<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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消話 神と巫女 6

■昔の話

 

「ふぅ~。吾輩の矜持とは少し外れますが、たまに使ってやらないと拗ねてしまいますからな」

 

 とある山に巣を構えていた大鬼。

 その鬼との戦いの末に手に入れた特典武具【痴態布 チラリーノ】。

 互いの肉体を曝け出し合った挙句に、第三者が見れば訳の分からないまま勝敗の付いたこの戦いに意味を付けるとすれば、この世界から露出狂が1人減った、ということであろう。

 代わりに1人の露出狂の力が増した。

 

 チラリーノというコートは衣類という存在が非常に危うい。

 危うい、というのは風になびくたびに、踏み出すごとに、身を翻すごとに、体を包まない状態となってしまうからである。

 そのたびに、装備状態は解除され、そしてコートが再び身を包むと装備状態となる。

 動けば動くほど装備は解除され、そして装備される。

 5つ目、とドルジが言ったのはボタンを外す数。

 7つあるボタンを外せば外すほど、コートの装備解除の制限は緩くなる。

 

「……本当に、卑猥な存在ですこと」

 

 ミオギの吐き捨てるような言葉と共に、グラスコードの首8つがドルジへと襲い掛かる。

 それらの牙は先ほどよりも鋭い。

 

「……受け止めるにはやや際どいところですな」

「際どいのは貴方の格好です……が、避けておきなさい」

「うむ!」

 

 躱す、躱す、躱す。

 迫る首全ての噛みつきをドルジは回避していく。

 そのたびに、チラリーノは翻り、ドルジの裸体を曝す。

 

 何度目かの回避の後であった。

 

「これくらいでよろしいか」

 

 ドルジは迫る首を避けるでなく、正面から迎え撃ち……拳を打ち付けた。

 

「……あら」

 

 ミオギの眉が揺らぐ。

 【神子】のスキルで強化したグラスコードの首が負けるとは思わなかったのだろう。

 一撃で粉砕された首の欠片が宙を舞うのを眺めている。

 

 チラリーノにより脱衣と着衣が疑似的に繰り返されることで《全裸待機》が制限なく発揮される。

 その力はすぐにカノートにより打ち消された時よりも上回る。

 

「……なるほど。強化のし合いでは分が悪いですね」

 

 【神子】によるグラスコードのバフと、ドルジやステルバ達へのデバフ。

 【裸王】ドルジの強化と、ステルバのデバフ打ち消し。

 その末に人間側が勝利した。

 

「チラリーノはこちらの意図に反して脱げた状態となってしまいますからな。吾輩は脱ぎたいときに脱ぎたいのです」

「意味が分かりませんね。ドルジ、貴方は脱ぐべき場所を弁えるべきです」

 

 ドルジの言葉に突っ込みつつも、その力はやはり恐ろしいものだとステルバは内心冷や汗をかく。

 毎秒毎にそのステータスは上昇していく。

 グラスコードの攻撃が途切れれば、今度はドルジが自身でポージングを取ることでチラリーノが脱衣状態となる。

 

「自宅であればいくらでも脱いでも良いのですが」

「そんなのつまらないですぞ。裸というのは、誰かに見られてこそなのですから!」

 

 そのような持論を掲げながら、ドルジは己が肉体を見せつける。

 それはこの場にいるステルバや兵士たちだけでなく、この戦いを見守る街の住人達にも向けて。

 

「……?」

 

 ステルバの中で僅かに違和感があった。

 時刻は深夜になりつつある。

 しかし、街の住人の多くは起きていることであろう。

 流石に、街全体の生死がかかる戦いが起きていては呑気に寝ている者もいない。

 子供ですら、眼を擦りながら起き続けていようとしている。

 

 それにしては、ドルジの強化率が低い。

 見られて強化される《許されざる全裸郷》が発動しており、この街の住人全員がこの戦いを見ているのならば、ドルジの身体能力は人知を超える。

 一度だけ、仕方なくその力が発揮される場面を見たことがあったが、その一撃は山を吹き飛ばすほどであった。

 グラスコードの首は1つ1つが強いだろうが、ドルジの強さからすれば、それこそ戦いにすらならないはずであった。

 

「(未だこちらに軍配はあるようですが……戦いが成り立っていることが問題。……何だ、何を見落として……)」

 

 兵士と加えて500人の住人達。

 それは確実な数だ。

 視線を感じるスキル《第三者(サードアイ)》で確かめた数である。

 

「(……いや、見誤った、見誤った! ああ、何と言うことだ……私は前提条件を誤ってしまった!)」

 

 《第三者》は視線を向けてさえいれば、その生物の種は問わない。

 条件付けをすることで、初めてこちらを見ている人間の数が分かる。

 

「……すぐに条件を改めなければ」

 

 《第三者》で、この戦いを見ている『人間』の数を把握する。

 その数50。

 ……この場にいる兵士の数と同数であった。

 

「……馬鹿な」

 

 目の前にいるミオギが人間の判定を受けていないのはまだわかる。

 モンスターの力を受けた彼女を人間とは言えない。

 だが、街の住人は何をしている?

 いや、ミオギを探すために街に散らばった兵士たちもだ。

 街中で何があった……?

 

「見られて。そう、見られることで強くなるのですね」

 

 ミオギがドルジが強化されていく一端を知り、

 

「なら、一度目を閉じましょうか。ねえ、【グラスコード】様?」

 

 新たな8匹のグラスコードの首。

 それをドルジは迎え撃とうとし――押し負ける。

 

「――なっ!?」

 

 ステルバは目を疑う。

 【眼王】として限界まで強化された己の目を。

 

「これは……呪いやデバフではない……ドルジの力そのものが落ちている……!?」

 

 強化率が下がっていた。

 500人分もの視線を集めて強化していた力が、50人分のものへと。

 

「やはり……街で何かが……」

 

 街は遮るものが多い。

 加えて夜間帯で光が少ない。

 【眼王】といえども万全には見えない。

 

 だが、それでも視界の隅に1つの影を捉えた。

 1つの首を。

 

「……! これは……グラスコード!」

 

 すでに侵入されていた。

 戦いが始まる前からすでに、街にグラスコードは入っていた。

 

「だが……首はすでに8つともここに……」

「誰が8首だなんて決めましたの? あるいは、神が成長しないとお考えにでも?」

 

 そして、カウントされていた《第三者》の50も0になる。

 

「……は?」

 

 いつの間にか、兵士たちの姿が消えていた。

 代わりに、50以上のグラスコードの首がそこにはいた。

 

「あら。【グラスコード】様ったら。食いしん坊なのですから」

 

 ミオギは笑う。

 ステルバが長き生で見たことのない歪んだ笑みであった。

 

「美味しかったでしょうか。街の住人全員のお命は。ええ、そしてこれで神の領域は更に段階を上げられる」

 

 

 

 

 【触腕怪奇 グラスコード】。ステルバが伝説級と評したこのモンスターは逸話級から始まった。

 それは村の少女を喰らった時。

 それは村の住人全員を喰らった時。

 それは街へ到達した時。

 それは街の住人を喰らっていた時。

 それはドルジたちとの戦闘が始まる前のこと。

 

 ここまで、グラスコードは逸話級であった。

 ドルジたちが街を離れ海岸へと辿り着き、街の防御が手薄になった時点でグラスコードの食事は開始した。

 そして、喰らって得たリソース全てを使い伝説級へと進化していたのだ。

 本体から離れて動かせる首は8つだけであったが、伝説級となることでそれは80となる。

 8つだけを海に残し、残り72の首は街の住人を蹂躙していく。

 闇夜に紛れて人間には太刀打ちできないステータスで住人を喰らっていく。

 戦える人間は全て海岸に集結してしまったため、それは一方的になった。

 ミオギを探していたため、街に残った兵士たちも連携を取れずに各個撃破されていく。

 

「全て。全て、私と【グラスコード】様の思惑通りに」

「……いつから手を組んでいたのです」

「手を組むだなんて、そんな不敬な。私はご助言させていただいたまでです。そして【グラスコード】様は受け入れてくださった。いつからと言われれば、この街に来た時点でしょうか。領主の……なんと言ったでしょうか。人間の名前なんて覚える必要はないですね。その方に会う前にはすでに」

 

 この戦いすらもミオギの掌の上だったということ。

 領主も兵士も住人もドルジもステルバも。

 全て、グラスコードの後ろにいたミオギによって仕組まれていたのだ。

 

「さて、より栄養のある人間があと2人も。これは街の住人全てと同等かと私は思いますけど、【グラスコード】様はどうでしょうか?」

 

 ミオギはグラスコードへ振り返り尋ねる。

 グラスコードは何やら甲高く鳴いているがステルバ達には分からない。

 だが、ミオギは理解したような表情で頷く。

 

「ええ。では頂きましょうか。まずは、そちらの五月蠅い方から」

 

 72匹のグラスコードの首がステルバへと襲い掛かる。

 ドルジは8匹にかかりきりだ。

 チラリーノで強化されているが、それでも倒しきるには時間がかかる上に、倒しても倒しても海中から新たな首が出てくる。

 

「(……そうだ。まだ本体が)」

 

 海中には未だ本体が健在である。

 ならば僅かな可能性にかけ、ステルバは叫ぶ。

 

「ドルジ! 今は雑魚は放っておきなさい! それよりも海中の本体を!」

 

 同時にステルバは【眼王】の奥義を発動する。

 

「《忌まわしき邪眼》」

 

 ステルバが見ている者の足を止めるという奥義。

 長年の訓練によりステルバは両目を別に動かすことが出来、視野を左右に広げる。

 それを使い、出来る限りの数のグラスコードを止める。

 

「……ぐ、う」

 

 目が潰れそうだ。

 実際に潰れているかもしれない。

 奥義故に目にかかる負担は大きい。

 

「助かりましたぞ!」

 

 ドルジはグラスコードを振り切ると、海中に飛び込み――そして泡だけがそこに残った。

 

「ようやくお着きになりましたのね。【グラスコード】様」

 

 これまで戦っていた、切り離された首たち。

 その本体がようやく浮上したのだ。

 

「堅実な貴方も素敵ですこと。臆病な貴方も可愛らしいこと。超級職1人を平らげて、まだ食べ足りない欲深き貴方を私は敬愛しております」

 

 それは醜悪なデザインであった。

 子供の描いた落書きのようなデザイン。

 丸を作れと子供に言ったら、いくつもの線をぐるぐると描いて丸を作ったような……。

 その全てがいくつものグラスコードの首で形成されていなければ、もしかしたら笑えていたのかもしれない。

 現在は笑えない状況であるが。

 

「は……はは……」

 

 そして数えきれないグラスコードの首がそれぞれドルジであったパーツを咥えている。

 

「ああ……美味しい……こんなにも美味しいだなんて……」

 

 ミオギは己の身体を抱きしめ震わせる。

 グラスコードと味覚すら共有しているのだろうか。

 ならば、人間を喰らって美味と言っている。それは精神性すら人間のものではない。

 

「では順序が違ってしまいましたが。デザートを頂いて終わりにしましょうか……あら?」

 

 ミオギが見た時には、ステルバの姿は消えていた。

 地上に上がっていたグラスコードの首もステルバの奥義で動きを封じられていたため、ステルバを追うことが出来なかったのだろう。

 

「……逃げられてしまいましたか。ですが、ここまでで十分ですわね」

 

 ドルジを喰らうことで得たリソース。

 そして【神子】のスキルがあれば、グラスコードは続けざまに次のステージに上がることが出来る。

 

「《捧げる祭壇》」

 

 街が崩れていく。

 グラスコードの力を受け、強化されたミオギの力は街全体にスキルを発動させていく。

 街を崩壊し、圧縮し、そして形成したのは1つの神殿であった。

 海岸沿いに、不釣り合いなまでに新たな神殿が建てられた。

 

「これがグラスコード様を奉る祭壇です。これで貴方様のお力は一層引き上げられる」

 

 神殿から絶えずリソースがグラスコードへと贈られていく。

 街1つ分のリソースを得たようなものだ。

 それは伝説級となったグラスコードにとってもまだ余りあるもの。

 

「ええ。お強くなってください。ただ、驕りすぎないように。その時は、また私のお力で力をほんの少しだけ封じさせて頂きますが」

 

 ミオギの目の前でグラスコードの体は一回り大きくなる。

 グラスコードの体を形作っていた首の数が増えていく。

 

「神殿の名前は……そうですね、セペンテイムというのはどうでしょう。この街がそんな名前だったような気がします」

 

 うろ覚えであった街への手向けの気持ちもあったのだろうが、街の名前を間違ったまま付けられた神殿は、これからセペンテイムと呼ばれるようになる。

 

「……あれ? あまりお気に召しませんでした?」

 

 グラスコードは、強大になった力を試すかのように腕を振るい始め――そして街があった場所一帯を海へと沈めた。

 神殿を自身の棲み処へ持ち帰るように、海へと沈めたのだ。

 

「……さて。私は私の神を見つけることが出来ました。他の【神子】達も見つかると良いのですが」

 

 自身と同じく天地を追放された同士の身を案じ、ミオギもまた海へと身を投じたのであった。

 

 

 

 

「……ああ、私の街が」

 

 ステルバは逃げてはいなかった。

 ただし、その場から動かなったのは、逃げれば死ぬと分かったからだ。他者の視界から自身を消す《透明人間》というスキルで生き延びたステルバは、何も無くなった街を見て嘆く。

 危うく、自身も海へ落とされそうになったが超級職のステータスと意地で何とか地上に留まることが出来た。

 

「……この報いはいずれ」

 

 両手にカノートとコノートを握りしめて、どこかへと歩いて行った。

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