<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Bside 美VS醜VS腐 26

■廃村――ゴラグ村

 

 カズアキの致命傷が瞬く間に消えていく。

 否、離れていく。

 地面と接触している両足に向かうように喉や胸部の傷は降りていき、そして地面へと吸い込まれる。

 傷一つ無い体の代償は、両の足が降り立つ地面の亀裂。

 全身の傷はそう、地面へとずらされていた。

 

 これこそが【圏王】が奥義《スカーシフト》。 

 ただし、この奥義が万能かと問われれば、それほど強力なものではない。

 傷そのものは消えるが、それは傷痍系状態異常に分類される傷に限る。

 たとえば【石化】や【麻痺】といった制限系、【恐怖】や【死呪宣告】といった肉体とは別の状態異常は別だ。

 

 そして、HPに関しても回復は出来ない。

 身体への傷だけが治り、負った生命そのものへの負傷は決して治ることはない。

 

 そのため、このスキルを過信し、死んでいった先人達が幾人かいた。

 

「……傷は、証だ。他者との繋がり。だから、消させてもらう。俺に刻まれる傷はただ一つでいい。彼女からの証だけで良い」

 

 故にこそ、生命を既に失っているカズアキにこそ、この奥義は合致する。

 HPはゼロでも動けるが、肉体への負傷を治す手段に乏しい《苦荷産み》。

 肉体への負傷は治せるが、HPを回復することが出来ない《スカーシフト》。

 この2つのスキルが組み合わさり、カズアキは死んでも動くことのできる一つの戦闘スタイルを生み出している。

 

「ああ、とはいえ。もう君からの傷は受けることもないが」

「……あ」

 

 ジャミラが膝から崩れ落ちる。

 脚に力が入らない。

 まるで別物になったような――

 

「――!」

「俺に近づいたらどうなるか、それは聞いていなかったのか? 周囲一帯に《屍者帝国の証明》を撒いているんだ。その発生地点であるここは最も感染しやすい場所だ」

 

 ジャミラの両足は完全に屍へと化していた。

 膝から下は腐り、履いている靴は液状となった肉が漏れ出ている。

 指も何本か欠損しているだろうが、その感覚も失われている。

 《屍者帝国の証明》に加え、《逆進する行進》がジャミラの屍化を悪化させる。

 

「……俺と同じく支援特化型のエンブリオだな。武器術はスキル無しの自前の技術。だから、こうして近づいてしまえば打つ手が無くなる。計画を台無しにさせてくれた腹いせだ。そうして地に伏したまま、動けぬまま屍になるといい」

 

 ジャミラは倒れたままカズアキを睨む。

 ウリエルもまた、同様に屍へと肉体を徐々に変えられている。

 小柄だからだろうか、彼の方が進行が速い。

 

「お前様。この男児は顔が良い。くくっ、完全に屍となった時、如何に醜くなるか楽しみだのぉ」

「そうだね。アポストルか……ふうん、君はこの世界をどう思う?」

 

 ふと、カズアキがジャミラに尋ねた。

 

「どう……って?」

「やけにリアルだろう? もう一つの世界と謳われるのも納得するほどに、嫌に鮮明で、不自然な程に生々しい。俺はそれが途轍もなく嫌いだ」

「そう……ね。現実を思い出させてくれるわ」

「ああ。そう。そうなんだ。リアル過ぎて、現実から逃げられなくなる。俺は、俺であることを否応なく実感させられる。だから、ぶち壊すと決めた」

「何をしようと……いえ、するつもりなの?」

 

 大量のゾンビ。

 そして、ゾンビ化させる銀紛。

 それらを使って何を企てているのか。

 

「ふむ……まあいいか。時間も少しはある。それに、死に行く君に伝える方が公平だ」

 

 カズアキは一息溜めた後に、

 

「【妖精女王】を殺す。それが俺達の目的だ」

 

 レジェンダリア国家元首の抹殺。

 それをはっきりと口にする。

 

「彼女を、そして彼女を取り囲う全てを、俺の屍達で台無しにする」

「【妖精女王】を……」

 

 大罪だ。

 かつての<第一次騎鋼戦争>で【大教授】がアルター王国国王を殺害した前例もある。

 〈マスター〉が国の要人を殺すことは決して不可能ではない。

 

「そんなこと不可能よ……絶対に止められる」

 

 だが、状況が違う。

 敵は数多。

 対してゾンビで数のアドバンテージが取れるとはいえ、実質カズアキ1人……ではない。

 

 彼には強力な味方がいる。

 それこそ国家を揺るがしかねない力を持つUBMが。

 

「まさかそのためのドラグロット……」

「彼の望みは静かな余生。この国は彼にとって少しばかり騒がしいみたいだ」

 

 騒音駆除。

 そのためにドラグロットはカズアキの計画に一枚噛んだという。

 

「私が言えたことでは無いけど……【妖精女王】に何の恨みがあるのかしら。別に悪いことをしたわけではないでしょう?」

 

 否、国家元首ともなれば黒い噂の一つや二つ、街を歩けばいくらでも出てくる。

 カズアキがかつてのジャミラと同様に美しき者を憎んでいるのであれば、迫害された過去があるのかもしれない。

 

「悪いことか……ああ、しているさ。愚かなことを今でも続けている」

 

 ジャミラの屍化は進行する。

 下半身が屍へと化している。

 全身へと進行するとどうなるのだろうか。

 死亡か、あるいは肉体の操作権の剥奪か。

 

「ただ美しいだけならまだ良かった。美しさそれそのものは生まれ持った権利だ。……彼女は怒るだろうけどね」

「ああ、美しいものが嫌いだ。だが、お前様は……くくっ……私以上に思考が醜く歪んでいる」

 

 白面の少女――イザナミがカズアキの言葉に頷く。

 その顔は未だ覗かない。

 面に空いた穴から熱のこもった視線だけをカズアキへと向けている。

 

「俺が許せないのは、【妖精女王】の行いだ。彼女は自身の美を見せびらかしている。己が美を安売りしている。あまつさえ金に換える真似をし、歌い、踊り、笑顔を振りまく……許されるはずがない。許されるはずがないんだ!」

「……は?」

 

 一瞬、何を言っているのかジャミラは理解出来なかった。

 歌い、踊り、笑顔を振りまく。

 その行為に覚えがあった。

 それはまさしく――

 

「つまり……【妖精女王】がアイドルとして君臨していることを許せない……そういうことです……か」

 

 ウリエルが息も絶え絶えに言葉を返す。

 

「ははっ……くだらない……実に、馬鹿げた思想だ。怨みも憎しみも無いじゃないか……僻みだ、やっかみだ……。お嬢様。お嬢様のこれまでの怒り。それは決して……彼らに劣るものではありません……力もそうだ……」

「ウリエル……」

「死なない肉体も、進行する屍化も、馬鹿げた考えも、何も臆することはありません……思い出してください。貴女の始まりを。貴女が何になりたかったのかを」

 

 激励か、あるいは忠告か。

その言葉を残してウリエルの全身が屍へと成り――その寸前にジャミラの手の紋章へと消えていく。

 〈マスター〉やエンブリオが完全に屍と成ればどうなるか不明な現状、進行しきるわけにはいかない。

 

「私がなりたかったもの……」

「……ッ! 黙れ! 俺の、考えが、馬鹿げたものだと……!? そんなわけあるか……。俺は、俺達は……」

「良い。お前様。結局、我らが志は他者には理解出来ぬ。心根も、禍根も、我らが生を実感出来ぬのならば、知れぬこと。故に、言わせておけば良いのよ」

 

 はは、とジャミラの口の端から息が漏れる。

 大言も、大それた行動も、根っこのところはただの私怨……否、それ以下だ。

 ウリエルの言葉通りの、下らぬ怒り。

 

「ああ……分かったわ」

「……?」

「てめーらの感情の正体が、ただの解釈違いの八つ当たりだってことだよ。ああ、そうだ。私はな、最初はアイドルのオーディションを受けたんだ」

 

 幕が上がり、マイクを手に取る。

 あの緊張感は、審査員の視線は、他の誰のものでもない。

 その時だけは、ジャミラだけのものだ。 

 

「別にあの時の私が真面目にアイドルになれるって夢見てたわけじゃねーけどな。だけど! それでもてめーらみたいな奴らに馬鹿にされるほど、私の人生だって甘くはねえんだよ」

 

 甘いどころではない。

 苦難の日々。

 苦く、辛く、呑み込めない毎日。

 だが、それもまた今のジャミラを形成する過去の一つ。

 アイドルは好きだった。

 キラキラと、いつも輝く彼女たちは努力の結晶。

 顔やスタイルだけでステージに上がり続けることなんて出来ない。

 

 決して、己を安売りなんてしていない。

 

「貴様……ッ!」

「おい、アンタ……」

 

 イザナミは己が面に手をかけ、カズアキもまた何かしらのスキルの発動準備に取り掛かろうとする。

 

「屍に変わるだって? ええ、構わないわ! だってさっきまでの私は死んだようなものだったから。プシュケーさんの言葉で生き返らせてもらったようなもの。今更一度や二度、死んだところで、私は醜くならない!」

 

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