<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ドリム村
先を歩く妹妹の背が、明らかに怒りを乗せているのは誰にも見て取れた。
それはフィリップやイテカだけでない。
村人までもが彼女の放つ怒気に圧倒され、一歩退いていた。
村の南側が認識できない村人たちは妹妹の先の攻撃は全く見えていなかったことだろう。
にも関わらず、彼女に近づくこともないのは、それほどに彼女の恐れを抱いたからであろう。
「(……やはり。彼女の行動原理は弱者救済の類か)」
自身を弱く見せる。
普段はそのために口調仕草を偽っている彼女であるが、その理由がこれであったかとフィリップは頷く。
今この場に彼女を弱いと認識する者はいないだろう。
他の何よりも、彼女自身が明かしてしまった。
だが、それは彼女にとっては既に些細な問題なのだ。
弱者が犠牲になりかけた。
それは妹妹が強者に戻るのに十分な理由である。
「はは。なんだ、ちっちゃな嬢ちゃん。見かけによらず随分と立派な武器を持ってるじゃねえか」
「……どういう意図があってこの村にモンスタートレインを?」
おどけた態度で妹妹を労おうとしたのか、彼らの1人が妹妹に近づくが、彼女自身がそれを拒絶するかのように殺気を膨れ上がらせる。
男はそれを見て肩をすくめ、
「……おいおい。怒りを収めてくれよ。なんとかなったじゃないか。ま、俺達も悪かったよ。嬢ちゃん達がいるか確認しないでモンスターを連れて来ちまったことは、よ」
その言葉が、村人を人間扱いしていない何よりの証であった。
男が指す嬢ちゃん達とはつまりは〈マスター〉である妹妹達であり、村人への配慮は今も尚無いことが分かる。
「フィリップさん」
「ん? どうしたかな」
「彼らの名前が指名手配されているか分かりますか?」
「ふむ……」
フィリップが《看破》で3人の名前を始めとしたステータスをみる。
名前に聞き覚えは無い。
いずれも上級職の〈マスター〉のようであり、レベルはカンスト済みと、手練れではあるようだ。
「無いみたいだね。だが……」
あるいはそれこそがおかしい。
3人の言動からして、これが今回だけのことのようには思えない。
「(偽装系のエンブリオでもあるのかな……)」
もしくは、目撃者を皆殺しに出来る実力の持ち主か。
「油断はしないように」
「ええ、勿論です。それに――」
3人のうち、女子高生程の年齢の〈マスター〉が鉄扇を村人に向け振るおうとする。
それを、妹妹が蹴り上げ、止める。
「逃がすつもりもありませんので」
「……ふうん?」
女は憎々し気に妹妹を睨む。
自身の行動を邪魔されたがためか。
「何をするのかしら」
「それはこちらの台詞です。何を、しようと?」
「目撃者を殺すだけよ。1匹でも逃がすと、私達犯罪者になっちゃうじゃない」
尚も女は鉄扇を、そして他の2人もそれぞれ武器や自身のエンブリオを村人に向ける。
「……やれやれ。一応聞いておくが、お前ら世界派か?」
「いいや。私は正しくこの世界をゲームだと認識しているさ。だからこそ、探求のし甲斐がある」
「私も同じッスね。どちらかといえば遊戯派ッス」
「そんなら、アレを止めてくれよ。こんなところで潰し合っても無駄だろ」
「無駄というと?」
鎧の男は溜息を吐きながら妹妹を指さす。
「ここにいるってことはグランザルム討伐が目的だろ? 俺達も同じだ。情報もある。これから共同戦線を張るにあたって、いざこざは回避しておきたい」
フィリップは鎧の男の考えが少しずつ理解出来てきた。
村人の殺傷を好んでするというわけではない。
グランザルムの討伐。
そのためなら何をしてもいいと考えているだけだ。
だからこそ、躊躇なくティアンを殺せる。
「君には彼女の怒りが理解できないのかな」
「はは。分かっているからアンタに頼んでるんだよ。そういうの、得意そうだからな」
軽薄な笑みを浮かべ、男はじりじりとにじり寄ってくる。
その手は背に回している。
「(得物は何だろうね……)」
「あー、ちょっと待つッスよ。交渉はどのみち決裂してるのが目に見えているんスから。だから、これ以上近づくんであれば、それは攻撃の前振りと捉えるスけど、いいんスか?」
イテカが男を手で制す。
流石に狙いを読まれたからか、男は止まり、両手を掲げた。
その手には、何も無かった。
「……悪い悪い。どうも試すみたいな言い方をしちまったかな。まあ、あれだ。水に流してくれると助かる。俺もこれ以上この村には何もしない。だからよ、このまま見逃してくれよ」
「……村人が国に指名手配依頼を出すかもよ?」
「それについては大丈夫だ。カザリーナは念のために殺そうとしてくれたがよ、俺のエンブリオはもみ消すことに特化した能力がある。このまま逃がしてくれるんなら、何事も無かったように村人も今までの生活に戻るだろうぜ」
「(嘘は言っていない、か)」
《真偽判定》には引っかからない。
だが、男が言葉通りに偽装系スキルの持ち主だとすれば、その判定は何の役にも立たない。
「……分かった。彼女は……妹妹は私が止めておこう。その間にすぐに村から離れるように。それと、共同戦線なんかまっぴらごめんだ」
「へいへい。ま、そうだよな。好き好んで特典武具が手に入る可能性を低くなんてしないよな」
相変わらずへらへらと鎧の男は笑いながら、トラックに乗り込もうとしているツナギの男の肩を軽く叩き、次いで
「カザリーナ。一度帰るぞ」
「はぁ!? 何言ってるのよ。このガキ、殺すまでは下がらないわよ」
「いいから」
「だから……分かったよ」
有無を言わさない鎧の男の笑みにカザリーナと呼ばれた少女はうなだれた様子で頷いた。
「ベクト。給油は出来たか?」
「あ、ああ。満タンだ」
「カザリーナ。乗れ。出発だ」
3人がトラックに乗り込む。
乗車位置は運転席にツナギの男――ベクト、真中にカザリーナ、助手席に鎧の男である――
「俺はジョーダンだ。悪かったな」
「……いや」
トラックに向けて突進しようとする妹妹をイテカと2人で羽交い絞めにしながら、フィリップはトラックに乗るジョーダンのステータスを見る。
メインもサブも戦士系統で埋められている。
見た目同様に前衛職なのだろう。
ステータスもHP、ATK、ENDが高めと、前衛であれば順当なもの。
「(気にしすぎか……?)」
「あ、そうそう。グランザルムのことだけどよ」
トラックが発車しかける中、ジョーダンが口を開く。
「あの手先みたいなのだがよ。どうやら視覚で俺達を認識しているわけじゃなさそうだぜ」
「どういうことだい?」
「そのままの通りだ。あらゆる手段で目を塞いだり逸らしたり……したけどよ。アイツら、俺達を最後まで狙いを定めたままでいやがった。最後にはこのトラックで逃げ切ることしか出来なかったぜ」
「……それを何故私達に教えてくれたのかな」
嘘では無いだろう。
嘘である理由が無い。
……真実である理由も無いが。
「なあに、気まぐれさ。あるいは気の迷いか? アンタらがもし生き延びて、手先を掻い潜って、グランザルムの本体まで到達するようなことがあればよ、そん時は俺達もおこぼれに預かれるかもしれねえじゃんか」
「……参考にさせてもらうよ」
視覚を封じる戦い方はあまりする方ではない。
それはイテカや妹妹もそうだろう。
だが、何かの拍子に試すこともあるかもしれない。
それが前もって下策であると知っているということは大きいだろう。
トラックが走り出す。
このゲームには似つかわしくない乗物だ。
トラックが村の出入り口に差し掛かるのを確認した後に、妹妹を抑えていた手を離しながら、
「さあ、色々あったが私達も出立の準備をしようか」
「フィリップさん! 避けてくだ――」
トン、という軽い衝撃がフィリップの体に走る。
横を見る。
そこにはトラックのバンパーがフィリップに肉体に触れており、
「悪いなぁ。ちゃんと、生きてたら有効に活用してくれ」
にやにやとジョーダンが助手席で笑っていた。
「な、ぜ……」
「フィリップさん!?」
村の外に出たことを確認したはずなのに。
真正面にトラックが迫っていることに全く、誰も、気が付かなかった。
気が付いた時にはトラックに跳ね飛ばされ、フィリップの体は空を舞っていた。