<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■レジェンダリア最西端 かつて村であった地の外れ
『黄金の力を受け継いだ娘……名は何であったか』
「プシュケー・プシュケー・アーチですわ」
『……そうか』
ドラグロットは眼を閉じ、己の中でその名を幾度も反芻する。
まるで食事を味わうかのように、プシュケーの名を楽しむ。
この名を聞くのはこれが最初で最後だと感じていた。
己が死ぬか、相手が死ぬか。
たとえ敵が蘇る〈マスター〉であろうと関係ない。
殺しきり、そして二度と会わぬ地へとドラグロットは旅に出ると決めていたから。
騒がしい地は似合わぬ。
美しい土地は見合わぬ。
静かな死が溢れかえる地で余生を過ごしたい。
それがドラグロットのささやかな願い。
少しばかりの力を手に入れようとも変わることは無い。
『どうだ……黄金の力は。儂が追い求めてきたスウェーコンの残り香は……さぞかし心地良いものだろう』
「ええ。元より私の相棒でしたもの。色が変わっても、変わらず手に馴染みますわ」
その本質は変わらない、と。
武具の性能さえも進化しているにも関わらず、プシュケーはそう答える。
『問おう。黄金の猿は最後にはどのように逝った。儂は腐り殺せると確信し逃がしたが、結局力は微塵も手に入らなんだ。……プシュケーよ、貴様がその力を手にしているということは、貴様が殺したのだろう?』
「そうですわ。スウェーコン……師から技を学び、在り方を学び、そして力を受け継ぎましたわ。最後には私の槍術で」
『そうか……』
ならば納得の末にであったのだろう。
確かに受け継がれている。
槍を構えるプシュケーは、彼の日のスウェーコンそのまま。
見衰えることの無い、1人の弟子がそこに立っている。
『ならば再戦といこう。貴様を呪ったあの日、儂もまた呪われた。黄金の力で蓋をせねばならぬ程の、な。故に未だ勝負はついておらん』
衰えていくのを感じていた。
弱くなっているのが身に染みていた。
かつては古代伝説級最上位と謳われた己が。
何を喰らっても何を倒しても何を殺しても。
一切強さを得ることが出来ずに。
強さを維持できることも出来ずに。
スウェーコンに一撃を与えると同時に槍で貫かれた。
それがきっと、ドラグロットの中核を傷付けていたのだろう。
「ええ。決着を付けますわ」
ドラグロットは身構える。
何に?
槍と成ったスウェーコンに?
否。
それ以上に脅威はプシュケー自身。
何かが変わった。
存在が、圧が、生物としての格が上がっている。
そう、ドラグロットは神話級となったのと同様に。
プシュケー・アーチもまた、進化している。
己を殺す力を持っている。
そう、気構え無くてはならないだろう。
『……』
出し惜しむことなど出来るものか。
時間を奪うスキル――《
ドラグロット以外の生物全てが生存際まで老化した状態へと身体機能及びスキル熟練度が下降するスキルである。
如何な生物とて抗えない。
生物であるが故に抗えない。
だが――
「スウェーコン!」
プシュケーの速度は変わらない。
落ちることなく、駆ける。
彼女を包む光――黄金の光が《老化減少》のデバフと拮抗し、ステータスを維持しているのだろう。
『だが、貴様以外は……っ!?』
しかしながらそれで防げるのはプシュケーのみ。
もう一人、彼女と似た顔の人間はそうはいかない。
そちらからだけでも、と視線を向けると、そこには《老化減少》など効果が無いという表情をするブリュンヒルドが武器を構えていた。
「おらっ!」
その武器は大斧。
プシュケーのアイテムボックスに入っていた、一品ものであるが、目立った特徴の無い有り触れた武器。
ただし、付与された効果が一つだけある。
それは――防御貫通。
相手の防御力に関係なく、使用者の純粋な攻撃力が叩き込まれる代物。
『っ“!?』
背に叩き込まれた一撃は無視出来る威力では無い。
裂かれた背からはガスが噴き出す。
「へっ。どうせなら一つと言わずに全部叩き込めばいいのによ。対人、対軍といってもよ、別にこいつに全く効果が無いわけじゃないんだぜ」
「大技を連打して力押しで勝利するのは美しくありませんわ。美しく勝つにはそう、ここぞとばかりの大技一つで十分ですのよ」
スウェーコンが地面を叩く。
黄金の槍からは、しかし鈍色の光が溢れ地面へと広がっていく。
それはまるで結界のように繋がっていき、ドラグロットやプシュケー達を囲む。
『……! これは何だ』
《老化減少》がプシュケーにのみ作用し、ブリュンヒルドには効いていない。
その差が分からない。
だが、それでも背から噴き出したガスは猛毒。
触れたものを急速に劣化させ、腐らせる猛毒のガスである。
「それはもう見ましたわ」
だが、そのガスは通じない。
下がったブリュンヒルドに代わり、前に出たプシュケーはガスの中を走り、スウェーコンを伸ばす。
「破ッ!」
ドラグロットは辛うじて爪で身を守るが、その衝撃で身を揺らす。
分からない。
爪を薙ぎ、プシュケーの周囲ごと空間を腐らせる。
――腐らない。
尾を振るい、プシュケーに触れた先から腐らせる。
――腐らない。
ブレスも視線もその全てが腐敗の力を纏っている。
だが、いずれもその効果が発揮しない。
『何故――』
腐敗こそがドラグロットの力。
腐敗であるから不敗だった。
決して死ぬことなく、まるで呪うかのように力を奪い、ゆっくりと時間をかけて殺して来た。
腐らない生物などいないのだ。
生物であるから腐るのだ。
この力が通じないのならばそれはまさに……
『何故、何故だ何故だ何故だ何故だ……神の如き力が! 貴様にあるとでも!』
「いいえ。たしかにワルキューレは半神の乙女。でも、神そのものではありませんわ。そして、貴方のスキルが効かないのは、通用しないから」
既に一度見ているから。
一度体感したスキルの二度目を封じるスキル。
それが対モンスター用スキルである『
腐らせるスキルは邂逅時に見ている。
《老化減少》もブリュンヒルドは一度使用されているから二度目は効かない。
モンスターに技は不要。
大技と、それに付随する肉体のごり押しのみ。
小技を幾つも持ち合わせる存在など皆無に等しい。
「ドラゲイル程の手数があればどうしようかと思いましたが安心しましたわ。貴方、腐敗の力に頼りきりでスキルは2つだけでしょう? せめて強弱で技があるように見せかけているだけですわ」
故に対モンスター用スキル。
二度目のスキル禁止など、対人で使ったところで他のスキルを乱打されれば意味が無い。
対軍で使ったところで、百人が同じスキルを使うことは防げない。
『儂が――最上位の儂が……!』
「古代伝説級であれば最上位であったかもしれませんけど、ですが、神話級の中では果たしてどの程度か。少なくとも私は貴方の上を知っていますわ」
その構えはスキル無しでも放つことが出来るもの。
だが、今だけはスキルを使う。
スキル無しでのダメージは既に与えている。
故に、最後はこの技を。
「《スパイラル・スティンガー》」
穂先が回転する。
速度も威力も、以前のとは比べ物にならない。
たとえ相手が神であろうとも、その槍は命を貫く。
「この技はスウェーコンに磨かれた技ですわ」
『……納得、だ』
ああ、同じ気持ちだったのだろう。
これならば死んでも良いと。
我が力を預けても良いと。
納得せざるを得ない見事な技であった。
『静かな……余生では決して味わうことの無い、痛烈なものであった』
「たまには刺激物も良いですわよ。汗をかいて代謝を改善すれば、精神までも腐ることはありませんわ」
ふ、と心の中で笑う。
人間の話は難しくて分からない。
見てくれに、良い意味でも悪い意味でもここまで拘るのは人間だけだろう。
『強き者であった。称えよう』
「ふふん。称えるならばもっと相応しい言葉があるでしょう?」
少し考える。
心臓を貫かれ、時間が無い。
必死に考え、此れまで、言葉のままに使ったことの無いその一言を最後に呟いた。
『美しかったぞ、プシュケー・アーチよ』
肉体が瓦解していく。
これまで散々腐らせてきたのだ。
己の肉体も同じように腐り落ちてくのだろうと思っていた。
だが、光となって解けていく。
その幻想的な様は、
「ええ。貴方も美しいですわよ」
悪い気はしなかった。
【<UBM>【腐竜王 ドラグロット】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【プシュケー・アーチ】がMVPに選出されました】
【【プシュケー・アーチ】にMVP特典【腐敗親和 ドラグロット】を贈与――】
「あ、私、相手を腐らせるとかそういう美しくないものは必要ないので。そんなものを私にアジャストしてきたら一生使いませんわ」
【・・・・】
【・・・・】
【【プシュケー・アーチ】にMVP特典【分腐双央 ドラグロット】】
「却下ですわ」
【――改め【分斧双翁 ドラグロット】を贈与します】
いくらなんでもやりたい放題過ぎますよプシュケーさん
【腐敗親和 ドラグロット】→周囲一帯に腐敗の状態異常を振り撒くネックレス
【分腐双央 ドラグロット】→触れた対象から感染的に腐らせていく斧
【分斧双翁 ドラグロット】→触れた箇所の身体機能とスキルを封じる斧に落ち着きました
これで長かったプシュケー編終わりです
次は……誰にするか。残り二組だ