<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ドリム村
その村は端的に言えば終わっていた。
住居数十四軒。
総人口数21人。
内訳は老人含む成人が18人、子供が3人。
誰もが見ても、村の子供が大人になる頃にはこの村はもうなくなっているだろうと、そんな感想を抱く。
モンスターを排除するのは誰か。
食料を確保するのは誰か。
天災に備えるのは誰か。
子を育成するのは誰か。
子を成すのは、誰か。
将来が見えない。
どころか、今をどうやって生き延びているのか分からない。
だけども、この村は今とほぼ変わらない人口数で、およそ300年続いているのだ。
「この村には守り神様がおるでなぁ」
村で最も年老いた長が〈マスター〉3人を快く迎え入れ、自宅へと招いた。
そこで受ける歓待は、村の貯蓄をこの場で全て放出したのかと疑うくらい、普通のものであった。
茶も、茶請けのつもりなのだろう野菜を蒸し塩を振りかけた料理も、この村では贅沢品……否、明日を生きるための備えに違いないはずなのに。
何故、この村はこの有様なのか。
何故、貴方方はこの村に居続けるのか。
フィリップは尋ねた。
そしてその答えが、守り神の存在であったというわけだ。
「儂たちは毎朝祈ります」
「狩る技を。耕す力を。教える知恵を。生き延びる体を。様々なものを欲し、祈り、願います」
「そうすると、不思議なことにいつのまにか湧き出てくるんです。獣をば狩れるようになって、畑を耕しても元気で、子は勤勉に、いつまでも健康で」
「神様は私達に大事なものをくれたんですわ」
「我らの信仰心が神様に届いたわけっちゅうことです」
村人は一様に神を称える言葉を口にした。
だが、神の名は無いようだ。
「名前の無い神を信仰しているのかい」
「へえ。なにせ儂らにとって神様はあのお方だけですから。他に区別の仕様もないんで、神様は神様でいいんです」
なるほど、一神教であり他の神の存在を知らないのであれば、それで良いのかもしれない。
なにより、神とやらから力を授かってはいるようだが、彼らは神と会話はしたことが無い。
「巫女のような存在は? あるいは神父のような。神と会話をしたことがある者はいるのかな?」
「過去にもいませんなぁ」
「ということはその神がどこにいるのかも?」
「神様ですから上におわすのでは?」
と、空を指さした。
「……ふうん」
ドリム村で崇められる神。
それはただ現象が起きているだけに過ぎない。
村人に与えられたものは神からの祝福といえばきこえはいいが、このゲームにおいてもっと相応しい専門的な用語がある。
バフ。
スキルによってもたらされたステータスの向上。
「(とはいえ、そこまでは見えないんだよなぁ……。確かにただの村人にしてはステータスが少し高い者がちらほらといる。だけど、ジョブ補正の域を出ないくらいの微々たるもの……)」
村人に礼を言い、フィリップらは一度ノーチラスへと戻った。
まだ歓待をしたいと、泊っていけと提案があったが、そこまではと辞退する。
そして、代わりに食料を幾つか置いてきた。
「さて。神とやらをどう見る?」
「すっごい前向きに捉えればグランザルムを倒すために用意されたギミックでしょうか」
「うわー、本当にスゴイ前向きッスね……。いやRPGものならけっこうあるか……」
ラスボス前に聖女が祈りを捧げて主人公のステータスを凄く上げてくれるだとか、ありがちな展開である。
ありがち過ぎて逆に無い展開だ。
そして、そんな好都合な存在は、このデンドロにおいて滅多にない。
「まあ、そんなご都合展開は無いだろうね。だいたいが理不尽の塊で出来ているのがこのゲームだ。というわけで、ネガティブに捉えてみようか」
「ま、十中八九グランザルムの仕業でしょうねぇ。ステータスにバフをかけているんですよね。それって、同じじゃないですか」
村人にバフがかかる。
その現象をついさっき、彼女たちはグランザルムというUBMの存在と同時に知っている。
推定能力の一つが黒い立方体から生み出された生物が自己バフをかけてくるというもの。
同様に村人もバフがかかっているならば、それはグランザルムの仕業とみてもいいはずだ。
「では何のためにですが……何のためにでしょう?」
はて、と妹妹は首を傾げる。
計算され尽くしたその仕草は、既に知っているフィリップとイテカから見ても可愛かった。
「2人は餓竜事件って知っているかな?」
「何ですそれ?」
「あー……ドライフで起こったっていうやつッスね。〈厳冬山脈〉から溢れ出したモンスターがいたって話を聞いたことがあるッス」
「うん、それそれ。私も全体像を知っているわけでは無いのだけどね。情報を少しだけ集めたことがある。何故、その事件が起きたのか。何故、解決に至ったのかまでは分からない。だけど、ここに事実が一つだけある」
「事実ッスか」
「〈厳冬山脈〉には複数体の竜王が棲みついていて、そいつらが人間の村を管理していたという事実だ」
「管理って、家畜みたいにッスか?」
イテカと妹妹の眉が潜められる。
聞いていて楽しい話では無いだろう。
幼子であれば特に、すぐに飲み込めるものではない。
「実際の扱い方までは分からない。だけど、山脈を訪れた者曰く、そこに村が存在してた形跡があったらしい。でも、考えてみれば村が村として機能するには厳しい環境だ。なにかしらの庇護の下で生かされなければ、生存は困難だからね」
「その庇護する存在が竜王ッスか」
「とはいえ見返りも無く生存の手助けをしていたわけではない。そこは私達と同じだよ。家畜は肥えさせてから食べる……美味しい糧となるまで育ててから殺すんだ」
「えーと……つまりは」
「竜王たちは村から生贄を出させていたらしいよ。それもとびきりの極上の贄をね」
なればこそ、わざわざ人間を守り、育てる価値がある。
無作為に殺し食らうのではなく、美味しくなるまで待つ甲斐がある。
「それがこの村の現状……ドリム村と似ているかもしれないって話なんスね」
「今の状況から推測するにね」
グランザルムは村人に生きるための力を与える。
村人は少人数ながらも村として成立する集落の中で生存する。
その中から生贄をグランザルムにお返しする。
「神がグランザルムであるというならば。これこそが答えだろう」
そして、解決法はシンプルであるが難しい。
グランザルムを討伐するだけで解決しないから。
「かりにグランザルムを倒せたとして……恩恵の無くなった村人はこれからどう生活するのでしょう」
「他の場所で……は難しいか。すでに生活基盤が成り立っている彼らに移住という選択が出来るかどうか……」
そして受け入れるかどうか。
「グランザルムという神を受け入れているのならば、討伐すら拒否される可能性が高いだろう。むしろ神を倒しに来た我々こそが敵となる」
「ッスよねぇ……」
誰も困っていないのだ。
だから、倒さなくてもいいのではないか。
ともすれば、そんな考えすら浮かんできてしまう。
「まあ、まずはやれることからしましょう!」
ぴょんと妹妹が立ち上がる。
「やれること?」
「はい。ここで考えていたって推測の域を出ません。ここまで考えたんです。机上の空論は実行に移すまでは子供の考える夢のようなものです。だから、もう一度話を聞きにいきましょう」
今の話を村人にぶつければ、何かしらのリアクションがあるだろう。
そも、推測が当たっているのかすら分からない。
「貴方たちの神はグランザルムですか? 生贄を捧げているんですか? その質問をしてみて、違っているなら良いだけです。当たっていれば、その時にもう一度考えてみましょうよ」
「そうだね。うん、そうだ。まずは確かめることだ」
こうして、ノーチラスに乗り込んだ3人は一時間もしないうちにドリム村へと戻るのであった。