<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ドリム村
「実力は申し分ないね。これなら私がいなくてもどうにかなるかな」
「あ、生えてきた」
地中から浮上し姿を現したことに対しての妹妹の第一声にフィリップは肩をすくめる。
「遅いですよ。残りの2人は全部イテカさんがやっつけてくれました」
「いや、謙遜……というかそのくだりはもういいよ。下から全部見えていたし。君、めちゃくちゃ戦えるだろう。私は君の強さを知った上で君の戦い方を尊重するから、まあ私の前では素でいてくれたまえ」
「そうですか。では、そのように」
あっさりと従ったのは最早バレバレであったことに本人も何かしら思うところがあったからかもしれない。
とはいえ、未だ彼女を知らない者に対しては彼女の好きなようにさせてみようとフィリップは考えている。
その上で、彼女はきっと強くなるのだろうから。
それに、彼女のエンブリオは奇襲においては有用な能力を持っている。
彼女が自身の強さを偽ることを否定してしまえば、戦闘スタイルそのものを否定しかねない。
「フィリップさんがいなくても、っていうのは何のことッスか?」
「ん? そのままの意味だよ」
「先に帰るってことですか?」
まさか、とフィリップは笑う。
せっかくの神話級UBMを最前線で拝めるのだ。
みすみす逃す手は無い。
「私が今関心を惹き付けられていることは2つ。グランザルム、そしてこの村の神について。今日は村の神で明日グランザルムと考えていたが、どうも時間がもったいないとも思える」
「でも今日中に両方片を付けるのは難しくないッスか?」
「だからこその分散だよ。脅威度でいえばグランザルムが上だが、実のところどちらも早急に解決しなければならないというわけではない」
「だったら、やっぱり今日明日ででも……」
「だけど私は、私を抑えられそうにない。村の神のことも知りたいしグランザルムにも早く会いたい。だから、私は威力偵察がてら南方に向かおうと思う」
「「え?」」
2人の少女は間の抜けた声を出す。
何言ってるんだこいつとばかりにフィリップを見る。
「逆でもいいのだけどね。君たち2人だけを神話級の下に向かわせるのは、流石にイテカが逃げそうだ」
「まあ、そうッスね」
本人が肯定するのだから確かなのだろう。
そこは否定してほしかったと思いながらフィリップは続ける。
「だが、村の神の調査であれば。イテカは投げ出さないだろうし、妹妹にとっても意味のある調査になるだろう?」
「……そうですね」
現状、彼女にとっての弱者といえばこの村の人間だ。
そして、村の神とかいう訳の分からない存在を放っておいて、村人が食い物にでもされてしまえば、それは妹妹にとっては許されることではない。
「少なくとも村の神が無害であると証明されれば、妹妹もグランザルム討伐に集中できると私は考えたが、どうかな?」
「ええ、その通りです。そして、私達のステータスダウン。こちらも解決しておかなければグランザルム戦で戦うには不利でしょう」
戦闘にステータスが大して関わらないフィリップに対して、イテカと妹妹は近接戦闘メインのため、このデバフをどうにかするのはかなり重要なことだ。
「だが、村の神が私の興味を惹き付けているのも事実だ。だから2人に護衛がてら、それぞれグラスコードを数匹付けさせておくよ」
フィリップの合図とともに2人の背後にグラスコードが数匹出現する。
地中を泳ぐその様は全く可愛くない。
時折巨大な口を開けて2人へとアピールしているがただただ不気味なだけだ。
「村人の前では極力姿を現さないようにさせるさ。単純な命令は聞くから、戦闘の時には役立ててくれたまえ」
「これってどのくらい生きていられるんスか?」
「HPでいえば一撃で死ぬくらい脆い。攻撃性に全振りしているからね。寿命でいえば私が死ぬまで、かな。というか、私との繋がりが途絶えるまでというべきか」
テイムモンスターのようなものかとイテカは納得する。
あれらもまた、主人がログアウトすれば自動的に【ジュエル】に格納される。
「距離的には問題ないはずだ。そもそも私から離れすぎると命令系統が生きずに勝手に周辺のモンスターと相打ちになるか〈マスター〉にモンスターと間違われて討伐されてしまったけどね」
「当たり前ッスね……誰がどうみてもモンスターッスから」
じゃなくて、とイテカは話を戻す。
「なんかもう2手に別れるのが前提になってますけど、本気スか?」
「おや、2人だけだと不安かい?」
「いや……というかフィリップさんこそ。本気で神話級に1人で立ち向かう気っスか」
なるほど、彼女は他人に対してもあまり期待をしないタイプだったかとフィリップは認識を修正する。
否、フィリップを単純に戦力として見ていない可能性もあるだろうが。
「最初に言ったが、威力偵察さ。防衛と回避に徹すれば、それなりに長くもつだろう。私はグランザルムの情報を持ち帰る。それで君たちは対策を練ればいい」
「……もし、フィリップさんが死んじゃったら?」
「その時こそ2人で挑んでくれたまえ」
〈超級〉が倒されるような相手に挑むなんてごめんだ。
絶対に逃げようとイテカは決めた。
「……」
そのイテカへとフィリップは視線を送る。
妹妹は恐らくグランザルムへと挑むだろう。
理由が既に見つかっている。
だが、イテカは……。
彼女は既に及び腰だ。
勝つ可能性を全く信じていない。
「……まずは一つずつ段階を踏んでいくといいさ。村の神の調査。次にステータスダウンの解決。それらが終わった後に南方で合流するとしよう。心持ちとステータス、そして情報。万全の状態で挑めばきっと神話級とて下せるはずさ」
じゃあ、行って来ると軽い足取りでフィリップは村を後にした。
「……こう言っちゃあれッスけど。私達の補佐、フィリップさんで良かったスかね」
こうもあっさりと別れられてしまうと思わず愚痴も零れてしまう。
それにフィリップは己の好奇心を優先させて動く。
他の者が共に付いて来ていれば、もう少し楽であったのではないだろうか。
「フィリップさんはあれで私達のことをよくみていますよ。それに、オーナーだったらきっと私達の我儘に振り回しちゃうでしょうし、クャントルスカやプシュケーさんはなんだかんだで私達を助けてしまいます」
「良いじゃないッスか」
「でも、それだと私達の為にはならないんです。私達が困っているから助けてしまう。魔法少女の性分ですね。そして、その時は私達こそ本当の弱い、街の人になってしまうんです」
「……」
主役にはなれない。
クャントルスカやプシュケーといった強い光がある時、きっとイテカも妹妹も輝きを曇らせるだろう。
「その点、フィリップさんは私達が自分でゴールへと歩けるように道を示してくれるだけに留めてくれます。知っていますか? 魚を与えるのではなく、釣り方を教えよって言葉」
「老子ッスか」
有名な格言の一つだ。
老子を知らずとも、老子が残した格言は幾つもある。
妹妹が言った言葉もそのうちの一つ。
「ちなみに私は教えちゃいます。イテカさんはどうですか?」
「私は……」
どうなのだろう。
釣れないだろうと端から諦めて魚を与えるのだろうか。
それとも、頑張れば釣れると教えるのか。
イテカは返答に詰まる。
「……」
「重要なのは動くかどうか、です。釣り方を教えず魚を与えずただ傍観するよりはきっと何かをしてあげた方がいいはずです。私は弱い人を助けるために魔法少女になりました。イテカさんは何のために魔法少女に就いたんですか?」
「……人助けなら。それならこんな私でも誰かの役に立てると思ったから」
「良いじゃないですか。だったら役に立ちましょう。私は私なりに。イテカさんはイテカさんなりに。やり方はそれぞれです。フィリップさんのやり方が難しければ諦めましょう。私なりのやり方が難しければ諦めましょう。でも、イテカさんなりのやり方があるならば、それはやり遂げてみましょう」
「私なりの、ッスか」
諦めが早いと呆れられてきた。
出来ることしかしないのだなと馬鹿にされてきた。
でも、それが全力だったのだ。
全力を尽くして出来るものだけを選択してきたのだ。
「……そうッスね。まずは村の神の調査から」
イテカは先ほどフィリップが向かった村の南方へと歩き出す。
「どちらへ?」
「村人は明らかにこの村の南側を認識できていなかった。ならば、村の外……この南側に何かがあるはずッス。まずはそこから調査するッスよ」
イテカの勘は告げていた。
これは解決できる案件であると。
そしてその糸口は村の外にあるのだと。
「ぱぱっと解決してとっととフィリップさんに追いつくッスよ」
「はい!」
こうして2人の少女もまた歩き出した。