<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女β】プシュケー・アーチ
それはプシュケーがジャミラを待つ間のことである。
――そろそろだな
それは果たして会話と呼べるものか。
もしかすると、残された意思が言の葉をただ反響しているだけに過ぎないのかもしれない。
だからこそ、プシュケーの意思に反した言葉を紡ぐし、プシュケーの為に新たなスキルの解放を行う。
まるで予定調和のように。
だけど奇跡のように。
彼女たちに貯め込んでいたリソースを少しばかり回収し、スウェーコンは進化する。
「これが黄金の……」
元のUBMであるスウェーコンの能力はリソースの貯蓄と自在な放出。
武具と成り、伸縮自在となったのはその能力の一端であるとプシュケーは推測していた。
伝説級へと等級が下がり、それでも破格の使い勝手の良さと威力であった。
尤も、プシュケーの技量が前提ではあるのだが。
――お前さんも随分強くなってきたもんなぁ。武器も見合ったもんじゃなくちゃいけねえ
第二スキルの名は《黄金兆候》。
短時間であるが、対象の格を引き上げるというもの。
UBMやモンスターは等級を。
〈マスター〉やティアンはステータスを。
武器防具であっても、素材からしてまるで別物に作り替える。
だが、そのスキルはおよそ伝説級武具に発揮できるものではない。
いくら元のUBMの等級が神話級であったとしても、それは生前の……それも格落ち前の話。
討伐寸前は伝説級であり、討伐後も伝説級。
そこに違いはないはずであった。
だが、今のスウェーコン――【猿猴鉾 スウェーコン】は黄金の光を放つ。
その光とは、本来持ち得た神話級の光。
即ち、
「……漸くですわね。貴方の本来の美しい姿を漸く見ることが出来ましたわ」
神話級特典武具【累刃猿 スウェーコン】。
まさしく黄金の槍である。
「これなら……!」
「「「……」」」
興奮冷めぬプシュケーとは対照的に冷めた視線が幾つもあった。
否、冷めたどころではない。
感情を失った同じ顔が幾つもあったのだ。
その正体はワルキューレ。
プシュケーのエンブリオであり、彼女を助けるべく各々が思考を持ち、思索する少女達。
彼女たちは本来の姿へと戻っていた。
「……ワルキューレ」
「「「何用でしょうか、マスター」」」
そこに多様性はない。
異なるのはジョブと、そこに付随したステータス差だけ。
思考も感情も一様に皆無。
数時間前の彼女達を知る者は、何か状態異常にでもかかったのだろうかと危惧したことだろう。
だが、プシュケーは理解していた。
これは失っただけだ。
感情を、ではない。
上乗せされていたリソースを、だ。
「そう……今までも助けてくれていたのね……」
思えば、【魔法☆少女】を巡る儀式が終わった後からであった。
言動に多少の個性があったワルキューレ達であるが、これ以降は明確に思考を持ち始めた。
自分で考え、自分で動き、自分で戦えるようになった。
指揮行動を取れる個体まで現れ始めた。
第六形態で頭打ちとなっていたプシュケーにとってこれは良い兆候だと楽観視した。
なにより、彼女達が笑って、泣いて、何かの為に動く様は美しかった。
それらは全て、スウェーコンから供給されたリソースによる強化。
少しずつ、少しずつ、スウェーコンを通して与えられた力であった。
ステータスには現れない。
決して強さと呼べるものではない。
まるでゲームのルールの裏を突いたかのようにも思われる強化法。
誰を欺きたかったのかは分からない。
――なぁに、心配いらねえよ。全部失ったわけじゃねえ。元から持ち得たものを引き出していただけだ。嬢ちゃん達ならすぐに取り戻せるさ
スウェーコンは少しずつ貯め込んでいたのだ。
ワルキューレ達の中に少しずつ、少しずつ……かつての力を取り戻すために必要な力を。
「だけど随分とタイミングが良いのではなくて?」
――これも運命というやつさ。なんせ、今度の敵は奴だ。なら儂も腹ぁ括っていかなきゃなんねぇさ
――まあ、それでも何で今かと言えばよ、お前さんの此れまでのおかげさな。強敵ばかりだったじゃねえか
つまりは強敵との経験もまた、スウェーコンが貯め込む力の一つであったようだ。
「これならドラグロットにも……」
《黄金兆候》を解放した神話級武具を抱え、プシュケーはドラグロットとの戦闘をシミュレーションする。
腐敗の力を持つ竜王。
力を幾ら過大評価したところでも足りないだろう。
――なぁ、お前さんよぉ。儂から頼みがあるんだけどな
そんなプシュケーへとスウェーコンの意思は言葉を紡ぐ。
信じられない提案を。
「……まさかですわ。ドラグロットが弱っていたら力を与えて欲しいだなんて」
そんな予想を立てるのもどうかしているし、敵に力を与えるのもどうかしている。
だが、どうかしていなくてはならないのだろう。
まともな感性ではまともな相手としか戦えない。
敵の企み通り。
そしてスウェーコンの目論見通り。
ドラグロットは神話級UBMと成り、腐敗の力を強化した。
「……私達が負けたらシャレにならないですわよ」
――大丈夫さ。お前さんは十分に強い。武器も見合った強さになった。あと一つだけ、線を飛び越えられれば、勝てるだろうさ
「……線?」
その言葉の意味を考えるよりも先に、ドラグロットの吐く腐った息がプシュケー達へと向かう。
既に微弱な風魔法では対抗できない程の風圧。
ガスそのものがプシュケー達へと狙いを定め追う。
「……ッ!」
不定形である気体に対してスウェーコンという武器はあまり有効ではない。
すり抜け、ガスはプシュケーへと到達してしまうだろう。
「スウェーコン! 力を!」
風魔法にリソースを与える。
微弱な風は強風へと変わり、ドラグロットのガスを押し留めた。
「ゲンドゥル。そのまま継続で」
「はい、マスター」
変わらず意思を見せないワルキューレに寂しさを感じつつ、
「好機ですわ」
相手の武器の一つをワルキューレ一人で抑えられる。
レギオンであるが故に一人一人の戦闘力では劣ると考えていたが、スウェーコンがあれば一時的にでも神話級に迫ることが出来ている。
「マスター。指示を」
「……尾の切断を引き続き。私は頭部を狙いますわ」
プシュケーの指示を仰ぎ、従う。
無論、指示に従うということは【司令官】のスキルが遺憾なく発揮され、更にバフを与えることが出来る。
この局面だけをみれば、悪い話ではない。
「……(やはり、動きが悪い)」
だが、回避行動も、次の攻撃行動も、これまでに比べ明らかに遅い。
単純なステータスでは以前よりも上であるはずなのに、出だしが遅すぎる。
『温いわ』
ドラグロットの爪がワルキューレ数名を捉える。
咄嗟の防御は間に合うも、武器はいずれも崩壊していく。
「(彼女達なら……避けることだって出来たはずですのに……)」
ドラグロットはスキルにものを言わせて殴るタイプだ。
故に攻撃法は至って単純。
尾を振るう。
爪を薙ぐ。
巨体で押しつぶす。
ブレスを吐く。
これらに腐敗が追随するだけで、致命的な攻撃であると分かって、避けることを念頭に置いておけば戦えぬ相手ではない。
「スウェーコン!」
爪の連撃をスウェーコンが受け止める。
攻撃を受けていたワルキューレ達は難を逃れると、他の者達から新たな武器を受け取り攻撃に加わる。
――苦戦しているようじゃねえか
「苦戦? 何のことかしら。拮抗しているだけですわ」
強がっている、わけではない。
プシュケーの言う通り、これは善戦している方だ。
神話級のUBMを相手に第六形態のエンブリオと上級職で戦う。
一蹴されていてもおかしくない戦いだ。
「(あと一つ……何かあれば……)」
拮抗している状況。
しかしながらこれはスウェーコンの力あってのものだ。
……制限時間付きの《黄金兆候》。
「マスター。時間切れです」
ゲンドゥルを包み込んでいた黄金の光が消えた。
次第に腐敗ガスがプシュケー達に迫る。
「……っ」
重ね掛けを行うか。
プシュケーは考える。
どうやら時間制限はあるが、消えたら再度掛け直すことは可能なスキルのようだ。
貯め込んだ黄金の光が消えるまでは幾度も使える。
「スウェーコン。光の残量はどのくらいですの?」
――そうさなぁ。どらぐろっとの奴に随分と持っていかれたから……まあ三度が限界だろうな
三度。
それら全てをゲンドゥルに回してガスの回避だけに使い切るのか。
勝てない。
拮抗はいずれ崩れる。
そうなれば、形勢は途端に傾く。
思考は一瞬。
されど、腐敗ガスの進行も一瞬。
一瞬の躊躇いが致命打と成り得る神話の戦い。
プシュケーがガスに包まれる――寸前にワルキューレ達に弾き飛ばされた。
「え――」
「「「……マスター」」」
ゲンドゥル、ラーズグリーズ、ヘルヴォル。
3名のワルキューレはガスに包まれ、そして肉体が腐敗する。
特性上、即死は出来なかったのだろう。
ガスに苦しむ様子が弾き飛ばされた外から見えてしまう。
皮が、肉が、腐り落ちてその中身が見える。
そこに美しさなど無い。
グロテスクな本質だけが見える。
少しだけ残された顔が、眼が、プシュケーと合う。
まるで次はお前がこうなるのだと。
プシュケーと全く同じ顔が告げているようであった。
「あ……」
『醜いアヒルの子』
「いや……」
その言葉がプシュケーの頭の中で幾度も幾度も反響していた。