<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Dside 憧れの英雄 4

■ドリム村

 

「はぁ。神への生贄ですかいの。そんなもの、ありはしませんが」

 

 僅か20人で生きる村、ドリム。

 そのカラクリはグランザルムというUBMの支配下では無いかという推測は、村人より否定された。

 

「ふむ……」

 

 迷いも惑いも無い返答。

 嘘をついているようには見えない。

 脅されているようにも見えない。

 

「(精神操作をされて……もいないだろうね。村人全員の眼が正気に保たれている。会話の整合性が取れていないわけでもない)」

 

 精神を操られた者特有の会話のちぐはぐさも見受けられず、村人は本当のことを言っているのだろう。

 つまりは、この村から生贄など出ていない。

 

「だが……君たちの神は本当に見返りも無く君たちを助けているのかな」

「先程言ったではないですか。私達は神に祈るだけ。神の御言葉は聞いたこともないって」

 

 そういえばそうであった。

 彼ら村人は神を信奉するが、神との対話はしたことがない。

 故に、これは現象に近いのではないかとの推測もしていた。

 

「……ちなみにだけど、君達は種族としては人間範疇生物のどれに当たるんだい?」

「範疇ってのが分かりませんが、他の村と大差ないと思いますよ。寿命も50年やそこら、飢えれば死にますし、大怪我すれば死にます」

 

 特殊な能力を持ち合わせる亜人の類でも無い。

 

「ならば本当に神は現象、か……」

「生贄については分かったッス。だったら、ここ最近死んだ人はいるんスか?」

 

 と、イテカが口を挿む。

 なるほど、とフィリップは自分の思考の幅の狭さに額を打つ。

 生贄を生贄として認識していないパターン。

 事故でも病気でも、それが故意であるかなどと村人が分からないこともある。

 

「死んだ者ですか。おーい、どうだった?」

「オラの爺様が一昨年死んじまったけど、もう60を過ぎてたからなぁ。大往生だ」

「だとよ」

 

 その程度の死者数。

 むしろ、少ないくらいだ。

 これも、神とやらのおかげなのだろうか。

 

「そうか……ありがとう。ならば私達もせいぜい祈らせてもらうよ。グランザルムを倒す力をね」

 

 そう、溢してしまった後に気が付いた。

 ここまで隠してきた目的を、つい口にしてしまった。

 彼らがグランザルムを信奉、あるいは過度に恐れていた場合、討伐や調査の妨げとなる可能性があった。

 そのため、旅の途中であると装っていたのだが、それも徒労となってしまった。

 

 思わず頭を抱えたフィリップに、

 

「グラン……ザルム? 何ですかいの、それは」

「近くにそんな名前のモンスターいたか?」

 

 グランザルムに最も近い村。

 その住人が、グランザルムの認識をしていない発言をしたのであった。

 

「……ッ!?」

 

 それは、それだけは、見過ごせない。

 神がいようといまいと、たとえ正体がUBMであろうと。

 そんなことはどうだって良くなるくらいに、今の発言をスルーするわけにはいかなくなった。

 

「グランザルムだ……あの、黒い立方体……箱のようなものの中にいるであろうUBMの名を……」

「黒い?」

「箱?」

「そんなもの、あったか?」

 

 村人は皆、首を傾げる。

 妹妹のような芝居じみたものではない。

 本心から知らないという仕草。

 

「……誰か、この村から南に下ったことがある者は?」

 

 立方体まで約10㎞だ。

 その程度の距離しか無いのだ。

 歩いたところで数時間足らずで付いてしまう。

 

 なのに……

 

「南? ここから下は何も無いですよ。何も」

「ははは。旅人さんはおかしなことを言う。南になんて行けるはずがないのに。あっこから先はぶつかって終わりだ」

 

 何故、村人たちには村から南への方向に何もないと言うのだ。

 世界がそこから先は続いていないとばかりに。

 誰も南に下ったことは無いと語る。

 

「あるじゃないか! この村には南側にも門が設置されているし、モンスター避けの薬草だって焚かれて――」

「いやだなぁ。どこに門があるんです。あれは壁ですよ、壁」

「モンスター避けの薬草? ああ、香草のことですか。良い匂いですよね」

 

 門を門として認識せず。

 薬草をただの香草として扱う。

 だが、彼らは決して狂気に染まったわけではない。

 そうあるものと、最初から認識しているだけだ。

 

「な……」

「フィリップさん」

 

 フィリップの肩に手が置かれる。

 振り返ると、妹妹が首を横に振っていた。

 これ以上は無駄だと。

 会話を広げることなど出来ないと。

 平行線を跨ぐことなど出来ないのだ。

 

「お話、ありがとうございました。この人、少し疲れちゃったみたいで。宜しければ、やっぱり、休んでいってもいいでしょうか?」

 

 答えは、村人の笑みが物語っていた。

 

 

 

 

 一度断ったにも関わらず、歓待は続いていた。

 

 物資は尽きぬのか。

 誰が取ってくるのか。

 それを尋ねると、

 

「守り神様が置いて行ってくださるんだ」

 

 結局、行きつくところは神の存在であった。

 

「(ステータスのバフはまだ現象として捉えることも出来たが……食料までだと? ならばやはり人為的な何かが関わっているはず……)」

 

 悪い存在ではないのか。

 別に関わるべきでは無いのか。

 

「……」

 

 このまま、そっとしておくのが、最良なのだろうか。

 

「いや、やはり気になるな!」

 

 だが、そのまま、という結論が頭をよぎった瞬間、フィリップの好奇心に火が付いた。

 

 気になるものは気になる。

 そっとしておいても、きっといつまでも頭の中に残ったままになるだろう。

 

「フィリップさん?」

「大きな声を出すと迷惑ッスよ」

 

 時刻は夜に近づいたころ。

 寝屋に案内され、敷かれた藁の上に3人仲良く寝ころんでいる。

 

「2人とも、悪いけど明日は一日潰れる覚悟をしてくれたまえ」

 

 グランザルムよりも優先すべきことが出来た。

 だから、1日だけこの村の神とやらの調査に時間を使わせてほしい。

 

 その頼みに対し、

 

「ええ。私としても気になってはいますから」

「ま、私としては無理難題な討伐依頼よりもそっちの方がやりやすッスから」

 

 天井を見上げる。

 こちらも藁を編み上げただけの簡素な造り。

 村に灯りは無い。

 既にくべられていた薪は無くなり、後は少しだけ煙の臭いがするだけ。

 

 冒険者系統のバフスキルで夜目も効くフィリップは天井越しに天体を想像した。

 寝屋に入る前に見上げた夜空は、何より美しかった。

 これだけは、きっと村人も同じ気持ちであるだろうと願った。

 

「ありがとう」

「何スか」

「いや……。そういえば、君達は村人が何故、グランザルムを認識していないと思う?」

「守り神の存在でしょうか」

 

 思わず出てしまった感謝の言葉を照れ隠すように、疑問を投げる。

 

「守り神は村人をグランザルムに近づけさせたくない。そのために、隠した」

「知らなければ近づかないッスからね」

「直接倒す力はないから、守る力は無いから。せめて互いを近づかないように、か」

 

 グランザルムが立方体から出てこないのであれば、村人が無用に近づかなければいいだけ。

 それだけでグランザルムはただの箱に収まったUBMだ。

 

「けど、〈マスター〉は近づけるんスよね」

「ああ。あの写真がフェイクでなければ」

「ノーチラスの衛星写真もありますし、そこは疑いようもないスけど。ともあれ、私達は関係ない。たとえ何かされるとしても、精神保護があるからグランザルムを忘れることも無い」

 

 忘却や隠蔽の類のスキルを掛けられるとしても、グランザルムが村の南にいるということは既にフィリップ達は知っている。

 ならば、最悪でも村の南に下りさえすれば、グランザルムに出会えるのだ。

 

「ここより南に村は無いけど、周辺に他の村が無いことは無い。明日はそこも踏まえて調査するとしよう。他の村であればこの村の守り神や、あるいはグランザルムについて何か知っているかもしれない」

「はい。もしかしたら異変に気付いている人もいるかもしれないですね」

「あ、なら寝る前に一つだけやってみたいことがあるッス」

 

 イテカが上半身を起こし2人に顔を向ける。

 

「私達も神に祈ってみないッスか?」

「ふむ……そうだね。グランザルムを倒す力だなんて、つい適当なことを言ってしまったけど、これで私達にもバフが本当に付くか試す価値はあるか」

「なら、別々のお願いにしませんか? 数撃てば当たるみたいに」

 

 イテカの提案に2人は賛同する。

 

 フィリップは神に会うことを。

 イテカはグランザルムを倒す力を。

 妹妹はお腹いっぱいの食料を。

 それぞれ神に祈る。

 

「明日、目が覚めた時が楽しみですね」

 

 この願いが叶うなど楽観的ではいられない。

 だが、物は試しだ。

 

「(神とやらに会いたい村の謎を解きたいグランザルムに会いたいグランザルムの能力を見たい知りたい聞きたいこの身で受けたい――)」

 

 しっかりとお願いした。

 

 そして翌日。

 夜間の間はリアルに戻り食事やトイレなどの休憩時間としていた。

 

 目を開けると周囲は明るくなっており、

 

「(さて、何かしら恩恵は――お?)」

 

 身体を起こそうとし、僅かに重く感じた。

 

「……」

 

 嫌な予感がし、ステータス画面を覗く。

 

 デバフはかかっていない。

 だが、明らかに数値が変化している。

 一時的なものであることは、表記の仕方から分かるが、それはまさしく、

 

「……おいおい、神様。これは呪いじゃないか」

 

 そこには、1割ほど減少していたステータスが映っていた。

 

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