<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【鏡姫】ジャミラ
雑草なんて名前の草など無いなどと言うのは、雑草でないから言えるのだ。
同じ人間じゃないかと言えるのは、一括りにされたところで痛くもないから言えるのだ。
雑草であれど、人間であれど、分類に分けようと、分けまいと。
時と場合によっては誰であろうと雑草と呼び、人間と呼ぶ。
抜いた草の山を見て、あれがどの草で、これがどの草だからと解説する者はいない。
教室の中で人を集める時に人間集合などと言う者はいない。
だから、これは慰めに過ぎないのだ。
憐みに過ぎないのだ。
足元の草を上から見下ろす人間が雑草かそうでないかを考えるように。
足元の人間を上から見下ろす人間が同じ括りに入れるか入れないかを括っている。
ならば私はどちらだろう。
雑草か、人間か。
答えは決まっている。
決まりきっている。
誰かの足元で踏まれ続ける。
それでも必死に生きようと足掻き続ける雑草。
……雑草でなく名前で呼んでくれる、そんな奇特な人間を待つ雑草だ。
「……まるで効いた気がしないわね。流石は、他のモンスターとは一線を画す」
「この、うろちょろと目障りな!」
敵の名は【無願執着 フライヤー】……ハエを模したUBM。
ステータスはAGIに偏っているのは間違いない。
高いステータスに振り回されることなく、4枚の翅で絶えず動き回る。
「目障りだなんて失礼ね。私から目が離せないんでしょう!?」
と、強がってはみたけれど。
私とフライヤーのステータスは大きく離れている。
眼で追うことも難しい。
時折、ホバリングしている際に漸く視認できる程の速度。
「はっはー! だったらお前は俺が見えるのか? さっきから違う方ばかり見ているようだが」
「……フン。檀上のアイドルや役者が1人のファンばかり見ているわけにはいかないのよ」
それでも、打つ手があるだけマシというものだ。
ウリエルによるマーキングがまだ生きている。
眼で追えずとも、マーキングによってフライヤーへと鏡による転移は可能。
最初の一撃で仕留めきれはしなかったけど……今度こそ。
「だけど偶にはファンへのサービスは必要よね」
右手に短剣を装備する。
私でも扱える、数少ない武器。
「ウリエル」
「はい、お嬢様」
ウリエルにより鏡が出現し、私とウリエルが吸い込まれる。
次の瞬間には私達はフライヤーの頭上へと転移し、そして――
「でも残念! 期待させて悪いけれど、サービスはサービスでもリップサービスよ」
フライヤーの複眼に短剣を突き立てようとし、その手が阻まれた。
「……残念? 期待? 別にしてはいない。お前が俺を攻撃するのだとしたら、先ほどのように急に現れる、そう予測していただけだ」
掴かまれた右手をフライヤーは振り回す。
「――ッ」
「お嬢様!」
ウリエルがフライヤーの手を掴み、私から引き剥がそうとするも、フライヤーは身体を捻じり躱す。
そのままウリエルは地上へと落下していく。
「ウリエル!」
「お前の顔は覚えている。高空へと移動させていたな。おかげで俺も妹も死にかけた。……まあ、元からだったかもしれないがな。だが、より拍車をかけたのはお前達だ。だから、これは報い。お前達がやったことをその身で味わうといい!」
フライヤーは私を掴んだまま更に上空へと向かう。
そして、あっけなく手を離した。
「……」
「死体は映えるだろう。俺はゆるりと地上へ降り、お前達の死体がどれだけ色鮮やかに化粧されたか見届けてやる」
フライヤーの姿が遠くなる。
反面、地上がみるみる大きくなっていく。
真下は荒野。
鉱山よりは地面が柔らかいかもしれないが、この高度ではその差は無いに等しい。
どちらにせよ地上に叩きつけられ、死ぬだろう。
「ウリエル!」
「ここに!」
叩きつけられれば、だが。
「座標はまだあるわね」
「はい!」
鏡が出現する。
フライヤーの座標を記した鏡。
そこに私は躊躇いなく左手を入れる。
「……認めてあげるわ。感謝なさい! アンタも舞台に上げてあげるわ!」
そして、フライヤーをこちら側へと引きずり込んだ。
「……は?」
何をされたか分からない、そんな表情をきっとフライヤーはしているのだろう。
残念ながらそれを確認する暇はない。
鏡はフライヤーを指定した。
ならば、そこに触れたのだから、転移の条件は完成している。
「さあ! 私と共に落ちなさい」
左手で、ウリエルもそこに抱き着き、フライヤーは私達の分まで体重がのしかかる。
そして、私の落下エネルギーを余すことなく受け止める。
「ぐ、おおおおおおおおおおお」
「このままでは私は死ぬでしょうね。でも、アンタも無事で済むかしら?」
「お、おおおおおおおおおおお」
「ふふっ。ファンならば喜びなさい。推しと心中する機会なんてそうあることではないのだから」
フライヤーの翅が幾度も幾度も動く。
その羽ばたきに合わせて徐々に落下速度は緩やかになっていく。
そして地上が迫った時、私達は全くのダメージも無いまま足から降り立った。
「ファンから白馬の王子様に格上げしてあげましょうか? 人間とモンスターの恋愛ものとしては悪くない動きだったわ」
「……ふざけるなぁ! ああ、良いだろう。落として死なないのであれば、この俺が切り刻んでやる」
フライヤーは飛び回る。
その速度は此れまでの比ではない。
「……痛ッ」
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
「ええ……でも左手はもうだめね」
もうフライヤーを掴まえることは出来ない。
鏡の中に左手を入れた瞬間に刻まれた。
フライヤー自身が攻撃をしたとかではない。
音速を超えた速さで動く奴自身の周囲には衝撃波が生み出されていた。
いわゆる、ソニックブームというものだろうか。
「……はぁ。嫌になっちゃうわ」
鏡の数は残り僅か。
私が癇癪を起したせいで、必殺スキルの反動で壊れてしまっている。
そういえば、フライヤーとの邂逅時、奴は死にかけていた。
誰がどうやって……状況を見れば、それをやったのがドラグロットとかいう竜王であることは明らかだ。
だが、どうやったのだろう。
当たらない相手に攻撃を当てるには……
「避けられない程の広範囲に攻撃するしかないわね」
プシュケーさんとの戦いで使ったような、マグマを転移させるのは……難しい。
それをしたら最後、鏡は全て割れてしまうだろう。
フライヤー自身を転移させるのも、既に警戒されてしまった今は至難。
「ウリエル、何か策はあるかしら?」
「そうですね……今、奴が襲ってこないことこそが打開のヒントになるかと」
警戒しているのだろう。
AGIに偏ったステータスであるならば、耐久性は低いはずだ。
それでも私からのダメージは少ないのは、ひとえに私のステータスが低いことこそが原因。
まともにダメージを入れられれば、そこで倒せる……はず。
「当てるためにはどうするか……ん?」
フライヤーの姿が消えた。
元より視認出来ていなかったが、マーキング自体も遠方へと移動していた。
「何を……」
「お嬢様! 見てください!」
と、再びマーキングが近くへと現れる。
フライヤーはホバリングし、何かを咥えている。
その口元には……
「人間……」
首が無い。
明らかに死んでいると分かる、人間であった。
「お前を倒すには骨が折れる。近づけばカウンターで何をされるか分からない。だから、これは消耗していた分を取り戻す食事だ。油断無く、万全にして、お前を倒すためにな」
「あら……ファンの鏡じゃないの。体調を整えて私に会いに来てくれるだなんて。でもね、もう少し清潔感が欲しいわ。そんな、ハエのたかったような状態では、出禁ものよ」
右手の短剣を振るう。
その切っ先だけを鏡で転移させる。
だが、それすら容易く避けられる。
ついでに短剣を折られた。
「……小道具すら許してくれないのね」
「ふはっ! 小手先に頼らず、その身で魅せてみろ」