<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■巨人の国 森林部
「滾れ私……鎮まれ私……感情を秘めたまま……内に抑えたまま……」
アシスタはクリアントへ【ジェム】を3つ放る。
それぞれが上級魔法職の攻撃魔法が秘められている。
爆発への耐性があるため、火と風は使わず、雷と氷、聖属性の魔法スキルが放たれた。
「……っ」
初動の早い雷と聖属性がまずクリアントに被弾し、最後に氷属性の【ジェム】がクリアントを仕留める。
「やはりすぐに復帰するか……でも、分かっていれば対処できる」
生き返ったクリアントをすぐさま新たな【ジェム】が襲う。
「ああ。それはお互い様だ」
今からそれぞれの【ジェム】に対して耐性を付けることは難しい。
だが、アシスタの攻撃手段が弓矢でなく【ジェム】に代替されたと分かっているのならば、相応に動くことが出来る。
蘇生時にマッドラップスを細剣に変え、眼前で発動される寸前の【ジェム】の一つを貫く。
運良くなのか、貫けた1つだけ魔法の発動は不発に終わり、クリアントに浴びせられた魔法は2つのみ。
故に辛うじて生き延びたクリアントは、アシスタが次の【ジェム】を取り出す間の時間を得る。
「《
暗雲が雷を落とす。
落雷はアシスタに当たり、その真横に彼女と全く同じ姿をした泥人形を生み出した。
「なっ……なに、この……」
雷の光に目がくらみ、視界が開けた時には泥人形がアシスタを見つめている。
泥人形に驚くも、それがクリアントの必殺スキルによって生み出された自身の分身にして敵であると瞬時に理解し、アシスタは手に持った【ジェム】を泥人形へと放る――前に泥人形が先に動いた。
「《一射――」
泥人形が放つは【射神】が奥義。
距離減衰を無効化する。
それだけのものであり、僅か1m程度の間隔では意味が……ないわけではない。
何故ならば近距離においても《一射入魂》を使用すれば矢が手元を放たれた瞬間からソレは最高速度へと到達するからだ。
つまりは、眉間に鏃が接触した状態から放とうとも、放てば貫ける。
「(……これは!? 私の分身が私に攻撃を……なるほど、そういう必殺スキルか)」
クリアントの必殺スキルの性質を見抜くも、既に回避するには遅すぎる。
そも、【射神】はDEXに偏ったステータス補正の超級職である。
AGIに関しても視力への補正はあれど、身体を動かすためのものは少ない。
ゼロ距離から発射される矢を回避する手段はない。
発射された矢は確実にアシスタの頭部を貫き、殺すだろう。
故に最初から避けるなどという選択肢は浮かばない。
「――入魂》」
矢が泥人形の手元から離れる。
瞬間、
「《
アシスタの身体が黒く染まった。
否、光を吸収しているから、そう見えるだけ。
矢がアシスタの眉間に吸い込まれ……しかしそれ以上何も起こらない。
アシスタは死なず。
一切のダメージが発生せず。
何故ならば、この瞬間だけアシスタの肉体は人の道理を外れているから。
矢が、光が、どころか泥人形までもが。
離れた位置のクリアントすら吸い込まんと重力が発生している。
その正体はブラックホール。
アシスタ自身を30秒間だけブラックホールへと変える。
吸い込んだ先には何もない。
ブラックホールに吸い込まれたものは帰ってこない。
生物であれば死ぬだけだ。
それこそが彼女のエンブリオの必殺スキルの能力だ。
「せせせ先輩!? 不味いですよヤバいですよ死にそうですよ」
「……コラプサーか。終わった惑星……の先のブラックホールの別名だな。ならばあの姿は……」
実のところクリアントもまた焦っていた。
彼の蘇生におけるストックがもう尽きかけていた。
様々な耐性を得るためにバーバヤードやアシスタとの戦いの最中にも自殺を繰り返したため、既にストックは1つだけ。
次に死ねばもう後がない。
ブラックホールに吸い込まれたら死因は何だろう。
圧死か、粉砕死か、窒息死か。
前者も巨人に潰されるのとはまた違う。
果たして《
それに賭けるだけの理由は見当たらない。
「……っ」
いくら足に力を入れようと、じりじりと体が前進していく。
アシスタまで残り20m。
泥人形が《一射入魂》を発動しようとした瞬間、嫌な予感がしたクリアントが辛うじて駆けだした稼いだ距離。
それもすぐに詰められる。
「先輩……っ!」
「……巨人がモンスターだと知った時。俺の中であいつらは人格あるモンスターと思い込むことにした。そうしたらな、いたんだ。生き残りが」
木々が揺れる。
アシスタの重力が木々すら呑み込まんとしているのか。
違う。
これは純粋なる巨大な存在が巨木を邪魔だと押しのけているから起こった現象。
「死んだふりをしていたのか。それとも運良くブローチが発動したのか。それは分からない。だが、名前だけは知っているぞ。確かにサードルと、ゼロムスは言っていた。最初の犠牲者だ。まあその後幾人も死んだからな。だからこそ、その死体がどうなったか誰も確認はしなかったみたいだが」
宰相サードル。
巨人の国の住人の一人にしてゼロムスに次ぐ実権の持ち主。
ゼロムスが名ばかりの王となった今では実質的な頂点の存在に等しかった。
だからこそ、彼は死なないために幾重にも特典武具やアイテムで身を守っていた。
「俺にとって重要なのは生きた巨人であったということ。そして、サードルを発見出来たのがお前に辿り着く直前であったことだ。奴を見つけられなかったってことは、余程俺しか眼中になかったみたいだな」
巨木を押しのけ、サードルが躍り出る。
しかしその目は虚ろ。
とても生きた者の瞳ではなかった。
そして、その首には一本の釘が刺さっていた。
「クレハドール。サードルを俺の人形にした。目立つから待機させておいたがな。見つかったところで再度穿たれて終わりだから保険のつもりだったが……用意はしておくものだ」
サードルがクリアントを掴む。
その力はコラプサーの重力によって吸い込まれかけていたクリアントを辛うじてその場に留める程のもの。
「……」
さて、先程からクリアントがアシスタにネタ晴らしとばかりにサードルの現状を話しているが、アシスタには通じていない。
光どころか空気……音すらもアシスタの内部に吸い込まれてしまっているために、アシスタは五感全てを封じられているに等しい状態なのだ。
故に必殺スキルを発動したが最後、30秒間、周囲を把握できないままでスキルの効力が終了するのを待つしかなくなる。
最大の防御にして攻撃であるこの必殺スキルは文字通り最後の手段というわけだ。
だが、それでアシスタが不利になるかと問われれば、それはその時次第であろう。
「……おい、サードル。もっと踏ん張ってくれないと」
徐々にクリアントの体がまた前進していく。
サードルの手ごと、前へと吸い込まれていく。
「先輩! アレ、最初よりも強くなってますよ!」
必殺スキル《黒渦たる私は全てを呑み込む》。
その重力の強さは30秒間均一ではない。
ブラックホールは成長する。
ならば、強さも段階的に増していくだろう。
吸い込めば吸い込むほど。
その重力も増していく。
それはアシスタのバーバヤードへの感情にも似たもの。
一度でも吸い込んだが最後、全てを吸い込むために引きずり込んでいく。
「ど、どうなったらこの状況は終わるのでしょう!?」
「……分からない。多分時間経過で止まるタイプだろうが」
サードルがクリアントを掴むのとは反対の手で巨木の一本を掴む。
これでまた重力との綱引きは辛うじて拮抗状態まで戻る。
「サードルさんが時間を稼いでくれる間に何か対抗手段を」
「とはいえ……何を投げても吸い込まれるだろうし……。いや、そうだな」
いっそのこと、吸い込ませてやるか、と。
クリアントは命じる。
「サードル。手を離せ」
また死体の尊厳が
誉れはないのですか、誉れは