきりとこの口で。だって、貴女は自分で自分を醜いと感じている。他者が認める前に自分で認めてしまっているのですもの。美しいはずがありませんわ」
「……っ。誰もがてめえみてえによ、自信満々になれるわけじゃねえんだよ!」
「いいえ、なれますわ。だって、そのための努力ですもの。誇れるものがあるんですもの。動機も経緯も結果も、全てが私の美しさの糧になっている。それを他人に誇れずして、何のために生きられるというのかしら」
かつては後ろ指を指されていた人達。
彼らを知るからこそ、その原因となってしまったからこそ、プシュケーは二度とそんな失意に呑まれぬよう、努力を続ける。
「あ、あああああああああああああああああああああああ」
ジャミラの周囲の鏡が光り出す。
既に必殺スキルは使用している。
様々な制限を解き放つタイプであろう必殺スキルで次は何を呼び寄せるのか。
「お嬢様」
だが、その光が続くことは無かった。
顔を伏せたまま、彼女のエンブリオは静かに首を横に振る。
「もう、止めましょう。無理です。無駄です。これ以上は、何も……」
「なんで!? アンタだけは、ワタシの、私の味方じゃ――」
「……だから、です。お嬢様の心はもう敗北を、あの女の言葉を聞いてしまっている……効いてしまっているのです。だから、無理して他人を壊すのは止めましょう。無駄に殺意を振り撒くのは止めましょう。これ以上は、お嬢様が取り返しの付かない程に壊れてしまう」
鏡が消えていく。
それは、彼女が戦意を喪失していると認めたと捉えていいのだろう。
「だけど……だけど……」
虚ろな目で呟くジャミラを倒れぬよう抱えながら、
「そこの女。感謝します。お嬢様を止めてくださって」
「ふふん。別にこのくらい、どうってことありませんわ。化粧を知らぬ者に少しばかりレクチャーしたまでですわよ」
「化粧……そうですね。これからは自分のためだけに飾ってほしいものです」
「いつでも教えてさしあげますわ。いずれの国の様式でも対応してみせますわよ」
プシュケーの言葉にウリエルは少し笑う。
「本当に、お嬢様にはあなたくらいの心があれば、僕も生まれずに済んだのですけどね」
「……生まれたことに後悔していますの?」
「お嬢様がこんなことになってしまった現状を鑑みれば」
「それは違いますわ」
プシュケーは断言する。
生まれたことを間違いだと悟るウリエルに。
「環境も成長も他者も自身も、悪影響は何かしらあっても、それでも、誕生だけは疎んではいけない。絶対にあってはいけないことですわ」
「……そうですね。言い過ぎました。それは多分、お嬢様に……ジャミラ様に怒られそうだ」
「あら。貴方の〈マスター〉、ジャミラという名ですの」
「ええ」
共に始めたクラスメイト達への少しばかりの叛逆。
尤も、それはすぐに怪獣みたいだと笑い飛ばされた名前。
「ふふ。なんだ、少しは自分のことを認めているんではありませんの」
「……というと?」
「だって、ジャミラはジャミーラ。美しいが語源でしょう?」
その言葉に、ジャミラはぴくりと反応する。
「……わかって、くれるの」
「勿論ですわ」
「……。友達に、なってくれる? ……ます?」
「ふふ。なんですの、その言葉遣い。ええ、そちらも勿論、ですわ」
プシュケーの差し出す手をジャミラは握り返す。
敵意は無い。
殺意も無い。
「……随分とあっさりだな」
つい数分前までマグマが地面で煮えたぎっていたため必死に消火活動と耐熱アイテムの作成に勤しんでいたバウムは心よりの素直な感想を述べる。
「今ので戦闘は……というか、確執みたいのは取り除かれちまったのか」
「そうですとも」
バウムに返すのはワルキューレの1人。
「それがプシュケー様です」
「いや……答えになってないぞ」
「案外、欲しい言葉さえ与えられれば納得するものですよ。人の心なんて単純だってことでしょう」
「それをお前らが言うのか……? まあ、別にいいが」
いや、人の心が単純だというのならば、バウムとて心当たりがある。ありすぎる。
だからこそ、たった少しのやり取りだけで解決したことが少しだけ羨ましくもある。
「……ま、いいか。おーい、とりあえず武装は解除して回復しよう。【腐敗】は未だ取り除けないが、マグマによる火傷くらいは治せるだろう」
【快癒万能霊薬】と同等の性能を持つバウムのアイテムとて【腐敗】の状態異常を取り除くには時間がかかっている。
「(これは恐らくドラグロットに負わされた方だな……完治するには一度死ぬか、あるいは本体を倒すしか……)」
「バウムさん」
「ん? どうした」
「彼女も……ジャミラさんも治して頂けるかしら?」
それは、許せと同義。
これまでの行動を許容せよと。
「……分かった。今はお前がリーダーだ」
リーダーがそう指示するなら従うまで。
こうなったらジャミラだけでも意地でも全回復させてやろうとバウムは手持ちのアイテムを吟味し出した。
「……ってことは、アンタはPKはPKでも、まだ知り合いしか殺していなかったってことか」
「ええ、そうよ。ワタシが殺したのはあんのにっくき畜生だけ。なんかいつの間にか尾ヒレ付けられてたけど。というか、誰も近寄って来なかったし」
「依頼にはティアンも無差別に殺しているとありましたけど……なるほど、デマということですわね」
「大方、アンタの知人である被害者の嫌がらせだろうな。まあ、人間関係の縺れならよくあることだ。気にするなといいたいところだが……今回の場合はやり過ぎだろうな。《真偽判定》を覆したのはエンブリオの力か何かか」
「ええ、ステータスを偽れる能力を持つ奴がいたわ。必殺スキルで嘘を本当のことのように語れるって確か……」
「俺達〈マスター〉はともかく、ティアン相手なら使い道の多そうな力だな。なにせ、判断材料が少ない」
《真偽判定》を前提としているだけであれば、容易に騙せるだろう。
「その件に関してはバウムさんが街に着いた時に……いえ、そうも言っていられない状況ですわね」
「うん……?」
「どうしたの?」
プシュケーの視線に釣られ、バウムとジャミラが西方の空を見上げる。
そこには……大量の黒があった。
蠢く黒。
小さな大群。
「蟲……だと」
バウムが口から泡を吹いてひっくり返った。