<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■幼い頃の記憶
小さいことが嫌だと言った。
その言葉を今でも覚えているのは貴方が今も思い出させるから。
忘れた頃に言う。
大きくなりたいよな、と。
私は曖昧に頷く。
何故小さいのが嫌だったか。
その理由はきっと、置いて行かれたくなかったから。
どんどん大きくなっていく貴方の背中が、どんどん小さくなっていくから。
でも、そもそもそんなことを言い出したのは……。
いや、忘れてしまった。
淡い感情は記憶と共に薄れさせた。
今はただ、共に居ることに溺れていたい。
それだけが幸せだと、一時の感情に沈んでいたい。
だって、誤解したままの貴方が可愛いのだから。
――こんなに大きくて小さいのに。
■【自殺王】クリアント
「いやー。やっとですよ先輩! やっと私達の出番になりました!」
「ああ、良かったな」
「ちょっと、それ絶対私の言ってる意味分かってないですよね!? とりあえず合わせておこうってのが見え見えですよ!」
「いや、分かってるって。あれだろ、あれ……あれ?」
「ムキー! せめてそれらしい言い訳くらいは浮かんでください」
馬型のモンスターが牽く馬車で揺られること半日。
ちなみにだが、モンスターの調達は適当なのをレシーブに見繕ってもらい、キシリーに倒してもらい、クレハドールにて操作している。
ステータスは各5桁を超えているキシリーであれば大抵のモンスターには力押しで勝ててしまう。
故に高ステータスのモンスターの牽く馬車が高速で駆けていた。
ガタゴトガタゴトと、リアルでの新幹線並みの速度で揺らされたため景色を楽しむことは出来なかったが、代わりに気まずい空間での会話は少なかった。
「まあ出番って言ってもだな――」
「クリアントさん……オーナー。あの、怖いから一人で喋るのは……」
「……悪いな。ワンプが出てきてくれなくて。ただ、思念通話だと無言過ぎて怖いと言っていたのはキシリーの方だったような……」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
馬車の中にはクリアントとキシリー、そしてルール体となりこの場に姿を現さないワンプの3人。
ワンプが見えないことを踏まえれば、クリアントとキシリーの対面である。
クランメンバーとしての関係以上の関係が無いため、気まずいことこの上ない。
「あー……その、なんだ。他のメンバーとはうまくいってるか?」
「先輩、たまに話す父と子の会話みたいなのやめてくださいません?」
「えっと、うん。魔法少女のみんなとは。バウムさんは強そうだし、パリドーネさんは頭が良さそうだし、レシーブさんは可愛いし、うん、まだ仲良くできるかは不安かな」
言葉を選んでいる印象であった。
だが、それでもクリアントの言葉に懸命に応えている。
対し、
「そっか」
問いかけた方のコミュニケーション能力に問題があった。
せっかくの返答に対して相槌一つのみ。
「……」
キシリーもそれ以上何も言えずに黙ってしまう。
「おい先輩」
「……。そうだ、最近の学校って勉強は――」
「マジでその会話のパターンやめてくれません?」
はぁ、とため息をつく。
今も高速で流れていく景色を眺める。
もうじき到着する。
それまでの辛抱だ。
到着してからも辛抱だ。
「(というか何で出てこないんだよ)」
「(だって恐ろしいじゃないですか。あんな話をプシュケーさんから聞かされた後だと)」
そうだよなとワンプの言葉に頷きかけ、キシリーの視線で止まる。
思念通話にかかりきりになり、また無言になっていた。
「……何か飲むか?」
取り出した飲み物は直後に馬車が大揺れになり、全てクリアントにかかった。
■1日前
それはノーチラス内でのこと。
〈三王〉に関しての注意喚起が終わり、解散となった後、クリアントはプシュケーに呼び止められた。
「クリアントさん。少しよろしくて?」
「よろしくないですー。先輩はこのあと私と用事があるんですー」
「ああ、大丈夫だ」
真逆の即答をした彼らに対し少し笑みを浮かべるプシュケー。
「お話ってサブオーナーからオーナーに対してです? それとも女の人が男の人にです?」
「ふふ。どちらかしら」
「むむむ……」
「そう時間は取りませんわ。ええ、盗りませんことよ」
「本当にぃ?」
「本当ですわ。……話というのはキシリーに関して」
先程の会話の続き、ということなのだろう。
しかしならば先の場でも良かったはずだ。
改めてというのであればその理由は……。
「彼女がとても不安定、というのは存じてますわよね?」
「強かったり、大きかったり、可愛かったりする相手に対して増悪を抱いているという話か? だけどそれは――」
「ええ。【パス・ヘラクレス】という強敵との戦いで乗り越えた。クャントルスカを守るために自身の弱さと向き合えた」
「ああ。俺もそれは聞いている」
「……その手の話は過去に何度かありましたのよ?」
「ん……?」
何度か。
その度に乗り越えて強くなってきたという話だろうか。
「自身の弱さを知り、強敵を倒して来た。ええ。ある種のトリガーという話でしたら、あの子は何度も経験していますの。でも、あの子のエンブリオの成長は遅い。クャントルスカと出会って漸く進化出来たとはいえ、乗り越えた経験だけでいえば彼女は幾度も過去にあった」
「……つまりは、何だ。乗り越えるだけではだめという話か?」
「いいえ。恐るべきは乗り越えても尚彼女の本質はそう大きく変わっていないという話ですわ」
弱さを知った。
強さを知った。
乗り越え、誰かを守り、強敵を倒す。
それはキシリーにとって、既に慣れ親しんだもの。
「悪い情報を伝えておきますわ。26回。これが彼女が背中を預けた仲間――魔法少女を殺害した回数。ちなみにうち1回は私もカウントされていますわ」
「……本当か?」
「嘘は言いませんわ。勿論、少し油断と信用もしていましたわ。私であれば彼女の信頼も勝ち取ったと。何よりクャントルスカとの出会いで成長した彼女ならば問題無いと」
「おい……それはごく最近の話なのか」
敵対する理由など無いはずだ。
それに、クャントルスカから聞いた話では、キシリーはその手の増悪は薄れているという印象であった。
決して仲間に対して羨んで殺すようなことなど無いと。
「何がきっかけだったのか、今となっては定かではありませんが……。モンスターとの戦闘の最中だったことは覚えていますわ。そして、デスペナルティから明けた私と夢味、イテカを待っていた彼女の最初の一言……」
キシリーは笑顔であったらしい。
『まいまいちゃんは守れたよ。みんなみたく死なないで良かった』
本当に演技かどうか、いつになく妹妹は弱弱しく見えたらしい。
プシュケー達は災害にでもあったのだと受け入れることにしたらしい。
ひとまず受け入れる、というよりも流した。
再び殺されることのないように気を付けながら旅を再開した。
「……ですから改めて伝えておこうという話ですわ。普段のキシリーは善悪でいえば限りなく善に近くなっている。だけど、時折現れますのよ、負の感情を取り戻した彼女の本質が。他者の持つ良い面だけが欲しく、羨ましくなり、そして殺してしまう暴力的なキシリー・キシシキが」
「……もしかして同行者が俺なのは」
「ええ。死ににくい貴方が適任というのもありますわ。でも、それ以上に貴方は、強くも可愛くも大きくもないでしょう?」
キシリーが羨むところが無い。
それが最も適任である面なのだとプシュケーは言う。
「……それもそうか」
キシリーに特殊な攻撃は無い。
もし殺されたところで即座に【自殺王】で耐性を獲得してしまえばそれ以上殺されることも無いだろう。
それ以上に戦闘面でも魅力的なコンビなのだ。
ステータスに特化したキシリー・キシシキ。
死ににくさと特殊状態異常で場を制圧出来るクリアント。
これだけでも組む価値はある。
「……分かった。念頭に置いておこう」
「ええ。任せましたわ。……それでワンプさんは何故姿を消してるんです?」
いつの間にかルール体となっていたワンプの姿を探しプシュケーは周囲を見渡す。
「『そんなの可愛いワンプちゃんが真っ先に狙われるに決まってるからじゃないですか』だとさ」
この場にいないキシリーに早くも怯えるワンプであった。
■【自殺王】クリアント
「オーナー?」
「……すまん、考え事をしていたら手が滑った」
濡れた衣服を交換し、新たな飲み物を取り出しキシリーに渡す。
子供組の中で好評の果実のスムージーである。
「わぁ。ありがとう」
ストローで飲むその様は年相応の子供だ。
背丈はクリアントよりも高いが、子供なのだ。
「(子供特有の癇癪……とはまた違うんだろうな)」
味方殺し。
いや、味方に限った話ではない。
自分に無いものを羨む。
その感情が極端に出ないことを祈るばかりだ。
「(まったく……俺の命いくつあれば足りるんだろうな)」
くぁ、と欠伸が出る。
クレハドールを通じてモンスターの疲労が伝わってくる。
そろそろ解除しなければクレハドールに呑み込まれそうだなと考えながらクリアントは目的地である深い森と山に視線を向けた。