<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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24話 兄の気持ち

■【深潜水士】クリアント

 

「金が必要だと言っていたな」

「……?」

 

 クリアントは踏み込まない。

 一歩でも前に出れば、高水圧領域によって一気に圧殺される。

 だが、それは裏を返せば、領域外に居れば無害ということ。

 会話はデメンタリーの【深海王】のスキルで可能である。

 

「なんの、ことだ」

「最初に会った時だ。アンタが海賊達と手を組んだ理由は金が必要だからと言っていたな」

「……ああ。そうだったな」

 

 神殿の維持のために必要なのだと。

 そう、フィリップは言っていた。

 

「おかしくはないか?」

「……なに?」

 

 金のために海賊達と手を組む。

 実妹であるフィリップと敵対するような行動をしてでも、それをせねばならない理由となった。

 ……本当にそうだろうか。

 

「フィリップと海賊達の強さにそう差があるとは思えない。少なくとも、あの場で海賊たちはフィリップに気圧されていた」

「だからどうした」

「ならばグラスコードを倒すのに、その両者にどれだけの差があるんだ? アンタが海賊達にグラスコードを倒せると見込めたのならば、フィリップに倒せないと、なぜ思う?」

「……戦いには相性というものがあってだな」

「相性が悪いならフィリップもそう言うだろうな。だが、フィリップには勝機があると言っていたぞ」

「……」

 

 何故デメンタリーはフィリップと組まずに海賊達とグラスコードに挑んだのか。

 そういうものだと言われれば、流してしまっただろうが。

 しかし、戦いを捨てて、他の何かでデメンタリーに勝つには、そこを明かさなければならないとクリアントは感じていた。

 

「……最初から言っているだろう。金が必要だったんだ。だから俺は報酬を取った」

 

 ようやく捻りだしたかのようなその答え。

 だが、それをクリアントは否定する。

 

「1パーティーから出る報酬なんて、たかが知れているだろう」

「……たかが知れていようと、それでも金は金だ」

「そうか? 俺ならもっと良い報酬を取りに行くぞ」

 

 海賊たちのが成功報酬だったのか、前払いだったのか分からない。

 だが、デメンタリーが直接戦闘に関わらず、あくまでサポートだったのならば。

 その報酬がそこまで高いものであったとは思えない。

 

「何故、フィリップと共にグラスコードを討伐し、その報酬を分け与えるという考えに至らない?」

「――ッ」

「自分が戦えないから? いや、違うな。これだけの強さをアンタは俺に見せつけた。ならばそれをグラスコードにも見せつければいい」

「……グラスコードには通用しない」

「本体ならばそうかもしれないが、【グラスコード】の群れ相手ならば別だろう? あいつらは攻撃力は高いが防御力は皆無」

 

 いくら個人戦に特化していようが、数を相手にすれば限界は訪れる。

 だが、クリアントも、フィリップも言っていた。

 

「広域殲滅型の人間であれば【グラスコード】を容易に抑えつけられる。……本体には効かなくても、生まれた先から【グラスコード】を潰していけば、奴の力の大本は封じたも同然なんじゃないか?」

「……俺にそこまでの力が」

「あるだろう。あるから俺の前に立ちはだかっている」

 

 そもそも妙な話だ。

 空間における液体の格納と出現。

 この能力に長けているフナユーレイで海賊達が最大限の能力を発揮できるよう助力した。

 フィリップの話ではそうであった。

 

「フィリップへの助力は本当に無理だったのか? あいつのエンブリオは環境に適応できると言っていた。高水圧下であっても耐えられるんじゃないのか?」

 

 デメンタリーが水中で潜水艦を沈めようとするならば取る手段は恐らく3つ。

 海水を無くして海底に叩きつける。

 海水を増やして高水圧で潰す。

 潜水艦内に浸水させて沈める。

 

「敵ならまだしも、味方ならば【グラスコード】を倒せる、かつフィリップのノーチラス号に耐えられる水圧に保てばいいだけ。それすら出来ない理由がエンブリオの出力という問題ならばこれ以上は言えないが……」

 

 デメンタリーのエンブリオの概要を聞いたクリアントでさえ思いついたのだ。

 持ち主であるデメンタリーの考えが及ばなかったわけはあるまい。

 

「何を隠している……いや、なぜフィリップを助けることにそうまで渋る」

 

 海賊達に助力してフィリップに助力しない理由。

 そこまではクリアントも辿り着けなかった。

 

「……これまで少なくない数の船を沈めてきた」

 

 やがて、デメンタリーは口を開く。

 それは、諦めともとれる口調であった。

 

「商船も海賊船も、〈マスター〉の乗る船も。NPCを極力殺さないように気を付けていたが、〈マスター〉は関係なしに殺してきた」

 

 それはデメンタリーが自らの善性を示したかったのか。

 あるいはNPCを殺せば指名手配になるからであろうか。

 神殿を維持するならば、監獄送りは避けたいといったところであろう。

 

「だがな、ただ1人だけ。殺したくはない相手というのもいる。お前にもそれは分かるだろう?」

「……フィリップか」

「ああ。そうだ。実妹を殺すというのは流石に俺も気が引ける」

 

 気が引ける。

 それは、その場面が来れば実際は手を下せるということ。

 

「……フィリップを殺す理由は無いだろう」

 

 すでに海賊達のサポートは終えている。

 ならば、もはやフィリップと敵対する理由は――。

 

「……いや、そうか」

 

 グラスコード……神殿……巫女……。

 

「邪神崇拝者というのがいるのだったな。海底に沈む神、か」

 

 デメンタリーは巫女に神殿の維持を託された。

 そもそも、神殿とは何をする場所か。

 神を祀る殿。

 ならばその神とは……

 

「デメンタリー……アンタまさか……殺したな? 海賊達をその手で」

「……」

 

 沈黙こそが返答であった。

 

 

 

 

 

■リアルにて一日前

 

 それは海賊達とデメンタリーがグラスコードに挑んでいる時のことであった。

 海賊たちの必殺スキルは、どれもその冠する名に相応しい力を秘めており、グラスコードは追い込まれていた。

 

「……良い奴等だったんだがな」

 

 良い奴らであるが、彼らはグラスコードを倒そうと目論む者。

 それすなわち、海底神殿の敵である。

 

「……さてと」

 

 グラスコードの贄になるならいい。

 それなら別に、デメンタリーも放っておいた。

 だが、彼ら海賊達はグラスコードに届く力を持っている。

 それならばデメンタリーの手で排除しなければならない。

 

「……フナユーレイ」

 

 デメンタリーの頭上の腕が柄杓を振るう。

 その中にあった水を、ぶちまけた。

 

 これまでは海底に地上を生み出すために排除していた空間内の海水。

 それを今度は溢れさせた。

 【深海王】にしか、UBMであるグラスコードにしか耐えられない程の高い水圧。

 その中に海賊達は晒された。

 

 瞬間的に高められた水圧は海賊達を圧縮し、潰す。

 何が起こったのか海賊達には分からなかっただろう。

 ただ、視界が急に歪み、気づけばデスペナルティとなっているだけ。

 

「……ふん」

 

 5人もの上級プレイヤーを殺したデメンタリーはそれに満足することもなく。

 ただ、戦闘中に敵が急に死んだグラスコードの困惑を見届ける。

 

 そうして、グラスコードの回復が済むのを確認すると、デメンタリーは【深海王】の力を使い、神殿へと戻ったのであった。

 

 

 

 

■現在

 

 

 神殿を維持するという強い意思が託された。

 それはつまり、神殿が祀る神――【千貶万花 グラスゴード】の守護すらも含まれているのではないだろうか。

 

「グラスコードには効かないが海賊達にはアンタのエンブリオは効く。恐らくは戦闘中に……」

 

 背中を向けていたのだろう。

 守りこそしないが、敵対するとは思わなかっただろう。

 その背中を刺すのは至極容易であっただろう。

 

「……」

「別に、海賊達の死因がグラスコードだろうがアンタだろうが。それ自体はどうでもいい。……だが、何なんだ? アンタの目的は」

「言っただろう。神殿の維持だ」

「……それはグラスコードの味方をしてでもやり遂げるべきことなのか?」

 

 下手をすれば多くの〈マスター〉を敵にしかねない行動だ。

 

「……どうだろな」

 

 それはクリアントの予想に反して、疑問に近い回答であった。

 

「正直、俺にも分からない。ただ、約束を守りたいという気持ちはある」

「約束……その巫女とやらのか。多分だが、碌な奴じゃないぞ」

 

 何せ、グラスコードを信奉していたという巫女だ。

 神殿の維持は多くの〈マスター〉やティアンに貢献してきただろうが、グラスコードの守護は百害あって一利ないだろう。

 

「……知っている。だが、ソーキューが神殿の機能を維持しているんだ。俺だけが捨てるわけにもいかない」

「グラスコードだけ倒しては駄目なのか? 別に神殿だけ単独で維持すればいいだろ」

「……それも分からない。神殿はグラスコードの為にある。グラスコードが倒されれば神殿がどうなるのか。俺にも分からない」

 

 デメンタリーも混乱はしているのだろう。

 自分の中でやりたいことが分かっていない。

 

 だが、その優先順位はグラスコード自体よりも神殿に重きを置いている。

 それをクリアントは確信する。

 

「アンタだって、グラスコードをこのままには出来ないと思っているんだろう?」

「……」

「だからフィリップだけは通した。アイツが単独でグラスコードを倒せるのなら、それもまた良しと思って」

 

 結局、デメンタリーがグラスコードをフィリップに倒させたくないのなら、フィリップさえ倒してしまえばいいのだ。

 クリアントがグラスコードの下にいようがいまいが、情勢は大きく変わらない。

 それを知っていても、デメンタリーは通した。

 

「……知っているか? グラスコードの分体……【グラスコード】の群れは神殿を襲っていたぞ」

「っ!? それは、本当か?」

「ああ。アンタらの戦闘からはぐれた奴らが神殿に100匹ほど来ていた。そいつらは神殿内に侵入して〈マスター〉を殺していた」

「……そうか」

「それに気づいているか? グラスコードは徐々に神殿に近づいて来ているんだとよ。これが何を意味するか、アンタには分かるか?」

「……グラスコードが神殿を害するとでも?」

「さあな。結局、奴は神なのかもしれないがモンスターだ。グラスコード側にいたアンタに奴は攻撃はしなかったのか? 勝手に崇めた人間に対して奴は味方してくれたのか?」

「……」

 

 デメンタリーの周囲の水圧が下がったとクリアントは感じた。

 一歩、踏み出す。

 ややダメージを負ったが、致命傷ではない。

 先ほどのような致命的な空間ではなくなった。

 

「神殿を襲うグラスコードを、神殿を維持するために守る? 随分と矛盾しているんじゃないか?」

「……それは全て憶測だ。単に神殿を占拠した人間に腹を立てていたのかもしれない」

「かもしれないな。だが、それなら神殿を維持しようとしているアンタやソーキューも危ないんじゃないか? どちらにしろ、神殿の維持というのは出来ない」

「……お前、俺に何をさせたいんだ」

 

 一瞬だけ、水圧が高くなる。

 それはデメンタリーの怒りに影響したのか。

 すぐに致命的なまでに圧は高くなり、クリアントの肉体は後方で再構築される。

 

「邪魔をするなと言っているんだ。中途半端に神殿も、グラスコードも扱いかねているのなら。それならせめて妹のやろうとしていることくらいは邪魔するな」

 

 だが、それでもクリアントは踏み出す。

 デメンタリーに言葉をぶつけるために。

 

「……邪魔だと?」

「ああ。自分ですら分からないことを分からないままやっているのなら、明確に目的を持ったフィリップにとって、アンタはただの邪魔ものだ。……フィリップにとってはグラスコードの情報を持った頼れる兄貴だったんだろうがな」

「……邪魔……そうか、邪魔か」

 

 その言葉と共に、水圧は完全に周囲の海中と同様に戻っていた。

 デメンタリーの目に戦意は無い。

 

「……俺は一度神殿に戻る。……お前は好きにしろ。グラスコードに勝つにしろ負けるにしろ……次に会う時は俺なりの答えを出しているだろう」

 

 それだけ言い残して、デメンタリーの姿は消える。

 現れた時と同じだ。

 【深海王】のジョブの能力とフィリップは言っていた。

 

「先輩、話は終わりました?」

「……ああ。待たせたな」

「結局、デメンタリーさんは何がしたかったんでしょうね」

 

 それを見つけに神殿に戻ったのだろう。

 本当にグラスコードを生かすことは正しいのかどうか。

 

「さあな。妹と一緒に冒険をする俺が羨ましくなったんじゃないのか?」

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