<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
宜しければ感想のほう頂けるとめっちゃ嬉しいです(催促)
■とある少女の昔の母親の話
「暖かいねえ。雨ってこんなに暖かったのね」
随分とというか、かなりというか。
愛はあれど知は無かったと聞いていた。
寒いからと、それよりは暖かな雨に自分の子供を晒していた。
冷えて風邪になることなど知る由も無く、そして自身もまた風邪をこじらせて死ぬなど微塵も考えが及ぶことも無く。
生まれたばかりの赤子は、熱を出し、その後の生育にも大きな影響を残した。
「……あれ? ねえ、返事はしてくれないの? 寒くなっちゃったのかな」
まともな教育をされていれば、女は気づいただろう。
否、まともでなくとも、気づけただろう。
だが、女は独りだった。
愛情を注ぐはずの赤子が居ても尚、独りであった。
赤子を抱く、赤子を愛する、そんな母に憧れて子を成した。
相手は知らない。
身体を売る情婦が、いちいち相手の顔など覚えていない。
ただでさえ、覚えの悪い女が、そんなことに記憶の容量を使えるわけがない。
だから、心配する母親という像に酔った女が、熱を出して呼吸が止まった赤子に気づくことなど無かった。
心配し、顔を出してくれた年上の情婦が漸く医者に見せてくれた時には、母親は手遅れであった。
「……可哀そうに。この子はもう駄目だ」
赤子もまた、酸素が一時的に脳に行き渡らなくなったためか、後遺症が出た。
それは、成長が遅くなるというもの。
背が伸びないし、覚えが悪いし、精神性もしばらく子供のまま。
医者が匙を投げ、助けた情婦も涙を流した。
きっとこの子は幸福になれないだろう、と。
母親と共に逝ってしまっていた方が良かっただろう、と。
だが、助かってしまった。
助かったこと事体が不幸に繋がってしまった。
誰も育てる勇気も義理もなく。
赤子は施設の隅でひっそりと育った。
赤子は育ち少女となる。
……誰も少女の生みの親を良く言う者はいなかった。
■【自殺王】クリアント
「あああああああああああああああ」
その叫喚は一体どのような感情から生まれ落ちたのだろう。
慟哭、悲鳴、憤怒――
それ以前の、自身でもコントロール出来ていない、感情ですらない未熟なものなのか。
「キシリー」
名を呼ぶ。
目の前で喚く子供の名を。
「嫌だ欲しい羨ましい何で私が嫌い連れて行って来ないで来て――欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい……」
叫ぶ言葉の意味は理解できない。
出来たところでどうしようもない。
連なる言葉から連想できるものなどない。
全てはキシリーの中で完結……出来ていないのだろう。
「……そうか」
欲しい、羨ましい。
それは、持っていないからこそ出る言葉。
あるいは、持っていないと錯覚しているから出てしまう言葉。
クャントルスカを殺そうとした。
プシュケーを殺した。
夢味を殺した。
イテカを殺した。
【パス・ヘラクレス】を殺した。
もっともっと殺しているのだろう。
羨む度に殺してきたのだろう。
「キシリー。巨人が、自分よりも背が大きい奴らが羨ましくなったんだな」
ぴたり、とキシリーの動きが止まる。
音が鳴りそうな程に首を傾け、クリアントを見下ろす。
「クャントルスカは可愛かったからだったか? プシュケーは美しいから。夢味は仲のいいドッペルの存在が。イテカは……俺に知らない長所があるんだろう」
そしてヘラクレスは単純に強かった。
……いや、ヘラクレスとの戦いでは暴走していなかったと聞く。
であれば、それは既に経験したからではないのか。
可愛いと知り暴走し戦ったクャントルスカの強さに既に触れていたから。
「……何度も癇癪を起こすはずだ。何度だって乗り越えられるはずだ。キシリー。お前は自分にないもの全てが羨んで見えて、全てが欲しくなってしまう。……そうなんだろう?」
最初から持っていないが故に、何も持っていないが故に。
普通であれば我慢できるだろう。
あるいは、努力して手に入れるだろう。
そうして、壁を乗り越える。
爆発せずに矛を収める。
だが、キシリーは違った。
乗り越えるべき壁が他の人間に比べて多い。
我慢すべきことが多い。
現実世界では爆発する強さも無かった。
欲しいと思っても手に入れる手段に乏しかった。
だが、この世界では爆発してしまえば。
殺してしまえば、そのストレスは収まるのだ。
可愛いものを殺せば、それ以上に可愛くなれると信じて。
美しいものを殺せば、それ以上に美しくなれると勘違いして。
そうして、キシリーは多くの仲間を手にかけた。
そうして、壁を幾つも乗り越えてきた。
「きっとこれまでたくさんの長所に出会って来たのだろう。たくさん乗り越えてきたのだろう。強さも可愛さも美しさも、それ以外の良いものに出会えたのだろう。俺を相手にそういった感情が芽生えなかったのは、まあひとまずは置いておくとしても」
クリアントを見ても羨む視線にならなかったのは、既に乗り越えた壁の一つだったからか。
壁とすら思わなかったか。
あるいは、クリアントの長所を見ても長所と捉えられなかったのか。
「巨人を見るのは初めてだもんな。フォーカーと出会って、巨人の国に入って、それでも暴れなかったのは偉いぞ」
「え……ら……い……?」
「ああ。闘技場に入って、多くの巨人と戦って、それで今は周りをたくさんの巨人が走り回って……。まあ、誰だって驚くものだ。少しくらい我を忘れたって仕方ない」
「仕方……ない……」
少しずつ、少しずつキシリーとの会話が成り立ってきている。
眼にも正気が取り戻されつつある。
「自分よりも大きな大人に囲まれた子供が怖くなってしまうのは当たり前のことだ。キシリーが悪いんじゃない。寄ってたかって囲んだ大人が悪い」
「でも……巨人さんたちを殺しちゃって……」
「見ろ。死体なんかどこにも有りやしない。殴って、蹴って、びっくりしてどこかに消え失せたんだろうさ。キシリーは死んだところを確認したわけじゃないだろ?」
嘘だ。
キシリーの攻撃で確かに死んだ巨人は幾人もいた。
だが、何故か死体は消えている。
消えた理由は不明だが、利用しない手は無い。
子供を囲んだ大人が悪いというのは本当のことだ。
キシリーが悪くないというのもクリアントの本心だ。
だから、ひとまずはキシリーを落ち着かせる材料になってもらおう。
「……死んでなかった、の?」
「ああ。ゼロムスに確認しよう。巨人が何処に行ったのかをな」
後方で鈍色のラジコンヘリと戦うゼロムスへと親指を立てる。
「そうだね……うん。ありがとうオーナー」
「なんてことは無いさ。俺はオーナーで、キシリーのセコンドだ。キシリーが思う存分戦えるようにサポートすると言っただろう?」
「うん……うん! そうだね」
ひとまずはこれで良いだろうとクリアントは胸をなでおろす。
暴走は取り除いた。
真に原因を取り除くのは、恐らくは不可能。
これは、都度対処する他ない、現象そのもの。
「(あるいは……全ての壁を乗り越えた時こそ、かもな)」
ウチデノコヅチ。
その意味を考える。
打ち出の小槌。
一寸法師の背丈を大きくした宝物。
だが、他の物語にある願いを叶える宝物と違う点は、鬼を殺して奪ったというところ。
似たような話であれば『アラジンと魔法のランプ』など、幾つかはあるだろうが、そこはキシリーの身長に関する願望も入っているということか。
殺せば手に入る。
キシリーの奥底にある、片隅の精神性に反応したエンブリオ。
鬼を倒さなければ、所持している相手を殺さなければ手に入らない。
だからこそウチデノコヅチ。
「(キシリーにとってはそれが当たり前となっていたのかもしれないな。……母親はいるようだが、教育思想に偏りでもあったのか?)」
一度だけキシリーが話してくれた母親の言葉。
まともそうだと思っていたが、キシリーの現状を思うと、全くの別物に思えてくる。
「オーナー?」
「……いや。行こう。ゼロムスと合流して、襲撃者を倒す。そして、【巨人王】になろう」
■とある少女の現在の母親の話
「無いのならば、持っている人を手に入れなさい」
それが母の口癖だった。
小さくて弱い私を幸せにするために躍起になっている母だった。
「貴女は、小さくて弱くて、精神性も乏しい。これからの成長も見込めない。未熟に生まれた貴女は、きっと未熟なまま成長を終えるでしょう」
はっきりと告げられた。
だけど、それは当たり前のことだからと母親は当然のことのように言うから、悲しくはなかった。
ただ、嬉しいとも思わなかった。
「だから、大きくて強くて、寛容な男の人を見つけなさい。足りない貴女を補ってくれる人がいれば、貴女の人生はきっと幸せで満たされるでしょう」
どうやれば見つかるか、母は具体的な指針を示すことは無い。
ただ、こうすべきだああすべきだと、私の行動を否定するだけ。
私はその度に辞めてきた。止めさせられた。
泳げないから早々に浮き輪を持たされた。
早く走れないから早々に車に乗せられた。
勉強が出来ないから早々に諦めさせられた。
その方が楽だからと。
苦しむことは辛いからと。
望むな。
大きくならなくていい。
強くならなくていい。
代わりに、見つけろと。
「……お母さん」
お母さん、私はまだそんな人見つけられないよ。
私はまだ小学生だよ。
周りの男の人も小学生だよ。
その言葉を終ぞ言えなかった。
貯め込んで、呑み込んだ。
「良いわね? 貴女が私の家に来た時、私は貴女の本当のお母さんに誓ったの。絶対に幸せにしてみせるって」
「……うん」
それでも私はきっと幸せなのだ。
施設で暮らし続けるのでなく、こうして新たな養父母の家で暮らせるだけで。
だから、正しいはずなんだ。
胸がチクりと痛くなろうとも。
お母さんは私の言葉にニコリと笑う。
「さあ。今日はたんとおめかしをしましょう。大丈夫、貴女だって着飾ればきっと可愛くなれるわ。素材は調理次第で幾らでも変わるの。だから、ね?」
私は何も持っていない。
私は何も持たされていない。
私は持っている人を見つけなければならない。
私は幸せにならなければならない。
私は。
私は。
私は。
やったね、一話で解決したよ