<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【自殺王】クリアント
事前の仕込みと準備を十全に行っておいた本当に良かったと。
この時ばかりは思わざるを得なかった。
「ごぷれらぁっ」
「っと――」
紫色のトカゲの飛ばす唾液をその身で受けても尚、五体満足な我が身を見て、クリアントは安堵する。
《自殺志願》は24時間という制限こそあれど、強力な耐性スキルである。
そして、スワンプマンの肉体創造と併せれば、同時に幾つもの耐性を付けることも可能だ。今回は再ストックまでの時間と合わせて出来る限りの耐性を付けてきている。
とりわけ、自身の攻撃時のデメリットとなりえる爆発や毒の耐性は必須というかほぼ自動的に付けられる。
今更モンスターの強毒適度で死ぬクリアントでは無い。
「キシリー。かからなかったか?」
「う、うん……大丈夫みたい」
巨体故に被弾率の高いキシリーも幸い回避できたようだ。
単純な負傷と違い、毒は厄介だ。
治療法が無ければ残り続け、蝕み続ける。
毒を扱うクリアントだからこそ、毒の重要性は理解している。
「俺が動きを止める。キシリーは止めを任せた」
毒液を受けながら前進する。
トカゲは何故毒で溶かせないのか、毒が足りていないのかと唾液を飛ばし続けるが、やがて、
「――か、はっ」
唾液腺の疲労からか、苦し気に呼吸を荒くし始める。
「【褥】。出番だ」
構えた【褥】でトカゲの右前足の指の1本を浅く斬る。
腕を狙ったのだが、動き回るトカゲに狙いを逸らされてしまう。
だが、妖刀が命中したのだ。
切傷部位の大きさは関係ない。
斬られれば、瞬く間に妖刀に侵される。
「――ぐ、げぇ」
どのような幻覚を見させられているのだろう。
あるいは悪夢なのかもしれない。
精神系状態異常に陥ったトカゲは苦し気にのたうち回る。
先程までの呼吸苦の比ではない。
もはやその目は何者をも捉えることも出来ない。
「……づぅ。キシリー、いけるか?」
「うん!」
クリアントの視界が何重にも重なる。
これもデメリットの状態異常なのだろう。
名称をみることも叶わない。
酒の酔いと船酔いが同時に襲い掛かったかのような感覚だ。
たまらず蹲っている間にキシリーがトカゲに連打を浴びせる。
一撃一撃が重く、トカゲの肉体が削られていく。
「これでお終い!」
最後にはトカゲを拳で圧殺し、戦闘を終わらせた。
「……【褥】。解除だ」
アイテムボックスに【褥】を戻し、状態異常が解除されるのを待つ。
しばらくして視界が元に戻ったのを確認し、立ち上がる。
「悪いな。時間をかけた」
「そ、そんなことないよ。オーナーのおかげで無傷だったもん」
負傷といえばクリアントが軽く溶けたくらいだろうか。
回復アイテムの範疇だ。
「お疲れ様。どうだ。いけそうか?」
「このくらいなら……同時にだと厳しいかもしれないけど」
「……そうか?」
森に入り、何度目かの原生モンスターとの戦闘。
いずれも余裕を持っての勝利であった。
クリアントが状態異常で足止めし、キシリーがステータス任せの攻撃で止めを刺す。
キシリーの自信にも繋がるだろうと思いのフォーメーションであったが、まだまだ時間はかかりそうだ。
今は余計な消耗をしないためにクリアントがタンクを兼ねているが、殴り合ってもキシリーであれば勝てるだろう相手ばかりだ。
「しかし……広いな。どのくらい進んだのだろう」
「……マップでの位置だと全然動いてないね。でも……変だよこの森。近づけば近づく程、大きくなってる。遠くから見たよりも木が大きいもん」
何かの力が作用しているのだろう。
遠近感が狂ったかと錯覚させられている……実際に狂わされたのかもしれない。
しかし不思議なことに、木々は巨大であること以外に目立った特徴は無いのだ。
まるでキシリーのウチデノコヅチで大きさだけ巨大化させたかのように、有り触れた種の樹木であるように思える。
「暴れたら巨人も出てきてくれると思ったが……この広さだと気づかれてもいないか」
「大きな音出してると思ったんだけど、モンスターを誘き寄せてるだけだったね」
簡易マップのおかげか、ひとまず進むべき方向だけは分かる。
樹木に傷を付け、目印を作ることで来た道を戻らないように注意しているが、マップがあるおかげか、その心配は薄い。
それに、見上げる以上に高い山が見えるおかげで、目的地もある。
巨人は山にいるかもしれないという予測の下で2人は真っすぐに歩くことが出来ている。
「消耗してばかりもいられないな。次のモンスターはクレハドールで人形化する。キシリー、瀕死に近いところまで追い込んでくれるか?」
「や、やってみる」
次第に肯定的な言葉が増えているのは打ち解けたか、自信がついてきたのか。
良い兆候であることを祈るばかりだ。
■???
暗幕が光を閉ざし、蝋に灯る小さな光点が僅かに影を作り出す。
影は水晶を手に、祈っていた。
祈祷に近く、しかし祈る相手は天上の神などではない。
自身の神は既に定めている。
「……おや。森に迷い人が複数人おりますな」
水晶から伝わる反応に瞼を開く。
小さな来客。
敵意が無いことから迷い込んだ人間かと最初は思った。
だが、迷い込んだにしては足取りに迷いが無く、森に棲むモンスターの数が減っている。
「なるほど……この時期……目的は王でしたか」
警戒をすべきか。
森のモンスターは少なくとも亜竜級以上の力がある。
それらが恐らく会敵数分で倒される。
それなりの実力。
無視できる強さでは無い。
「どうしたものか……資格がありすぎる」
そして水晶から伝わる感覚が、反応のひとつが資格ありと判断していた。
ならば遠ざけるべきではない。
むしろ迎えを寄越すべきだ。
新たな王の誕生が別にあるかもしれないのだから。
「……さて、困ったものですな」
影が立ち上がる。
暗幕が揺れ、光が漏れ入る。
「あいたたた……しまったな。破いてしまったぞ」
影は日の下に晒され姿を現す。
周囲の木々と比べても遜色ない背丈。
膨張した筋肉は見掛け倒しではなく、鍛え上げた実戦向きのもの。
生まれながらに戦士として戦うだけの力と精神性を兼ね備えた種族。
そして、巨大であるという最大の特徴。
人はソレを『巨人』と呼ぶ。
「ああ……反応が途絶えてしまった。またどこかに闇を作り出しておく必要がありますな」
手に持っていた水晶は、常人が見れば砲弾よりも大きいと思うだろう。
透明な水晶は、今は何の反応も見せない。
闇の中でだけ使用可能なアイテムであるが故である。
「さて。王に報告と、念のため他の皆にも伝えておきますかな」
蓄えた髭をなぞる。
思案した後に解決策が浮かんだ時の彼の癖である。
「巨人であればそれで良し。違うのであれば排除する。明日の儀は余人に邪魔されることなく完遂しなければなりませんからな」
彼は――巨人王配下の宰相たるサードルはそう溢す。
巨人きっての知能を持つ彼は珍しく戦闘系のジョブでなく、書記系統や哲学者系統に適性を持っている。
だが、今の彼の表情は、森に不法に侵入した部外者を排除することを決めた巨人の表情は。
獲物を前に舌なめずりをする肉食獣の如くであった。
「未来は暗い。安泰した成功など無い。危険を伴い、後悔が先立ち、犠牲を出した上で我々は先に進む。巨人は、そうして生き延びてきた」
恐らくは明日にもまた巨人の数は減るだろうと予想する。
一人か二人か、あるいは半数以上か。
問題はない。
新たな王さえ誕生すればそれでいい。
王さえ在れば巨人種はいずれ増える。
「とはいえ、増えることは歓迎です。余所者が余所者でなく、同胞であったならば」
サードルは笑みを浮かべる。
心底嬉しそうな表情で続ける。
「その時は歓迎致しましょう。何よりも」