<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【探検王】フィリップ・ノッツ
未だ地中に潜み続ける中でフィリップは考える。
強襲者は倒した。
付近に脅威は存在しないことは確認済みだ。
であるならば、考えるべきは未来だ。
未来を憂い、悩み、そして楽しむ。
「(さて……どう動いたものだろうね)」
ノーチラスから伸びる潜望鏡で地上の状況は凡そ把握できている。
イテカも妹妹も大きな負傷も無く敵を打破出来た。
彼我の戦力差を考えれば順当だろう。
「(2人のスタンスは噛み合えば恐ろしく進路が鈍るね。立ち止るイテカに後退したがる妹妹。とはいえ……その理由が真逆に等しいからそちらから突けばあるいは、か)」
イテカは無理をしたくない、100パーセントの力を出しても勝てない相手には挑む理由が無いと考えている。
倒せる相手ばかり倒し、そして強くなっている。
これは経験値が数値で得られるゲームシステムがあるおかげであろうが、ステータスの上昇と数多の特典武具を身に着けることで彼女はその力を増した。
「(リビングアーマー、だったか。彼女のエンブリオは……空っぽな自分を自覚しているからなのかな。特典武具という外部装甲のみで準〈超級〉クラスにまで上り詰めたのは流石というべきか)」
足りないのは向上心。
心の底から強くなりたいと、勝ちたいという心。
恐らく彼女の壁はそこにあるだろうとフィリップは推測する。
だからこそ、此度の神話級UBMの討伐は彼女にとっても大きなターニングポイントに成り得るはずだと確信している。
「(そして妹妹の方は……分かりやすく弱者救済が鍵なのだろう。そのための手段が分かりづらくねじくれてはいるが)」
強かったがために弱者を守れなかった。
その過去が今の彼女の在り方を形成している。
弱くなることが、弱者を守ることに繋がると。
だが、今の戦いで彼女はその力を見せつけた。
強さを表に出した。
必殺スキルで黒いモンスターの殲滅。
そして近接戦闘でカザリーナの撃破。
どちらも彼女の本来の強さなくしては勝てない戦いだ。
「(ならば彼女は枷が外れつつあると考えるべきかな。そも妹妹は強い。エンブリオやジョブなんて無くても亜竜程度は倒せる程に。だからこそ、彼女がこれ以上強くなるためには……はは、全然わからないね)」
強くなることを望んだわけではない。
守ることを望んでいるのだ。
ならば彼女はどうやれば壁を乗り越えられるか。
フィリップには全く分からなかった。
「(やれやれ……無理難題なオーダーだ。それでこそ、成し遂げ甲斐があるというものだけども)」
フィリップは思い出す。
今回の依頼の前にしたクリアントやプシュケーとの会話を。
■出立前日
「フィリップさん。恐らくは貴女のチームが最も強いメンバーですわ」
「そうなのかい?」
プシュケーとバウムのチームはほぼプシュケー頼みであるから分かるが、クャントルスカのチームは〈超級〉が1人に、ジョーカーともいえる夢味や超級職2人の計4人だ。
戦力的にはクャントルスカの次くらいだなと考えていたフィリップは思わず聞き返していた。
「まず〈超級〉となった貴女は言うまでもありませんわね」
「私は移動がメインだけどね。邪魔なモンスターを蹴散らすことくらいしか出来ないよ」
「……シュヴァーゲルにも高火力を叩き出しておいて何を言いますの。まあ多機能型のチャリオッツが一つ一つの機能に難があることは知っていますけど、それでも破格の能力だと思いますわよ」
移動手段が確立されているだけで消耗を避けられる。
それだけでも恩恵は大きいですわよ、とプシュケーは補足した。
「イテカは個人戦闘では大抵の相手に後れをとりませんわ。それに、とるような相手には近づきませんし」
「危機管理能力に長けているということかな」
「無理をしない子なのですわ。良くも悪くも。でも……それが彼女の欠点」
「ふむ。彼女にチャレンジ精神を芽生えさせればいいということかな」
「ええ。貴女の無鉄砲さを見て何かを学べれば僥倖ですわね」
無鉄砲だと思われていたのかと軽くショックを覚えながらフィリップはプシュケーに尋ねる。
「イテカが逃げてしまったらどうすればいいんだい?」
「あら、そんなの簡単ですわ」
本当に簡単なことだとプシュケーは続けた。
「逃げられないように砲弾でも火の壁でも囲ってしまえばいいだけですわよ。ああ、そういえば今回の相手は結界のようなもので自身を守っているんでしたわね。でしたら、その中にどうにかして入れてしまえばいいんですわ」
とんだスパルタ精神であるが、他に手段は無いだろう。
逃げて見失ってしまえばそれまでなのだから。
「ご安心くださいませ。彼女も魔法少女の1人。本当に誰かが困っている時は逃げるなんてことしませんわ。ええ、逃げる魔法少女なんて1人だけですもの」
「……君たち、時折そんなふうに逃げる逃げると言ってるけど誰の事を――」
「P助」
「ああ、うん。だったら如何にもだ」
納得し、次の話題に移る。
「私はまだクランメンバーについては良く知らないことが多い。多少事情を知っているのはクャントルスカとクリアントくらいで、……後はレシーブか。だからイテカと妹妹が何を抱えているか、何を目的にこの世界にいるかは定かではないのだが……」
「あら。そんなの私も同じですわ。それでもって、貴女についても知らないことだらけですわ。でも、いいではありませんの」
「……だが、彼女達を強くするのであれば内面を知らなければならないだろう。エンブリオは精神に依存しているといってもいい。精神的に強くならなければエンブリオの強化も見込めないと思うが」
「それも一理ありますわ……ですが、妹妹は私も先ほど伝えたくらいしか知りませんわ。あえて弱くみせて戦う魔法少女。強さを見せつけてはくれないんですもの。どの程度強いのか、私にも想像できませんわ」
未だ底知れないというわけか。
だったら……
「だったら……私がその強さを今回の依頼で評してもいいというわけだ」
「お好きでしょう? 興味がそそられるのではありません?」
「私をよく見ているじゃないか」
イテカは戦わざるを得ない場面にまで持ち込むという方針でいく。
ならば、妹妹に対してはどうあたるか。
「妹妹が誰かを守らなければならない場面を用意してみるか」
「人質をとると? それは美しくないですわ」
「そんなことはしないさ。ただ、近くに村があっただろう? そこで縁をつくってもらう。グランザルムという脅威から守らなければならない弱者がいるということを意識してもらうのさ」
「なるほど……一歩間違うと怨みを買いますわよ?」
「そこは上手くやってみせるさ。私のノーチラスは救援艦にもなる。グラスコードとあわせれば村の一つくらいは丸ごと動かせるだろう
「……やはり貴女も化物の域にいますわね」
「それはお互い様だろう」
フィリップはプシュケーの手の中にあるスウェーコンをみる。
その刃の輝きが少しずつ増していることにプシュケー自身は気づいているのだろうか。
「今回の4チームはクランメンバーそれぞれの強化が目的ですわ。まあ金銭的な目的もありますけど。しかし、最初に言ったように、フィリップさんのチームが最も強い。イテカも妹妹もとっくに準〈超級〉レベルに達しているのですから」
「それでもまだ、強くなれると」
「真っ当に強くはなっていないから、そちらからのアプローチも必要というだけですわ。戦いから逃げない心、守るために強くなろうとする心。彼女たちに育ませてあげてくださいまし」
既に強さが完成しつつあるフィリップと違い、2人は成長途上にある。
だからこそ、先駆者が必要なのだ。
強さを彼女たちに教える教師が。
「大船に乗ったつもりで任せたまえ」
「そこは潜水艦ではありませんの?」
「いやほら、潜水艦だと沈んでいくから」
なにはともあれイテカと妹妹、2人の強化依頼を受けたのであった。