<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Bside 美VS醜VS腐 30

■とある暴力的な少女について

 

 その少女は兎に角、乱雑であった。

 粗野で粗暴で乱暴で乱雑であった。

 

 暴力をふるうことに躊躇いは無かった。

 そこに悪意は無いから。

 他者を見下すことに躊躇いは無かった。

 そこに傲慢さは無いから。

 

 悪を挫くから力を振るうのではない。

 自身の障害と成り得るから排除していた。

 

「で、でたぞっ……」

「逃げろ! アヒルの子だ」

 

 彼女はアヒルの子と呼ばれていた。

 正確には『醜いアヒルの子』と。

 呼ばれるたびに彼女は拳を握った。

 呼ばれるたびに脚を地面から離した。

 

「うるさいっ! 私を……私達をそんなふうに呼ぶな!」

 

 『醜いアヒルの子』とは、その物語のまま。

 その話の意味のままに、彼女達は呼ばれていた。

 

 ただし、大きく曲解して。

 

 『醜いアヒルの子』。

 その話はアヒルの子と思われていた雛鳥が白鳥であったという話だ。

 周囲から違うと疎まれていた雛が誰よりも美しく成長する話。

 

 この話をそのまま受け止めるのであれば、弄られるようなものではない。

 むしろ、トンビがタカを生んだと、そう受け止められるようなもの。

 

 ……それが彼女を逆撫でた。

 

 彼女は両親を愛していた。

 敬愛していた。

 

 確かに容姿は劣るかもしれない。

 確かに生まれた子供は容姿に優れていたかもしれない。

 

 授業参観のたびに拾われてきた子では無いかと疑われた。

 母の不貞すらも勘繰られた。

 痛くもない腹を探られる両親は、しかし愛想笑いをするばかり。

 ことを荒げないように、卑屈に笑うのみ。

 

 それが気に食わない。

 

 言い返さない両親も、次第に調子に乗り声を大きくしていく周囲も。

 

「私は……アヒルの子なんかじゃない……っ」

 

 本当の子供だ。

 アヒルの子でもなく、白鳥の子でもなく、他の誰でもない、両親の子だ。

 

 だから力を振るった。

 大きな声を小さくさせた。

 立ちはだかる者を地面に伏せさせた。

 

 それでも彼女は美しかった。

 残酷なまでに。

 粗野な美しさを兼ね揃え。

 涙を流せば悲壮な美しさを持ち合わせ。

 

 結局のところ、両親の凡人以下の容姿が際立つばかりであった。

 彼女が美しければ美しい程に、笑われるのは両親であった。

 

「誰も……分かってくれない……」

 

 少女は決して自分を傷付けることは無かった。

 顔に傷を作り、自ら醜くなれば解決していたかもしれない問題を、そうはしなかった。

 それは両親を否定してしまう。

 両親から生まれた自分は誇らしくしていなければならなかった。

 散髪すらも、切るというよりも整えるためだと、理髪だからと自分を納得させていたほどだ。

 

「良いのさ。それよりも、私達は嬉しいんだ。私達の為に怒ってくれる君がね」

 

――違う。

 

「ええ。あなたは私達の誇りよ。私達はあなたのためならいくらでも犠牲にできるの」

 

――やめてくれ。

 

 両親の人生は両親のものだ。

 子供は関わりこそあれ、決してそのためだけに捨て去っていいわけがない。

 それに、両親のためだけに怒っているわけではない。

 だから、あまり喜ばないでくれ。

 

 でないと、正当化してしまう。

 

 自分の中の、美しさという皮の中にある獣が正当性を得てしまう。

 

 喜びが悦びに変わり、

 怒りが憤りに変わり、

 哀しみが寂しさに変わり、

 悲痛な叫びが威圧の号哭と変わっていく。

 

 このままでは建前すらも失いかねない。

 両親のためという、美しい言い訳が通用しなくなる。

 そうなれば本当の獣に成り下がる。

 

 なにか、なにか手段はないか。

 

 そうして彼女は己が美しさを隠した。

 

 出来るだけ地味に。

 獣を覆い隠す美を更に隠した。

 

 

 

 

■【魔法少女β】プシュケー・アーチ

 

「いや……だ」

 

 ドラグロットの腐敗ガスをまともに浴びたワルキューレ達。

 腐敗は一気に進み、その内を晒す。

 彼女達の皮と肉の中身は酷く醜い。

 瞬時に腐敗し溶けていく様は吐き気すら催す。

 それがプシュケーの中にある美しくない部分を刺激していく。

 呼び起こしていく。

 

 あの時もそうだった。

 己が内に眠る獣を呼び起こせば、すぐにでもこの戦いは終わる。

 【パス・スパイダー】を下す直前。

 追い詰められ、本性が現れそうになった。

 あの時の潜む獣の叫びさえあれば、本能のままにきっとドラグロットも倒せるだろう。

 

「いやだ」

 

 故に踏み止まる。

 スウェーコンを地面に突き立て、両手で身体を支え、彼女はドラグロットを真っすぐに睨む。

 

 それをしてしまえば美しさは未来永劫失われる。

 隠していた獣は外に現れて、美しさは彼女にとって、一部でしかなくなってしまう。

 

 いやだ。

 美しくありたい。

 獣を表に出したくない。

 だって、そうしなければ――

 

「アヒルの子もまた醜かったと。お父様もお母様も悲しんでしまうから」

 

 建前の理由を選ぶ。

 それこそが彼女にとって本当の本音なのだと、言い聞かす。

 それでいいではないか。

 建前とて本質の一部。

 思っていなければ言葉にだって出ないはずだ。

 

 左手の紋章が輝く。

 ワルキューレ達は既に戦っている。

 紋章の中に残されているワルキューレは……只一人だけ。

 

「ええ。私の中に眠る彼女については認めますわ。ですが! 私は自身を美しく在れと決めた。定めましたわ! だから、私とは別物として、貴女の存在を認めます――ブリュンヒルド」

 

 その名を呼ぶ。

 最初のワルキューレにして、彼女の本来の相棒の名を。

 

 そう。

 本来は彼女一人だけだった。

 彼女のエンブリオはブリュンヒルドと名付けられた少女のみ。

TYPE:ガードナーから始まり、彼女が呼び出し指揮する幾人ものワルキューレから成る構成のTYPE:ガーディアン・レギオンへと成長していく予定であった。

 

 だが、プシュケーは始まりの一人を見なかったことにした。

 すぐさま格納し、無かったことにしたために、ブリュンヒルドを必要としないレギオンのみのエンブリオに進化せざるを得なかったのだ。

 それでも戦力として他に劣ることが無かったのはプシュケーの才と言わざるを得ない。

 

「……ははっ。やっと呼ばれたか」

 

 だが、プシュケーはその在り方すらも認めた。

 自身の過去を。

 己の中に眠る本質を。

 

「ふん。驚いたぜ。使い渋られるとは思っていたが、まさか使われないとはな」

 

 紋章から1人の少女が出現する。

 その口調は、見た目とは裏腹に、吐き捨てるかのような酷く乱暴な物言いであった。

 

 天使のように。

 愛くるしくも美しい。

 否、愛狂おしい。

 

 世が世であるならば。

 熱狂的な信者すら生まれかねなかっただろう。

 

 だが、幸運なことに、プシュケーはその年齢を過ぎた。

 今はただ美しいだけ。

 可愛さは全て美しさへと育っている。

 

 だから、その可愛さと美しさが両立しているのは、少女だけのものだ。

 少女であった頃の、彼女だけのものだ。

 

「私ももう二度と会うつもりは無いと思っていましたわ。……ほら、足元を蹴らないの」

 

 過去は過去だ。

 現在はではない。

 だからこそ、プシュケーは事実のみを認めた。

 

 既に決別した過去として、彼女を認めた。

 

 決して受け入れてはいない。

 受け入れてしまえば、過去の自分を今の自分と同一視してしまうから。

 

 彼女の態度一つが腹立たしい。

 彼女の行動一つが目を逸らしたくなる。

 

 全て過去に行ったこと。

 眼を瞑りたい、黒い歴史。

 暴力を振るっていた頃のプシュケー。

 喜々として周囲を地に伏していたかもしれない獣という可能性。

 その混じり合った彼女こそがブリュンヒルドである。

 

「こんにちは。粗野で粗暴で乱暴で乱雑な私」

「おう。気品ぶって包み隠しているようで何よりだぜ。ま、見せたくない腹の中は俺に任せな」

 

 かつては否定した。

 かつては拒否した。

 

 だが、今ならば違う道も選べるはずだ。

 

 彼女と共に、過去と共に歩む道もきっとあるはずだ。

 一部だから在るのではない。

 切り離したから在るのだ。

 

 

【超級進化シークエンスを開始します】

 

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