<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
【潜水士】クリアント
「さて、これから対グラスコードに向けての話をしていきたいと思うのだけど」
「ちょっと待ってくれ」
デンドロ内で1日の時間が経過した。
リアルでは一晩寝た程度のものであるが、それで彼らは十分に休憩と情報収集が出来ていた。
「ネットで調べたが……グラスコードの本体って本当に倒せるのか?」
フィリップはさも倒す策を思いついたかのように話し始めるが、クリアントは【千貶万花 グラスゴード】というモンスターの情報を集めれば集めるほど、フィリップとの2人での討伐は難しいと感じていた。
「これならまだ、あの海賊達……せめてアンタの兄貴に応援を頼んだ方が良かったんじゃ……」
「それは無理な話だね」
だが、きっぱりとフィリップはクリアントの提案に否と答える。
「デメンタリーにはすでに断られているよ。そもそも私を死地に向かわせるつもりすらないと。それにあの海賊たちは論外だろう? 今更共闘をしたところでいつ背中を刺されるか分からないような相手だぞ」
「む……それもそうか」
「でも、先輩の必要性ってあります? 情報が集まった今、先輩が先行せずとも良いんじゃないですかねー」
クリアントの役割がグラスコードの実戦での情報収集だとするならば、それはデメンタリー達が既に行っている。
「ワンプの言うとおりだ。それに、戦力としてなら、【グラスコード】の1匹や2匹は倒せる。だが、本体は勿論、800匹は流石に倒せない」
そして、1匹や2匹程度であれば【千貶万花 グラスゴード】はすぐに補充できる。
800匹程度までならば、即座に新たな【グラスコード】を生み出してしまう。
「うん? ああ、まあそうだね」
と、フィリップは煮え切らない答え方をする。
「うーん……なんといったものか……」
フィリップにしては珍しい、はっきりとしない言い方だ。
「なんだ?」
「私達とフィリップさんの仲じゃないですか。はっきり言っちゃっていいですよ! 囮にでもなっていろって」
「はっきりしすぎだろそれ」
だが、時間稼ぎというのならば、確かにクリアントに可能な役割だ。
【グラスコード】の攻撃性であれば、下級職であろうと上級職であろうと、あっという間に食い尽くされてしまう。
それを覆すには、フィリップの持つノーチラス号のような頑強な乗り物や鎧が必要になるだろう。
あるいは、殺されることを前提にして、殺される時間と生き返る時間を繰り返して時間を稼ぐしかない。
「まあ……囮といえば囮なのかな。あるいは餌と言うべきか」
「餌……グラスコードのか?」
「いや、このノーチラス号のさ」
フィリップはノーチラス号の床を拳で軽く叩く。
軽い音が船内に響く。
「……これ、生き物だったのか?」
「違う違う。ふふ、ノーチラス号は間違いなく機械であり潜水艦さ。餌……囮……なんていうのかな」
フィリップは笑いながらクリアントの浮かべた顔を見る。
「ところで、今の君のレベルはいくつほどかな」
「ん? 【潜水士】ならカンストしたぞ。【グラスコード】2匹分の経験値でな」
「ならばちょうどいい。このまま神殿でもう一度転職をしてきて欲しいんだ」
「せっかく【潜水士】になったのにか?」
フィリップは【潜水士】となって海中での滞在時間と移動能力の向上をクリアントに求めていたはずであるが……。
いや、とクリアントは思い直す。
そう、下級職のレベルがカンストしたのだ。
であれば、次なるは……
「上級職のレベル上げだ。問題なく転職条件も満たしているよ。【深潜水士】になればもっと海中のモンスターと渡り合えるだろう」
「ふむ……【深潜水士】か」
潜水系統の職業の超級職は【潜水王】である。
だが、こちらはすでにグランバロアの〈マスター〉が就いてしまっているようだ。
超級職に比べれば……とも考えるがそれでも下級職よりは遥かに良い。
ステータスの伸びも比べるまでもない。
「実を言うと私も【深潜水士】なんだ」
「そうなのか」
「レベルはカンスト直前だけどね。他のジョブと並行して育てていたから時間がかかってしまっているけど」
海中のモンスターと闘うのならば必須なのだろう。
ノーチラス号も自動操縦でフィリップが搭乗しておらずとも戦える。
敵によってはばらけていた方が都合がよいこともあるのだろう。
デメンタリーがいた海中の戦場が異常なのだ。
普通は、海中から水は無くならない。
「結局、先輩は何をすればいいんです?」
「出来るだけ海中を動き回れば良さそうなのはわかったが……」
「ああ。それはね――」
【???】デメンタリー
現状、デメンタリーの能力は大きく制限されている。
全盛期の半分ほどしか出力は出せず、必殺スキルも広範囲では水を消すことしか出来ない。
【千貶万花 グラスゴード】との戦いでの反省を顧みるとするならば、その出力が足りなかったの一点であろう。
神殿の環境維持に大半を使っているとはいえ、出し渋らずにもう少し海賊たちに協力的であったならば……死ぬまでの時間が少しだけ延びたはずだ。
勝てたとは思えない。
そもそも、デメンタリーのエンブリオはグラスコードと相性が良いとは言えない。
一定以上の力を持つ深海生物であれば無効化されてしまうことが多いのだから。
【死海怨霊 フナユーレイ】……これがデメンタリーのエンブリオの銘である。
能力は水の出現と格納。
この2点に絞られた能力は、液体であれば無尽蔵とも思えるほどに格納が出来る。
ならば回復薬や毒薬を無限に仕舞えるのではと、エンブリオが発現した当初は期待していたのだが、どうやら格納されている空間は全て同じ場所のようで、薬も毒も混ざってしまう。……というか、出現させる際に毒とか薬とか選べない。
指定範囲と指定量。これだけしか選択肢はない。
それはエンブリオが成長しても同様で、範囲と量が増えただけだ。
「……」
「――ひっ!? デ、デメンタリーだ……! おい、船持ちは離れろ! 沈められる!」
「あの顔……そうとう機嫌が悪いぞ」
神殿内をうろつくだけで、猛獣扱いをされる。
確かに、デメンタリー自身も仏頂面ではあると思うが、そうまで遠のかれるとやや傷つく。
「おい」
「は、はい! ななな何でしょう」
「……フィリップを見かけなかったか」
フィリップ……そして共にいた男を探すが見つからない。
グラスコードと戦う日時はフィリップ本人から聞いているから間違いは無いだろうが、少しばかりタイミングが遅かったのだろうか。
仕方なしにデメンタリーは近くにいた〈マスター〉に声をかける。
フィリップも名をはせた〈マスター〉の1人だ。
目立つし、目を惹く。妹ながら顔が良いとデメンタリーは自負していた。
「フィリップですか? それなら先ほど神殿を出てサザキ岬の方角へ向かっていたかと」
「……チッ」
遅かったか。
思わずデメンタリーの口からは舌打ちが漏れていた。
「あ、あの……! ど、どうか……許して……」
「あ……?」
それを自身への殺意と勘違いしたのだろう。
目の前にいる〈マスター〉が頭を下げる。
「……別にどうこうするわけではない。助かった」
このまま続ければ無駄に相手を怖がらせてしまうだろう。
そう判断したデメンタリーは会話を切り上げてすぐに教えられた方向へと向かう。
「……許して、か」
デメンタリーの機嫌を損なえば神殿内では生きていけない。
そういった類の噂が出回っているのをデメンタリーは知っていた。
しかしデメンタリーの能力では、神殿内にいる人間全員を殺せても、個人のみを殺すことは出来ない。
ある意味で広域殲滅型の力を持つデメンタリーは戦えば周囲が無事では済まない。
「許して欲しいのはこちらなのだがな……」
一体いつまでこの神殿を護らねばならないのか。
終わりの見えない道を前にしてデメンタリーの心は折れかけていた。
しかし止めることは出来ない。
ソーキューと共に誓ったこの神殿の守護を止めることは許されない。
「……サザキ岬か」
以前にグラスコードと戦った場所の近くだ。
全く同じでないのは移動したのだろう。
「近づいて来ているのか……?」
神殿に接近してきている。
その胸騒ぎはデメンタリーの心に燻ったまま残っていた。