<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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25話 艦と蛸

■【深潜水士】フィリップ・ノッツ

 

 10発の魚雷がそれぞれ誘爆を引き起こしながらグラスコードを細切れに変えていく。

 グラスコードの武器はその群れの数と再生能力であるが、それ以外のスキルもグラスコードの強みを生かしている。

 

「……またか!」

 

 倒れたグラスコードの体を突き抜けて、新たなグラスコードが迫る。

 

 それは《異分化交流》というグラスコードが伝説級に進化した際に得たスキルの1つである。

 自身の肉体であればぶつからない。ただそれだけのスキル。

 だが、800匹の【グラスコード】達がぶつからずに進軍するには大幅な速度の低下と、ある程度の指揮が必要になる。

 グラスコード本体はあまり大きく動くことは無い。だから、《異分化交流》を使うことで互いに互いの進みたい方向へ邪魔することなく移動することが出来る。

 

「……重なりすぎている場所を探せばどうということはないけどね」

 

 最も【グラスコード】が重複している箇所を狙い砲弾を撃つ。

 命中補正がかかった弾は狙い通りに当たり、1発で5匹ほどの【グラスコード】を撃破した。

 群れに穴が空き、そこにノーチラス号を無理やりに推し進める。

 

「……そろそろ温存を考えた方が良さそうだね」

 

 考えなしに砲弾を撃てばすぐに尽きてしまう。

 魚雷も砲弾も無限ではない。

 グラスコード本体用に温存してあるとっておきの砲弾もあるが、それだけで済むとも思えない。

 いくらでも復活する【グラスコード】にはなるべく使いたくない。

 

「……これで最後だ!」

 

 狙いは一点。

 そこだけの砲撃を集中させ、爆発が収まらないうちにノーチラス号はその強固な艦体で無理やりに通り抜けていく。

 

 爆発が収まり、視界が晴れた時、ノーチラス号の前には【グラスコード】を延々と生み出し続ける親――【千貶万花 グラスゴード】がようこそと言わんばかりに海底に降り立ち、ドラゴンの手足を揺らめかしていた。

 

 【グラスコード】……ドラゴンは800匹まで分離可能という話であるが、それはあくまで分離だけの話。

 本体に接続されている数でいえば更に上。

 というか、本体は見えない。

 タコ型というよりもイソギンチャクのように、【グラスコード】を全身から生やしている。

 目も口も本体には見えない。

 思考はどこが行っているのか……それすら必要のない本能のみで生きているのだろうか。

 だが、目の前のモンスターは間違いなくUBM、【千貶万花 グラスゴード】である。

 これを倒せば良いだけ。

 

「さて、誰の仇でもなく、私の目的のために君には倒れてもらおうかな」

 

 本体から分離されている【グラスコード】はおおよそで400匹。

 残りは他の場所の偵察や餌を探しに行っているのだろう。

 半分しかないと思うか、半分も残っていると思うべきか。

 ともあれ、本体の手足すらもあるこの状況では400という数字だけで判断は出来ない。

 

 20発の小型砲弾を撃ち出す。

 これは小手調べに近い。

 どれだけの耐久性、体力を備えているのかの確認である。

 ダメージが入れば儲けもの、くらいの気持ちであったのだが……

 

「……はは。そう上手くはいかないか」

 

 20発の砲弾は20の手足で止められる。

 長い胴や首が傷つけば、すぐさま分断させ新たな手足を生やす。

 分離した【グラスコード】は急速にHPが減少し、死亡する。

 

「……なるほど。キリが無いというか、攻撃を当てる手段が無いというか」

 

 大きな爆弾でも持って来れば手足の壁は突破できるのかもしれない。

 あるいは本体のみを捉えるような攻撃手段があれば……。

 

「必殺スキルは恐らく有効……だけどまだ使う時ではないね」

 

 一撃必殺に近い必殺スキルは、しかし一度限りしか使えない。

 避けられればそれでフィリップの敗北は確定する。

 少なくとも、開幕で使うものではないとフィリップは判断し、砲弾と魚雷の攻撃で様子を伺っていく。

 

 1発、2発、3発……そのたびに海底で爆発音が轟き、海中を震わせる。

 周囲の海中モンスターは音におびき寄せられるも、【グラスコード】達に群がれ、食われていく。

 

「第三者の介入が無いのは嬉しいと言うべきなのかな? まあ、それよりも厄介な相手が目の前にいるのだけどね!」

 

 何度かの砲撃でグラスコードの攻略法というかダメージの与え方が分かってきた。

 グラスコードの法則性とも言うべきだろうか。

 本体のHPは手足を含めた状態で1個のものとして存在している。

 だが、手足がダメージを受けた瞬間には本体はそれを切り離し、【グラスコード】のHPとしてしまうため、本体へのダメージは微々たるものとなってしまっているようだ。

 ならば、通常弾や魚雷はあくまで雑魚の掃討用止まりの運用となるだろう。

 

「必殺技の前に奥の手といこうじゃないか」

 

 5発しか無いとっておきを使う。

 雑魚の数が多いと事前に分かっていたから用意していた特殊弾である。

 貫通力に優れ、かつ爆破のタイミングをこちらで決めることのできる砲弾である。

 

「発射ァ!」

「――FU!?」

 

 その威力を悟ったのだろう。

 手足だけでなく、すでに分離された【グラスコード】達も使い防御態勢を取る。

 貫き、貫き……そして本体まで一歩手前で特殊弾は止められる。

 

「FU………U!?」

 

 まるで勝ち誇ったかのような声を上げたグラスコードだが、次の瞬間には驚いたかのような声へと変わる。

 特殊弾がもう1発、同じ位置へと打ち込まれたのだ。

 1発目を止めるために多くの【グラスコード】を使っている。

 

「GO」

 

 2発目が1発目を押し込める。

 グラスコード本体にぶつかった瞬間、フィリップは特殊弾の起爆スイッチを押す。

 

「――ッ!?」

 

 ノーチラス号越しにも届く衝撃。

 1発目が爆発すると同時に2発目も誘爆する。

 船体が軋む音を聞きながら、フィリップは敵のダメージを確認する。

 

「……さて」

 

 必殺スキルを除けば、この5発の特殊弾が奥の手である。

 これが通用しなければ、フィリップ1人では勝ち目がない。

 

 爆発が消え、数多の【グラスコード】を巻き添えにした成果は……

 

「ようし。上々じゃないか」

 

 三分の一ほど肉を削られたグラスコード本体の姿があった。

 ダメージ量にしても8割程度は削れている。

 

「やはり、奴は群れを作り出すことに重きを置いてモンスターだ。本体はそこまで強くは無いという予想は当たっていた」

 

 本体にさえ攻撃が届けば勝ち目は十分にある。

 このまま第3、第4の特殊弾を発射しようとした時であった。

 

 周囲の【グラスコード】が海水に溶けるように消えていく。

 

「……?」

 

 維持する力が消えたのか、あるいは爆発の余波でダメージを受けたため死んだのか。

 始めはそんな考えであった。

 だが、それはあまりにも楽観的。

 古代伝説級を相手にするならば、常に最悪の考えを予想していなければならない。

 

 急速にグラスコード本体のHPが回復していく。

 同時に、負傷も癒えていく。

 消えた【グラスコード】が傷を補うように。

 補肉のためにあった材料とでも言うように。

 

 グラスコードから放たれた【グラスコード】達は本体の回復薬であり回復役であったのだ。

 

「……あまりに防御性能が薄いと思ったら」

 

 分体の【グラスコード】はその数故に防御力を必要としなかった。

 ならば本体のグラスコードは、その回復力故に防御力を必要としなかったのだ。

 

 《未昇華》というグラスコードが逸話級時代より持っていたスキル。

 食い溜めに近いだろうか。

 餌やリソースを好きなタイミングで使用し、強化や回復に使うスキルである。

 代償に【グラスコード】を消費してしまうが、無尽蔵に近く【グラスコード】を生み出せるのならば関係は無い。

 

「ええい、これほどに厄介なのか!」

 

 これが古代伝説級なのか。

 神話級となればどれほどに手強くなるのだろう。

 もしくは、ここが海底故に難易度が上がっているのかもしれない。

 地上で無双を誇ろうとも、この海底という環境下で実力を発揮できない者は多くいることだろう。

 

「私のノーチラス号はあらゆる環境に適応する。だからこそ、これくらいの逆境に負けてたまるものか!」

 

 特殊弾3発目。

 先ほどのダメージ量からしてこの1発では半分も削れないだろう。

 だから、4発目、5発目も同時に叩き込む。

 全弾一斉砲射。

 砲弾も魚雷も、あらゆるダメージ源になりうるものを撃ち放つ。

 

「く……くくっ……はははっ! ここまで使ってしまうと逆に気分が良い!」

 

 魚雷と砲弾が【グラスコード】を先に殲滅し、空いた穴に特殊弾が送り込まれる。

 自慢の手足が無くなれば、後はグラスコード本体に到達するだけだ。

 3発分の特殊弾さえぶつかり起動してしまえば――

 

「――なっ!?」

 

 してしまえば、倒せたのかもしれない。

 残った手足で海底を叩き、その巨体を浮かさなければ。

 跳躍という回避手段を予め知っていれば、フィリップの勝利だったのかもしれない。

 

 海底に着地したグラスコードの背後で爆発音が響き渡る。

 その余波も【グラスコード】達が受け止め、本体には僅かたりともダメージは届かない。

 

「……は、はは」

 

 そういえば、海賊達との戦いでは海中にいたのだったとフィリップは思い出す。

 デメンタリーの必殺スキルで海底に叩きつけられたことで驚いたのか、今回は最初から海底にいた。

 

「……巡り合わせか」

 

 もしも、海中での戦いであれば、反動を使い跳躍することは無かっただろう。

 だが、海賊とデメンタリーの戦いが無ければ、グラスコードの情報も無かった。

 

「……全く。私1人では勝てないことを教えてくれるよ。君というモンスターはそれほどに強大な存在なのだね」

 

 現在のグラスコード本題のHPは最大値まで回復している。

 周囲の【グラスコード】達も400に近い数。

 

「……もう砲弾も魚雷も打ち尽くした」

 

 撃つ弾が無い。

 

「だけどね、打つ手がないというわけではないんだよ」

 

 フィリップ1人では勝つことが出来ない。

 だから、フィリップは最初から仲間を集めていたのだ。

 クリアントという、仲間を。

 

「さあ! 今こそ共に戦おうじゃないか! 君の命を私に預けて……いいや、君の命を私に殺されてくれ!」

 

 ノーチラス号という目立つ潜水艦。

 響く砲弾の音。

 爆発による衝撃や、それによって発生する煙や泡。

 それは良い目くらましになった。

 

 クリアントというちっぽけで弱い存在がこの戦場に降り立つまでの良い目くらましに。

 

「ああ。助けに来たぞ。……俺の命か。2つか3つくらいはくれてやるよ。それでこいつを殺せるなら安いものだ!」

「あ、先輩本当にあと3回死ねば終わりなので。3回目は勘弁してあげてください」

 

 どこにでもいるような、ありきたりの青年と、海中にも関わらず泥だらけの少女。

 その2人を見て、フィリップは笑う。

 

「奥の手は使い切った。だけど! 切り札はこれからだ!」

 

 ノーチラス号に設置されたスクリューが勢いよく回りだす。

 後方のジェットエンジンも火を吹く。

 

「推進力全開! これが私の最後の攻撃だ!」

 

 海中が揺らぐ。

 それは、ノーチラス号と海水との境目が消えていく証。

 

「古代伝説級という悪環境すら呑み込め! 《進め、限りなく深く(ノーチラス)》!」

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