<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Bside 美VS醜VS腐 20

■レジェンダリア西部 アラハルト採掘場

 

 【異類顕血 モストーン】。

 そのモンスターのUBMとしての等級は逸話級。

 遥かに低く、モストーン自身の戦闘力を見れば、それすらも怪しい。

 ステータスとしては上級モンスター以上、亜竜級モンスター以下といった程度。

 兄とは違う意味での等級詐欺。

 あくまで、本体だけのステータスに限った話ではあるが。

 

 その本質は配下の生成。

 モストーンの肉体のあらゆる箇所には配下の卵が埋め込まれており、彼女の一挙手一投足での震動が卵の孵化を促進させる。

 孵化した幼虫は即座に成長し、小型の虫型モンスターとなる。

 小さなソレらは生みの親であるモストーンを長として、その指示に従い、餌にありつくのだ。

 そして、餌から吸い取った血液から成るリソースの大部分はモストーンへと還元されていく。

 この仕組みこそがモストーンの強み。

 配下さえいれば確実にリソースを補給できる。

 補給できれば新たな配下を生み出せる。

 1匹1匹は小さくて弱い配下だが、集まれば巨大なモンスターとて吸い殺せる。

 

 だからこそ、手に負えなくて、逸話級以上に強いのだ。

 

「俺ァ知っているんだぜ! 猛毒のガスを小さな容器に詰める技術があることをよ。人間は上手いんだ。手先が器用だから俺達の予想を超えることをやってのけちまう。だからぁ、俺は何時だって慎重なんだ」

 

 モストーンの手がバウムのマスクへと伸びる。

 破れたマスクを惨めに守るその手を掴む。

 避けられない。

 ステータスの差は歴然。

 メイン、サブ含めて今のジョブがカンストしたとしても、モストーンを超えることは無いだろう。

 

 スキルの差は明白。

 そも、戦闘スキルなど皆無に等しい。

 モストーンもその配下も明らかな戦闘向きな能力を有しているのに対し、バウムは薬品を作り出すことしか出来ない。

 

 戦闘への意欲さえも顕著。

 一方は獲物を追い立てる肉食獣が如く。

 もう一方は……これ以上被害を拡大させないために震える足を懸命に動かしていた。

 

 つまりは、

 

「……パズズは俺の武器だ」

 

 それでも、対抗手段があるとすれば、彼のエンブリオであるパズズ。

 この能力さえあれば、軍団であろうと……軍団であればあるほど、群れの数が多い程、その威力は倍々に上がっていく。

 

「パズズだぁ? ああ、これがそうか。だがよぉ、いくら猛毒のガスであろうと、いくら俺を殺す力があろうと。使われなきゃ意味が無いんだよなぁぁ」

 

 バウムはマスクの下で唇を噛む。

 もはやマスクは破られた。

 破られれば、目の当たりにしてしまう。

 

 全身を這いずり回る感触。

 体内に侵入してくる感覚。

 視界を埋め尽くす蟲の群れ。

 

 嫌だ。

 だが、避けられない。

 

「そして、同時に俺の鎧でもあるんだ」

 

 避けられないからこそ、それを逆手に取る。

 

 マスクを破られる前提で動く。

 

 バウムのマスクがいくら丈夫だろうとも。

 モンスターの力は強大だ。

 上級を越したステータスであれば、所詮非戦闘職の防具など容易く破られる。

 

 中の空気が漏れだす。

 内部だけで完結していた世界が、外界へ漏れ出す。

 バウムは必死に手で穴を抑えるが、それもすぐに大量の配下に、そしてモストーン自身に阻まれる。

 遂にはマスクを剥ぎ取られ、素顔を晒すこととなる。

 

「……ああ、見たくなかった。蟲と同じ空気を吸いたくなかった」

 

 裸眼が蟲達の姿を捉える。

 悍ましい。

 あれらがこの世界にいると言うこと自体が恐怖だ。

 だから、自身の世界をマスクの中で作り出していたというのに。

 

「……世界に侵入してきたのはお前達だ。容赦はしない。いいな」

「ああん? なぁにを言ってやがるんだ。おい、カラカラに吸いと――はぇ?」

 

 落ちていく。

 空を飛ぶ配下達が。

 バウムを中心として、少しずつ少しずつその範囲を拡大させながら、地に落ちていく。

 バウムに触れた配下が死に、その外側のも死に、死に死に死に死に死に死に死に――

 

 数え切れない配下達が一瞬のうちに死んでいく。

 

「な、んで――」

 

 理解できないとばかりに叫ぼうとし、その声すら満足に出せないことにモストーンは気づく。

 

 頭が回らない。

 痛い。

 喉が焼けそうだ。

 外殻が溶けていく。

 痛い。

 熱い。

 これは、死だ。

 

「あ、あ……」

 

 そして漸く気づく。

 バウムのマスクの下にあった空気。

 これこそが致命的であることに。

 

「毒ガス、と言ったな。ああ、お前達にはそうだろうな。これは特性の殺傷ガス。お前達にだけ効果のあるガスだ。俺達の世界だと、そんなガスですら人間も吸ってはいけないが……パズズは違う。本当にお前達にだけしか効果が無いガスを作り出せるんだ。だから俺はそれを纏った」

 

 バウムのガスマスクも、気密スーツも特性だ。

 内部にだけ空気が循環出来ている……それだけの効果であれば一般に出回っているもので代用できる。

 だが、特性は特別製。

 オートクチュール……バウムのためだけに仕上げられた世界でただ一つの一品。

 

 その本来の仕様は、パズズから生み出されたガスをマスクとスーツ内でも循環させるというもの。

 無論、定期的にガスの補給や、ガスの強度の更新は必要になる。

 だが、ガスを一切薄れさせることなく、かつバウムの生存に必要なだけの空気成分比率は保つことが出来る。

 

 最後の手段だ。

 どころか、用心し過ぎる程の手段である。

 もしもマスクを剥ぎ取られたら。

 もしもその時に眼前に敵がいたら。

 もしもその時に敵が大勢いたら。

 

 そんな、もしもで形作られた特性ガスマスクと気密スーツ。

 

 だが、そのもしもは叶う。

 最悪の形であったが、結果的にモストーンにまともにパズズのガスを浴びせることが出来た。

 

「慎重だと、言ったな。その言葉はお前には似合わない。慎重ならば近づかない。慎重ならば目に見えないものすら危惧する。だから命を危険に晒すんだ。お前も、俺も、な……」

 

 既にパズズのガスはモストーンにすら致命的な威力に引き上がっている。

 最後のスーツ内へのパズズの更新はマスクに穴が空いた直後。

 手で押さえるふりをしながらパズズのガスをマスクの内部へと全て注ぎ込んだ。

 

「《絶えよ我が風、滅するまで(パズズ)》!」

「あに、じゃ――」

 

 素顔のままでバウムは宣告する。

 モストーンを殺す力の名を。

 風と熱の魔神の名を。

 

「ああ……だから蟲は嫌いなんだ」

 

 パズズの周囲では、死骸がそのまま一定時間残る。

 それを取り込んで更にパズズの凶悪性は満たされていくのだ。

 だから、ガスが噴射された今でもモストーンの配下の死体は残る。

 地に降り注ぐ。

 バウムに降り注ぐ。

 マスクの下の素顔にすらも、否応なく、容赦なく降り注いでいく。

 

「気味が悪い。気色が悪い。死んだ後も後味が悪い」

 

 バウムの心を少しでも軽くする要因があるとすれば、その配下達が既に死んでいることであろう。

 もはやバウムの肌を這うことも、体内に入り込むことも出来ない。

 その事実に安堵する。

 その事実にしか息を漏らすことが出来ない。

 

 

 【<UBM>【異類顕血 モストーン】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【バウム喰変】がMVPに選出されました】

 【【【バウム喰変】にMVP特典【異蚊顕現 モストーン】を贈与します】

 

 

 しばらくしてバウムにアナウンスが入る。

 特典武具を入手したと。

 

「……はは。また使えない」

 

 その特典武具の能力を見て笑う。

 笑うしかなかった。

 

 大量の蚊のようなモンスターを召喚、その蚊が吸い取った分だけバウムのHPが回復していくという能力。

 明らかな強能力だが、バウムには耐えられない。

 大量の蟲が何かに群がる姿を直視出来ない。

 

 先の戦いで入手した【鋳造生産 クリッピング】。

 こちらも似たような能力だ。

 大量の蟻を召喚し、戦わせるというもの。

 一匹一匹は弱いが、蟻それぞれが卵を産む力を持っているため、時間経過とともに増殖することが出来る。

 

 軍団強化の類のジョブに就けば大成するだろうこれらの特典武具をバウムは使うことが出来ない。

 

「……はは。ははは」

 

 肩をがっくりと落とす。

 マスクを破壊され、手元に残されたのはバウムにとって価値の無い武具。

 

「だけど……やったぞ。俺は蚊を倒したんだ」

 

 もう一つ、バウムに残されたのは勝利の実感。

 乗り越えたとは思わない。

 克服したとは思えない。

 

 ただ、蟻も蚊も、自身の手で下すことが出来るのだと再実感した。

 

 それだけは。

 その余韻だけは。

 彼だけのものである。

 




前話必要でしたか?
A:いいえ

はい、無駄回想でしたw
何も思い出していないし、閃いてもいません
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