<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【???】アシスタ
「……バーバヤード?」
弓を構えながら敵の出方を伺っていたアシスタはふと顔を上げる。
そこには、彼女を護衛するように待機していた鈍色の機体が霧散していく姿があった。
「(《十二編隊》の効果時間はまだあるはず……。敵を殲滅したから解いた……? 違う、それなら一言くらいはあってもいい)」
勝手に奥義の解除を行ったとは考えづらい。
ならば、解かざるを得なかったのか?
否、違う。
彼は敵の一人と戦闘状態であった。
「まさか……死んだの……」
誰よりも信頼していた。
強さも精神も。
何よりも、バーバヤードを信頼していたのに。
そんなバーバヤードが死んだ。
負けた。
「また……私のせい……なの……」
彼が負けるはずがない。
そう、言いたかった。
だけど、それは許されない。
何より彼女が、アシスタがここにいるのだから。
だから、自身が敗北の原因であるだろうと、考えてしまう。
誰よりも高く空を舞う。
その姿を眼で追っていた。
だけど、もう見ることは出来ない。
奪ったのは、アシスタ。
彼の生き甲斐を奪ってしまったことを負い目にこれからも生きるしかない。
少しでも彼に尽くしたい。
少しでも彼に報いたい。
その一心で。
だけど彼はそんなことを気にもせずに。
愛を伝えてくる。
答えたかった。
応えたかった。
だけど、堪えられなかった。
感情を全てぶちまけるには、アシスタは恋愛感情よりも罪悪感が勝ってしまったから。
なにもかも忘れて、バーバヤードの傍で笑っていられない。
「……すぐ追いつくから。だから、待ってて」
矢を番える。
彼女の視界にはいくつもの赤いラインが浮かんでいく。
それは、これから放たれる矢の予測到達地点。
風や湿度、気温、微細な地面の揺れ……様々な要因が矢の軌道を変えることであろう。
だが、アシスタには直感で分かる。
当たる、と。
「《一射入魂》」
その奥義の効果は至って単純なものだ。
放った矢に慣性の法則を与えるというもの。
つまりは、当たるまで止まらない。
地面に落ちることは無い。
「……ヒット」
バーバヤードという観測手を失った今、彼女は望遠アイテムを通して目標に矢が突き立っていることを確認する。
「解放」
次いで、エンブリオの能力を解除することで目標を爆破――
「嘘……どうして」
一度は爆発の余波で倒れた。
だが、次の瞬間には五体満足な姿で目標は立ち上がっていた。
「……ッ」
ならば、と矢を数本、番える。
多少命中精度は落ちてしまうが、彼女であれば問題はない。
その程度、リアルから持ち込んだセンススキルでどうとでもなる。
「《五月雨》」
使うスキルは、同時に放つ本数が多くなるほど命中率と引き換えに一本当たりの威力を上げるもの。
同時に5本。
目標との距離を考えればこれが限界。
100m程度なら100本は可能だが、流石に500mともなれば5本以上は当たらない矢が出てくる。
確実に仕留めるなら全弾命中させたい。
「駄目……これも……」
だが、いくら放とうとも。
威力をスキルで上げようとも。
倒れない。
否、死なない。
当たってはいるのだ。
刺さってはいるのだ。
だが、喉を貫こうとも、心臓を突き刺そうとも。
目標の命は枯れない。
「……ッ。どうして……バーバヤード……」
焦りのあまり、バーバヤードに尋ねるが……既に彼はこの世界にはいない。
傍らに語り掛けたところで返ってくる言葉などない。
「……別に良かったのに。【巨人王】なんてどうでも……ただ、貴方と一緒にいられればそれで、良かったのに」
■アシスタとバーバヤードについて
生まれつきアシスタ――足柄星菜の体は小さかった。
代わりにではないが、気が強く、幼いころから敵を作りやすい性格をしている自覚はあった。
幾度背の小ささでいじめられただろうか。
幾度いじめてきた相手を殴り返しただろうか。
それも疲れていた。
敵は多かったが、味方はいなかった。
「……それ、疲れねえかぁ?」
隣に住む、幼馴染と言ってもよい関係の少年。
バーバヤード――馬場がある時彼女に尋ねた。
彼は、珍しく彼女にとって敵でも味方でもない存在であった。
関わらないようにしていたからだ。
誰からも好かれる、運動神経抜群の高身長の整った顔つきの幼馴染。
そんな存在は、彼女にとって認めがたいものであったのだ。
だから、あくまで隣近所に住んでいる存在として、置いておいた。
無関係を貫こうとした。
「疲れる? これが日常よ」
小学校高学年になって初めてクラスが一緒になった。
何の因果か、席替えで隣になってしまった。
彼女を羨む視線を幾つも感じた。
その全てを睨み返した。
「そうか……? だったらよぉ、何でよぉ、睨むふりをして誰の眼も見ようとしねえんだ?」
「ッ!?」
図星を突かれた以上に、彼がそこまで自身を見ているという事実に驚いた。
確かに、睨んではいたが、クラスメイトの誰の顔をも見ていない。
見ていたのは足元。
怖くて見られなかったのだ。
睨んだ先に睨み返されたことが分かれば、きっとまた眠れなくなってしまうから。
「……関係、ないでしょ」
「あるぜぇ? だってよぉ、俺はよぉ、お前の幼馴染なんだぜ? 困っていたらよぉ、助けなくちゃいけねえってもんだ」
「困って、ない」
絞り出した声。
その声音が、助けてほしいと何よりも物語っていた。
「……ま、そうだよな」
彼が納得したように頷いた。
不思議なことに。
翌日から彼女はクラスメイトの誰からも悪意を向けられることは無くなった。
友達と呼べる関係を結べたことはない。
だけど、敵はいなくなった。
中学に上がり、彼女は弓道部に入部した。
一人になりたかったのが一つ。
もう一つは、弓道場からであれば、休憩中に近くで見ることが出来たから。
「もう少しで自己記録を超えるぞ!」
「頑張れ! 大会も近い!」
彼の跳ぶ姿。
誰よりも背の高い彼は、陸上部に入り、高跳びの選手となっていた。
変わらず人気のある彼を、何故近くで見たかったのか。
その時はまだ、その感情を自身でも理解出来なかった。
転機は高校に上がり訪れた。
彼女は弓道を続けるために弓道部のある高校を探し入学した。
彼は何故か大して陸上が有名でないのに彼女と同じ高校に入っていた。
「また、同じだなぁ?」
「……そうね」
入学式に声を掛けられた。
わざわざ遠くから彼女の名を呼び、手を振りながら走ってきた。
勘違い、しても良いのだろうか。
悪い気はしなかった。
だけど、そっけない態度を取ってしまったことに、その夜はベッドの中で反省し、悶えた。
彼女は弓道の腕をメキメキと上達させていった。
元々向いていたのだろう。
雑音に構うことも、排除することも得意であったからかもしれない。
一度自分の世界に入り込めば、自然と矢は的に当たった。
雨の降る帰り道であった。
部活で遅くなり、視界も暗い帰り道。
街灯の少ない道はいつも頼りにならない。
「なあ、今度のよぉ、テスト勉強に付き合ってくれねえか?」
同じく部活で遅くなったと、何故か弓道場の前で待っていた彼と共に夜道を帰る。
既に両親には遅くなるからそれに合わせて夕飯を用意しておいてとメールを送っている。
だが、なぜか彼が一緒なら安心して遅く帰ってきて良いとメールで返信が来た。
「……別に、良いけど。でも、大して成績変わらないでしょ」
「得意科目が違うだろ? 俺は数学でお前は国語。俺は社会でお前は化学。役割分担は完璧だぜ」
総合得点に差は少ないが、内訳は大きく異なる。
つまりは、得意科目で見れば、全く違うのだ。
だからこそ、共に勉強しようと彼は言っていた。
「図書館でも良いぜ? ああ、知ってるか? 駅前の新しく出来た喫茶店、学生なら勉強しに長時間滞在しても許されるそうだ」
「知ってる。でもそれ、ケーキセット頼んだらの話でしょ? アンタ、金あるの?」
「うぐっ……まあ……一回くらいなら」
「あっそ。じゃあ一回だけね」
一緒にいられる。
二人で肩を並べて勉強をしながら他愛もない話が出来る。
自然と口元が緩んでいった。
「一回だけ、かよぉ……」
「……お金がかかるのは私も嫌ってことよ。お金がかからない場所なら別に……」
「ああ、図書館か?」
「……図書館はクラスの連中がいるかもしれないし嫌」
「じゃあ他に場所は……」
空き教室、自習部屋、等々挙げていく。
だけど、いずれも彼女は却下する。
理由は何でも良かった。
ただ、彼女が彼と共に居たい場所は他にあったから。
「……っ。ああ、もう。だから、うちに来れば――」
少しばかりの勇気と、苛立ちと、やけくそで叫ぼうとした次の瞬間。
彼女は彼に突き飛ばされた。
「(――え)」
倒れる。
手が痛い。
擦り傷が出来たかな。
服が雨で汚れちゃったな。
「(何か、嫌なことを言っちゃったかな)」
そんな、自分本位なことばかり考えていたから、気づくのに遅れたのだろう。
突き飛ばされたショックで、激突音を聞き逃してしまったのだろう。
「……え、あ」
夜道は暗い。
街灯も無く、雨が降っているから視界も悪くなる。
そして、制服の黒さが更に運転手から彼女達の姿を見えにくくしていた。
「へへ、無事か……」
闇夜の中でもその赤は目立った。
彼の右足から流れる血は、今まで見た赤の中でとびきり赤かった。
「悪いな……制服、汚れちまった、な……明日着て行くのどうするかな……クリーニング間に合わねえし――」
サイレンの音が聞こえる。
何もできなかった。
立ち尽くすことしか出来なかった。
ただ、呆然と治療を受けた。
翌週、彼がもう二度と跳ぶことは出来ないと知った。