<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Dside 憧れの英雄 9

■ドリム村

 

 【撮影家】ジョーダン、【高位操縦士】ベクト。

 2人の仲間の死を前に、カザリーナは一切の動揺をみせなかった。

 

「……あーあ、死んじゃった」

「仲間でしょう? 何故助けにも向かわなかったんですか」

「それは、あれよ。アンタが私を見張ってるから。少しでも隙を見せると、またあの竜巻を起こすつもりなんでしょ?」

 

 と、カザリーナは弁明するも、それが本心でないことを妹妹は知っている。

 何故ならば、妹妹は武器を構えず、カザリーナの隣でイテカの奮闘を共に見守っていたからだ。

 故に、カザリーナが仲間の支援に向かうつもりであったならば、それは見送るつもりであった。

 彼女にとって、仲間の為に身を張るという行為は決して悪ではないからだ。

 

「ああ……私の必殺スキルのことですか。残念ながらもう残数はゼロです。私の右手の爪とリンクしているスキルでしてね。爪一つにつき《転倒も治癒もせぬ風》が一回放てる仕組みです」

「へーえ、それ私に言っちゃってよかったの?」

「別に。こんな強さは私に必要ないので」

「……何よそれ。まるで強くなんてなりたくないって言い草ね」

「違いますよ。私は強くなりたくないわけではないんです……」

 

 妹妹の言葉は既にカザリーナには届いていなかった。

 

 鉄扇が向けられる。

 風が扇を研ぐかの如く、巻き付く。

 

「偶然ね。私も風遣いなのよ。アンタ程規模がデカいわけじゃないけど」

「そうですか」

「……ッ! それよ! その、一貫して私とはまるで無関係みたいな顔……! 私がこの強さを手に入れるまでにどれだけ苦労したか……ッ!」

 

 カザリーナが鉄扇を振るう。

 その軌道上に風がカマイタチの如く放たれ、地面に斬撃のような跡が残る。

 

「アハハ! どう? これが私のエンブリオ、ルフよ」

 

 ルフ……別名ロック鳥。

 恐るべき大怪鳥の名であり、それこそがカザリーナのモチーフである。

 

 その能力は鉄扇から風の斬撃を飛ばすというもの。

 小回りの利く武器から繰り出される幾撃もの斬撃を全て回避するのは至難だ。

 カザリーナはただ手首を返し続ければ良い。

 それだけで、すぐに敵を殲滅する包囲網が完成してしまうのだ。

 

「……」

 

 妹妹は背後を見る。

 そこには鉄扇から放たれる斬撃を必死に避ける村人の姿があった。

 

「こっちです」

「アハ! なに? それで避けたつもり?」

 

 妹妹は転がるように地面を這って逃げる。

 その無様さにはカザリーナは笑う。

 自身の強さの前に手も足も出ず、防戦一方の少女を見下して笑い続ける。

 

「ほら、これでどう?」

 

 妹妹の避ける先に鉄扇を振るう。

 だが、運が良かったのか妹妹の回避が数瞬遅れ、それが逆に彼女の命を長引かせる。

 

「チッ。運だけは良いのね」

「そう……でしょうか」

 

 地面を転がったことで小さな体にはいくつもの擦過傷が作られていた。

 傷こそ浅いが、それが全身にあるのだ。

 見ていて痛々しい。

 

 村人たちは民家の後ろに隠れながら、小さな少女の傷に気づき、それが自分たちを庇ったせいで出来上がったことを改めて実感する。

 

「ああ……あんな小さな子が」

「娘と大して離れてもいないような歳の子が……」

「お願い、逃げて」

 

 決して彼女達の戦いの間には入れない。

 それが出来る程、村人たちに力は無いし、覚悟も無い。

 

 自分らの神に祈るだけ。

 

「五月蠅い!」

 

 ただ、それがカザリーナの癪に障ったのか、民家に向けて鉄扇が振るわれる。

 民家は斬撃を受け、次第に崩れ始めていく。

 

「やめてください。そんなことをしても、何の意味もないでしょう?」

「あるわよ。私の鬱憤が晴れていくの。だって、そうでしょ? この世界には私が何をしようと止める人がいないの。私が、誰が、何をしようと自由なのよ!」

 

 妹妹の制止も聞く耳を持つことはない。

 はぁ、と小さくため息をつき、妹妹は視線を地面へと向ける。

 

「……身に余る力を得て溺れている。たくさん見ましたよ」

 

 小さく、呟く。

 誰に向けてもいない。

 独り言のような小さな小さな声。

 

「ねぇ、どっちがいい? アンタとアンタの後ろの村人。どっちから先に殺して欲しい? 選ばせてあげるわよ。選ばれなかった方から殺してあげるわ」

「……そうですか」

 

 伏せていた顔をあげる。

 その目は、静かであった。

 怒りに燃え、しかし冷めた視線をカザリーナへと向けている。

 

「人にはいろいろな過去があります。貴女が、そうなってしまった経緯は残念ながら私には分かりませんが、何か同情するようなものがあったのでしょう」

「はあ?」

「ですが、同情する余地など無いくらい、貴女の暴虐非道な行いは目に余ります。ただの犯罪者。ただの人殺しです」

「だから、どうしたってのよ! 村人は全員殺すわ! アンタも含めてね! あのでかい潜水艦の奴だって、ルフで切り刻んでやる!」

「無理ですよ」

「何ですって!?」

 

 一息に妹妹がカザリーナの懐へと入り込む。

 カザリーナの呼吸の間隙を狙った、ただのリアルから持ち込んだ格闘術の基礎の一つ。

 

「……へ?」

「誰も殺させません。それに貴女はただの弱者。弱くて弱くて弱くて……守られるのが相応しい、弱者なんです。私にも、イテカさんにも、フィリップさんにも勝てませんよ」

「……ッ!」

 

 手首を捻りながら鉄扇を振るう。

 現実では何の戦う術も持たないただの一般人……いや、それ以下。

 故に、独学で磨いてきた鉄扇術は……しかし妹妹にとってはそこらのチンピラの喧嘩殺法にも等しい、ただの動作であった。

 

「何で、そんなに避けられるのよ! アンタはステータスがオール10もいいところの雑魚のはず、なのに……!」

 

 しかし妹妹は半身引くだけで斬撃を回避する。

 

「……まだ分かりませんか。貴女が見ているのはただのまやかし。貴女が私を弱いと見下しているのは、私がそう見せかけていただけです」

 

 妹妹が【ジョブクリスタル】を砕き、メインジョブとサブを入れ替える。

 それによって、【魔法少女μ】から【切断姫】へとメインジョブが変更され、ステータス偽造の効果が失われた。

 

「な、なによそれ……」

 

 本来のステータスが公開され、カザリーナの顔は青く染まる。

 そのジョブも、ステータスも、彼女にとっては格上の存在である証なのだから。

 

「強くなることは良いです。でも、強くなることと、強いことは別物。……戦う力の無い人達を相手に力を振るう貴女は、とても弱いということを今私が教えてあげます」

「う、五月蠅い……! 私に強さを見せつけるな! ……嫌い、嫌いだ! 私よりも強い人間も、男も、何もかも!」

 

 鉄扇が光り出す。

 それこそはカザリーナのエンブリオが必殺スキルを放つ前兆。

 

「切り刻んでやる! 私が強い。私がぁぁぁぁ! 誰よりも弱いなんてことは無いんだぁぁぁぁ!」

 

 鉄扇から鳥の羽が幾つもふわりと浮かんでいく。

 それらは空中に舞うと、停止する。

 

「死ね、死ねぇぇぇぇ! 《大いなる鳥の餌となれ(ルフ)》!!」

 

 カザリーナが鉄扇を振るう。

 同時に、宙の羽も回転し、斬撃を放った。

 それら全て妹妹を狙い、地面を抉り、砂煙が舞う。

 

「これが私の必殺スキル! 斬撃の威力と数を10倍にする必殺スキルよ! まあ、跡形もないだろうからもう聞こえて――」

 

 だが、それ以上カザリーナの言葉は続かない。

 彼女の喉へ、爪が突き立てられていたから。

 

 思わずカザリーナは先ほど妹妹が立っていたであろう場所を見る。

 そこには斬撃跡が残るだけ。

 血の一滴も落ちてはいない。

 

「10本の剣がただあるだけ。技術も何もない、貴女ががむしゃらに振るっただけの剣を10回避けてしまえばそれで終わりの必殺スキルです。だから、簡単に攻略されてしまう」

「なっ――」

 

 勝負はついていた。

 爪が次第にカザリーナの喉へ食い込む。

 

「良いことを教えてあげましょう。【切断姫】の奥義、《その斬撃が上回るのならば》……その効果は相手の斬撃の威力を上乗せするというものです。私の爪自体は不意打ちでも無い限り、ほとんど威力がありません」

 

 だから、と妹妹はせめてもの気休めをカザリーナに伝える。

 

「貴女を殺そうとするこの爪は、貴女の力そのものです」

「や、め――」

 

 命乞いを最後まで聞くことはなかった。

 その言葉を最後まで言わせてしまえば、きっとカザリーナは永遠に弱者に留まるだろうから。

 だから、爪を深く埋め込んで、強制的に声を出せなくする。

 

「強くなろうとする。それ自体は別にいいことです。ですが、強くなろうとすることは弱者の特権なんですよ。それを忘れてはいけませんし……それは恥じることではないんです」

 

 それが強者から弱者への最期のアドバイスであった。

 果たしてその言葉が届いたかどうか。

 

 それはカザリーナが再度立ち会えるかどうか次第だろう。

 

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