<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■???
「気に入らねえ」
湧き上がるは怒り。
衝動に任せて右手の斧を振るう。
振り下ろすと共に生じた真空の刃は向こう10m程まで地を割った。
「気に入らねえ」
反撃とばかりに幾つもの牙が、爪が、突き立てられる。
いずれも亜竜級に匹敵……いや、この空間の中では純竜級にまで引き上げられた彼らのステータスから繰り出される攻撃は、その全てが防御主体の上級職であっても即死を免れない威力である。
だが、その尽くが男の肉体に突き立てられる直前に憚られる。
『……?』
幾つものソレらは何故攻撃が届かなかったのか、首を傾げるも答えを見つけ出すことは出来ない。
いや、答えを探すなどという頭を持たない。
持つのは、ただ攻撃を繰り返すという命令のみ。
この空間に触れた者を皆殺しにすべしという命令に従い、ソレらは動く。
故に、男が纏う外套から絶えず生成される空気の膜を突破出来ずにソレらは動きを止められる。
「気に入らねえって言ってんだ。能がねえ。脳がねえ。悩が無さそうで気に入らねえんだよ」
左の剣を地面に刺す。
波状に広がっていく炎はソレらを炙り、そしてどこからともなく増産されるソレらをも巻き込み燃やす。
「神話級だ? ようやく……ようやくUBMとやらに会えると思ったら、このザマだ。鎖された空間の中に入るなんざ他愛もねえ。少しばかり強いとかいうモンスターも大した強さじゃねえ。俺の前じゃモンスターは経験値だ。俺の強さの贄にしかならねえ」
男の声が聞こえているのかいないのか、ソレらは産み出され続ける。
ソレら――黒いモンスターは、結界に触れた者を例外なく殺す為に産まれてくる。
地も空も、空間内の全てを覆い尽くさんとばかりに黒いモンスターは拡がっていく。
夥しい数のソレらは、しかし男の一撃で葬られた。
「俺は強い。最強だ。物理も魔法も、俺がいなかったから他が呼ばれただけだ。俺が極めなかったから、そこにいるだけだ」
100や200ではきかない。
1000をも超える数の黒いモンスターを斧の一撃で殲滅するその様は、男に言わせれば、2人の最強をも超えていた。
どころか、噂に名高い【覇王】こそが自身に匹敵するのではないかと、自負している。
「手始めに、この空間の主を俺の武器にしてやろう。グランザルムという名だったか。クハハ、随分とカッコいいではないか。まさに、俺にこそ相応しい」
空気の膜を生成している外套の残量がゼロに近づく。
そのタイミングで黒いモンスターが背後から男を襲う。
「フンッ!」
外套の下……右の手甲が炎を吐き出す。
そのデザインは火竜に酷似しており、まるで竜がブレスを吐き出すが如く、モンスターを焼き払う。
「温い! 雑魚ばかりでは相手にならないぞ! さあ、出てこい! 俺とお前、一対一で正しく決闘をしようではないか!」
だが、男が吼えるもその声は空間内を虚しく反響するばかりだ。
黒いモンスターは変わらず生成され続け、男を襲う。
「……チッ」
遂に残量がゼロになった外套を仕舞い、新たなマントを取り出す。
赤がやや派手なその外套は、黒い空間内では目立つ。
見た者の認識を惑わす効果を持つマントはしかし、黒いモンスターに効果が薄かった。
「……卑怯だろ! まさか視覚で認識していないのか!?」
黒いモンスターが男の腕に、脚に、牙を立てる。
「チィッ……!」
男は舌打ちをし、苛立ちをみせる。
手甲や鎧が限界耐久値を超えたため壊れていく。
「雑魚のくせに……無駄に攻撃力が高いな……」
新たな装備を取り出すが、最初の外套が無い今、装備の防御力と耐久性のみでモンスターの攻撃を防がなければならなくなる。
「だったら……破壊される前に殺し尽くしてやる」
斧を、剣を、それ以外にもあらゆる武器を取り出しモンスターの殲滅を始める。
モンスターは途切れることはない。
まるで千日手のような状況。
「雑魚が! その弱さこそが罪と知れ」
蹴散らせども蹴散らせども減ることはない。。
数こそが強みであると、個の強さを持つ男に群がるモンスターらに口の端を吊り上げる。
だが、やはり数が多くても、弱いのだ。
かつての情景が脳裏を掠める。
弱いことが強さを挫くのだと思い知ったあの日。
正義の本当の敵が弱い民衆であったと、理解させられたあの日。
だからこそ強くなろうとした。
だからこそ強く在ろうとした。
だからこそ、強くなれたと実感した。
男の自尊心に揺るぎは無い。
モンスターの排出に澱みは無い。
どちらかの限界が迎えるまで。
あるいは第三者の手が入るまで。
この戦いは続く。
【剛剣士】ワン・フー・ウーはグランザルムのカラクリを何も知らぬまま解き、そして知らぬまま無駄な戦いを続ける。
■【魔法少女χ】イテカ
「それでどこに向かうんスか?」
村の南方を歩くこと数分。
ドリム村の住人は罪人であるジョーダンらを成敗したイテカらに礼を言い、見送ろうとしたが、やはり村の南側を過ぎた瞬間にはイテカと妹妹を認識出来なくなったようだ。
彼らは今、イテカ達をどのような存在として見ているのだろう。
既に村を去った者としているのか、それともいない者としているのか。
あるいは、記憶から消されたのか。
「フィリップさんからこの村周辺の衛星写真を頂いています。見てください」
拡大された写真を覗き込む。
スクリーンショットのようだが、画像は鮮明だ。
村に到着してから再度衛星から写し出したのだろうか。
「村の外れ……南側に小さな点があるのが分かりますか?」
「……どれのことッスか?」
黒い点のようなものがみえるが、それのことだろうか。
だが、点は点だ。
小さいし、印刷時にインクが付いたと言われてもおかしくはない程度のもの。
「……やはり認識疎外の類がかかっているのでしょうか。私達〈マスター〉ですら認識をずらしてしまえる程強力なものが」
妹妹は写真をイテカに渡すと迷いなく歩を進める。
行き先が分かっているかのように、道なき道を真っすぐと歩く。
「妹妹さん?」
「まいまい、で良いですよ。その方が可愛いでしょう?」
まあ、可愛いが。
今の妹妹は可愛さよりも冷静さが勝っており、どちらかといえば頼りになる格好良さだ。
それは嫌がりそうだから絶対に口には出さないが。
そんなことを思いながらイテカは妹妹の進む先を見る。
やはり、何もない。
「恐らく私や、フィリップさんも【探検王】のスキルか……ノーチラスの方かで分かったんだと思います」
「分かったって、何がッスか?」
まだ話は蚊帳の外だ。
話の本筋が見えてこない。
「ですから――」
一歩、踏み出すと同時に妹妹は右手の爪で空間を薙ぐ。
大気を切り裂くようにして割れた空間の裂け目からは、
「このおうちの持ち主のことですよ」
廃屋を思わせる簡素で古い造りの住居が姿を現した。
「え……っ。何スか……どこから、いや……」
そうではない。
妹妹の言葉では、隠されていたのだ。
「何でまいまいさんは……」
「ああ、言っていませんしたね。私のメインジョブ、【魔法少女μ】は、別にステータス偽造だけに留まりません。偽造に関するものを見抜く力もあります。とはいえ、偽造されているかいないかだけですが」
つまりは、本質こそは見抜けない。
それが本物か、あるいは偽物であるかだけ。
「でも、偽物って分かっちゃえばあとは自分で辿り着けません? だって、本物は本物でしか無いんですから」
「……はは」
ああ、傑物だ。
始めから彼女に助力なんて必要なかったんだなとイテカは改めて思い知らされる。
弱さで覆い隠した強さ。
ベールを脱がされた妹妹は本物であり、強さそのもの。
「ではお話を聞きましょう。偽造偽証に長けたモンスターの線もありましたが、おうちに住んでいるのであれば人間でしょう。そして、人間であれば会話が出来ます。成り立つかは別としても、話くらいは聞けるでしょう」
空間の割れ目は既に消え、今はただ家屋がそびえ立つのみ。
妹妹は恐れず玄関らしきドアの前に立ち、ドアノッカーで軽く叩いた。
「……はーい」
少しばかりの間の後、低い声が返ってきた。
年老いた、男の声だ。
「今、開けますね」
妹妹が一歩下がる。
そしてドアが開かれた先からは、
「お客人とは珍しい。ようこそ……歓迎しますよ」
耳の長く線の細い、眼鏡をかけた老人が出てきたのであった。