<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
「それでプシュケーさん。策というのは?」
敵は未だ2つの強大な存在。
1つはプシュケーが暫定的に勝利しているとはいえ、能力は衰えていないであろうカズアキという〈マスター〉。
周囲にゾンビが少なからず徘徊していることからも、生存を疑うまでもない。
そしてそれ以上にドラグロットという怪物。
こちらを何とかせねば、カズアキを止めたところでレジェンダリアが沈みかねない。
「カズアキ……白面の少女を連れた男はワルキューレ達に足止めを頼むつもりでしたけれど……ジャミラさん、お願いできるかしら?」
「ええ、任せてちょうだい」
即答であった。
それだけに若干不安な気もするが、本人が言うのだからそれ以上何も言うことは出来ない。
片腕が無いことも、鏡の大半が割れているためエンブリオの能力も満足に使用できないだろうことも、それを含めてさえジャミラは笑顔で頷いている。
「私ね、プシュケーさんから教えてもらったから。大切なことを。それを、皆にも教えてあげたいの」
「ジャミラさん……」
「私は醜くないって」
「……ジャミラさん」
まあ、それは間違いではないが。
言いたかったことの一部でしかなかったが。
ともあれ、カズアキの相手をするというのであれば、それはそれでドラグロット戦にてワルキューレ達を温存できる。
「私の方は良いとして……プシュケーさんの方は大丈夫なのかしら? ドラグロット……あの竜王は触れるだけでも危険よ。私の鏡もあの時1枚壊されてしまったもの」
策が単純に戦力を分散させるというものであれば、それは上策では無く、そもそも策ですらない。
「もし、もしも、よ? カズアキとかいう男を先に倒してドラグロットを私達で倒すということだって――」
「いえ、それには及びませんわ」
「でも――」
「ジャミラさん」
プシュケーはジャミラの目を見る。
冷ややかで、冷めていて、冷徹な視線であった。
「……はい」
「ありがたい申し出ですわ。私のみを案じていること、しかと伝わっています。ですが、ドラグロット……彼の竜王を倒すのであれば私は一度だけ、そう、その時だけは誰の目にも映りたくはありませんのよ」
「……ッ」
誰よりも視線を集めたかった。
誰よりも美しくありたかった。
そのプシュケーが、人の目を避ける。
その意味を理解し、ジャミラは言葉を飲み込む。
「……分かったわ。カズアキと私は直ぐにあの村を離れる。これでいいかしら?」
「ええ。協力感謝致しますわ」
今度こそプシュケーの目は温かみを取り戻していた。
だけどジャミラはその温かさが表面だけのものか、果ては氷を無理やりに沸騰させたものが故か、分からなかった。
■廃村――ゴラグ村
その村はレジェンダリア最西端。
海に面した村である。
今でこそ腐臭に満ちているが、それに混じって潮風が磯の香りを運んでくる。
海の匂いと波の音。
それがゴラグ村を囲む環境であった。
「3、2、1――では作戦開始ですわ」
だからこそ、見上げるまでは気づくことが出来なかった。
顔にかかる水も波が飛沫を噴き上げているのだと、そう錯覚していたから。
だからこそ、一瞬の判断に出遅れた。
まさか、何もなかった上空から大洪水が降り注ぐだなんて。
思いもよらなかったのだ。
「は……? ちょ、待っ――」
カズアキの言葉にドラグロットが目を見開く。
それが海水であることは直ぐに気づいた。
空から降り注ぐ水に魚や海藻類が混ざっている。
何より、村に籠る匂いが腐臭から海のものに偏った。
視覚よりも嗅覚。
本能が、空が海に化けたのだと悟った。
急ぎドラグロットが降り注ぐ海水に力を向ける。
だが、無駄ことだ。
海水を腐らせたところで質量に変わりはない。
魚が腐ろうと、水が腐ろうと、水は水だ。
海水が降り注ぐ現象が、腐った水が降り注ぐ現象に代わるだけに過ぎない。
そう、大質量の水が村に流れるという結果だけは免れることが出来ないのだ。
「……ッ!」
ゾンビ達が流される。
命があろうと無かろうと、力があろうと無かろうと、痛みを感じずとも、何も感じずとも、呼吸の有無も思考の遅速も関係ない。
水は全てを平等に、公平に、無情に洗い流していく。
それもご丁寧なことに水の流れは海へと向かっていた。
大地震後の津波の如く、大質量の水が村から海へと流れ、そして海に攫われたゾンビ達は二度と村へ帰ることは無い。
それはカズアキ達も例外では無く、
「……お前様!」
「仕方……無い。回収は出来た。アイテムボックスの紛失にさえ気を払えば、後はどうなってもいい。ああ、もうどうなってもいいんだ」
何かの屋根にしがみ付きながら白面の少女はカズアキを呼ぶ。
それに応えながらカズアキは悟る。
この後にやろうとしていたこと。
それは限りなく叶わなくなってしまった。
ゾンビは流され、自分たちもいつ海の藻屑となるか分からない。
ドラグロットの姿も見失い、この状況では敵にとって格好の的だ。
「……まずは脱出からだ」
空から巨大な鳥が降下する。
口からは涎を垂らし、目は虚ろであり、肉体は腐りかけている。
これもまた、既に屍。
大量の《屍者帝国の証明》を浴びたためにゾンビとなったモンスターのうちの1匹。
屍鳥はカズアキと白面の少女を救出し、その背に乗せて海水の発生地点よりも高く飛翔する。
「やはり鏡……まだあの転移能力の使い手は生きているようだな」
「敵に回ると厄介よのぅ。この時期……絆されたか」
手勢に加えようと目論んでいたが、一手遅かったかとカズアキは内心舌打つ。
この状況は芳しくない。
まだ三竦みであった時の方が良かった。
でなくては、この攻撃は明確に――
「あら、絆されただなんて。気づかせてもらったのよ。私の本来の持ち味に」
屍鳥の片翼がもがれる。
伴い、鳥は落下し、その背に乗っていたカズアキ達も振り落とされる。
「……ッ!」
即座に別の鳥を呼ぶ。
だが、そのいずれもカズアキに近づく前に落とされてしまう。
「……まさか君にこれほどの戦闘力があったとはね。これも逃した魚が惜しいと思わせる作戦かな?」
「自分を安く売るつもりは毛頭ないけれど、でもそうね……高くてもアンタみたいな奴には絶対に売らないわ」
「……そうか」
落下するカズアキの背後に鏡が出現し、そこからジャミラが転移する。
左手の短刀を3回振る。
その動作でカズアキの頭部、頸部、胸部が裂かれる。
「お前様!?」
「……――」
喉を割かれたために声にならないまま何かを呟き、カズアキは地面へと落ちていく。
既に海水も村から海へと戻っている。
村には僅かな瓦礫が残されているだけだ。
ドラグロットの姿さえ無かった。
そこへカズアキの肉体が落ちていく。
高度100m。
そこから人間が落ちれば即死だ。
ステータスが幾らか上乗せされていようと、耐久力に難のあるカズアキのステータスであれば免れることは無い。
何の抵抗も無くカズアキの肉体は地面へと接触する。
そして中身を地面へとぶちまけた。
ほぼ同時に白面の少女の肉体もまた地面へと落ち、主と同様の結末を迎えることとなる。
「……こうして、間近で自分のやったことの結果を見ると。落下死体って少し無惨よね」
「お嬢様。彼らも、そしてお嬢様がこれまで下して来た連中も。自身の行いによる結果にございます。お嬢様に罪があるとしても、それ以前に彼らに重罰の報いがあっただけのこと」
鏡を用いて落下速度を減少させ、ジャミラは地面へと着地した。
結局、村からカズアキ達を追い出すことは出来なかったが、ドラグロットとプシュケーは場所を移したようだ。
他に誰もいないことを確認し、そしてカズアキの死体を確認し、ジャミラは安堵する。
「私は別に減刑を願ったりしないわ。己の罪も受け入れるつもり。でも、そうね……美しさが罪であることも、醜いことも罪であることも、どちらも同罪であるならば、私は前者だと胸を張りたいわ」
鏡を用いた転移。
海から海水を転移させることは容易であった。
枚数が少なくとも、海水の転移自体に鏡への負担が無いのだから、鏡が割れない程度の深度から転移させれば、後は水圧が自動的に転移の勢いを増してくれる。
それで倒せれば良し。
何らかの脱出を図ったとしても、その経路ごと潰せば良し。
相手がジャミラと似たような空間制御系の能力を持っていることを除けば直接的な戦闘は長けていない。
だからこそ、遠距離と近距離を織り交ぜれば、その能力を使う暇さえ与えずに倒せるだろう。
海水を用いるという虚を突いた手段であれば尚更。
こうして上手くいったことに安堵し――
「――意味が分からないな」
「――ああ、全くだ」
ピクリ、とカズアキの肉体が痙攣した。
ただの筋肉の反応……にしては大きすぎる。
右手が、右腕が、肩が、頭が、胴が、足が、全てが動き出す。
再活動を始める。
「美しいことが罪だと? 否。否だ! 何時だって醜いものが裁かれてきた! 不当に追放され、蔑まれ、踏みにじられ、尊厳を砕かれた! それは、醜さが卑下されるべきものだからだ! 美しさからも、普通からも、下にあるから」
やがてカズアキは立ち上がる。
その肉体は既に死んでいる。死体だ。
顔面は砕け、脳は弾け、内臓は破裂し、手足は断裂している。
まごうことなき、100mから落下した死体である。
「美しさが罪? 有り得ないんだよ! そんなのは、傲慢から出る言葉だ」
「ああ。驕った者が吐く言葉。そして、それこそが貴様らの罪」
白面の少女もまたその肉体の原型はほとんど留められていない。
代名詞であった面ですら半ば罅割れている。
その中身から飛び出した眼球がぎょろぎょろと動き、ジャミラとウリエルを睨んでいた。
「嘘……だってさっき地上から叩きつけて……ううん、その前に短刀で殺したはずなのに……」
「馬鹿なことを。殺した? それは生者にしか許されないものだ。既に死んだ俺達にその言葉は無用だ。死体を殺すことは出来ないよ」
生者を死者に変え操るエンブリオ。
ならばその主もまた例外に非ず。
既に死者として……では無く、最初から死者として死者を操る〈マスター〉のエンブリオ。
それこそがTYPE:メイデンwithワールド・ルール【零落冥婦 イザナミ】である。
「さあ、続きを始めようか。君が真に自分を美しいと言えるなら、醜い俺如き止めてみせろよ」