<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Dside 憧れの英雄 15

■モージャ邸

 

「――さて。ここまでが私とドリム村の過去の話」

 

 話の一区切りとばかりにモージャは呼吸を一息。

 静かについた溜息は、これまでの疲れを吐き出しているようだ。

 

「現状、フログラスによる最終奥義とプラマイナスによるステータスダウンによって村人たちはこれまでの生活となんら変わりなく過ごせています」

「……ん? ってことは、私達についたデバフって」

 

 イテカは己のステータスが1割減少している謎の原因が眼前の男にあったと気づく。

 

「すいません。どうやら私のせいですね。一晩おくと自動的に付与されるみたいで。今、消します」

 

 モージャは短剣を取り出すと、イテカと妹妹の掌を軽く擦る。。

 たったそれだけのことで2人のステータスは元の数値に戻る。

 

「後で私達の仲間にもお願いして良いッスか? 一人でグランザルムに特攻しちゃってるんで、戻ってきたらの話になるッスけど」

「ええ、構いませんとも。というよりも……特攻ですか」

「本人は偵察とか言ってましたスけどね。多分、戦闘にはなってると思うッス」

「……ふむ」

 

 モージャは何やらアゴに手を置き考え込む仕草をする。

 

「その方は強いのですか? いえ、貴女方お二人も十分強いことは理解していますが……その方もステータスを取り戻した方が良いと思う程に、強いのでしょうか」

「船乗りを気取っていますけど、十分強者の部類には入るかと」

「……なるほど」

 

 やがて意を決したかのようにモージャは膝を叩いた。

 

「では合流次第、その方のステータスを戻します。申し訳ありませんが、村人のことを考えるとプラマイナスの起動はそのままにしなければなりませんので。直接、このカノートで打ち消す必要があります」

 

 カノートというのがその短剣の名らしい。

 《看破》で見た限り、そしてモージャの話では彼の持つ特典武具の一つなのだろう。

 

「グランザルムの話に戻りましょうか」

 

 これで、ドリム村で信奉されていた神の正体やグランザルムを認識していなかった理由はある程度明かされた。

 だが、本筋であるグランザルム自体にはあまり触れていない。

 ここからが本題なのであろう。

 

「私もあまりグランザルムには詳しくありません。結局のところ、あの黒い結界のせいであらゆるスキルが弾かれてしまっていますから」

「そうッスか……」

「ですが一つだけ。事態は急を要するという悪い知らせだけはあります」

 

 モージャは人差し指を立てた。

 節くれだった、枯れ木のような指であった。

 

「……実は、ドリム村を隠している《神の見えざる一手》ですが、これは時間稼ぎに過ぎなくてですね」

「制限があるのですか?」

「はい。徐々に私の視力を低下させていき、私が完全に視力を失った時、このスキルの効果は切れます」

「そうすると……ドリム村とグランザルムが互いに見つけてしまうってわけッスか」

 

 グランザルムが何をするかは分からない。

 だが、ドリム村はこれまで認識していなかった神話級UBMが近くにいるという恐怖に晒されるだろう。

 現状維持を目的としてきたモージャにとっては避けたい事態である。

 

「一か月……恐らくはこれが限界でしょう。私が最終奥義を使い続ければ、恐らくは一か月で私の視力は失われ、隠されていたドリム村は露呈します」

 

 一か月、それが長いとみるか短いとみるか。

 少なくとも、イテカや妹妹はそんな長い期間この周辺に滞在することはない。

 倒すにしろ退散するにしろそれまでにはここからいなくなるだろう。

 

「待ってください。スキルを発動し続けたら、と言いましたか」

「……? ええ」

 

 妹妹がモージャに尋ねた。

 尋ねられた当人は何故そんなことを聞かれたのか分からないまま頷く。

 

「発動し続けたら、ということは発動を終えることも出来るのですか?」

「それは、まあ」

「その場合、低下した視力は戻るのでしょうか?」

「……そんな都合のいいことは起きません。ああ、そうか。妹妹さん、貴女はお優しいのですね」

 

 モージャは妹妹の問いの意味に気づき微笑んだ。

 彼女はドリム村だけでない、モージャ自身の弱体化にも気を払っていたのだ。

 

「そもそもあまり見えていなかったのです。老いと、目を酷使し過ぎた結果です。なのであまりお気になさらないよう」

「――いえ。気にします。私は魔法少女。弱い者を助けるために弱くあろうとした魔法少女。モージャさん。貴方が弱くなろうとしているのであれば。貴方が誰かの為に自分を犠牲にしようとするのであれば。私はそれを助けずにはいられません」

 

 どこまでも、彼女は正義であった。

 強く、正しかった。

 イテカにはそれが眩しく、背を見続けることしか出来ない。

 

「一月なんて悠長なことを言っている場合ではありません。今日……いえ、明日中にはグランザルムを倒しにいきます」

 

 妹妹の必殺スキルのクールタイムが明けるまでは、万全を期して準備に留めるつもりなのだろう。

 熱く、しかし冷静に自身を見ている。

 

「結界についてはフィリップさんが情報をきっと持ち帰ってくれるはずです。あの人はグランザルムにも興味を惹かれていた。易々と、死ぬようなこともありません」

「フィリップ……?」

 

 先行した仲間ッスよ、とイテカは補足する。

 だが、その声が届いたのかいないのか、モージャは思案したままである。

 

「モージャさん?」

「……いえ、失礼。なにやら聞き覚えのある名だったので。いえ、ですが気のせいでしょう。ここは丘の上です」

「はあ」

「明日、グランザルムの下へ行くのであれば今日は他の村を訪れるのが良いでしょう。もしかすると過去のグランザルムについて話が聞けるかもしれません。ドリム村は長年、グランザルムから隠れていたため、何も知らないですから」

「それもそうッスね」

 

 最初からあの黒い結界に閉じこもりぱなしというわけではないはずだ。

 きっとどこかのタイミングで顔を出していた期間もあるはず。

 その時の状況でも聞き出せれば、討伐、あるいは黒い結界を通り抜ける手掛かりに繋がるかもしれない。

 

「……お茶も出せずすいません」

「こちらこそ。突然お邪魔しちゃって申し訳なかったッス。でもまあ、安心してください。時間の問題ッスから。本気になった妹妹さんに、グランザルムに興味津々のフィリップさん。2人がいればきっとモージャさんも肩の荷が下りれるはずッス」

「貴女は?」

「……へ?」

 

 その質問はイテカにとっては意外なものであり、だがモージャは妹妹からしてみれば当たり前のものであった。

 

「貴女もグランザルムを倒しにきたのではないのですか? ……いえ、話の流れからしてそのフィリップさんという方と3人で挑むとばかり」

「そう……スね。いや、その通りッスよ。私含めて3人で……あれ?」

 

 何故先ほどは自身を外した考えであったのだろう。

 イテカは狼狽したように視線を泳がせる。

 

「おかしいな……私だって魔法少女で……困っているモージャさんも村人さんも助けに……」

 

 だけどいくら考えても分からない。

 グランザルムの下へは向かうつもりだ。

 戦うことに今更忌避感を覚えたりしない。

 

 だけど、やっぱり……

 

「理由がどこに……」

 

 フィリップのような好奇心も、妹妹のような正義感もイテカは持ち合わせていない。

 ただ流されてこの場にいるだけ。

 

 だからこそ、きっと自分こそが先に脱落するのだろうと心の底でどこか考えてしまっていた。

 

「……混乱させてしまったようですね。大丈夫です。貴女も村のことを考えてくれたことは私にはわかりますから」

「……ッス」

 

 慰めの言葉を受け取り、イテカもひとまず気持ちを落ち着かせる。

 そうだ、挑むことには変わりない。

 せめて、だ。

 精一杯戦うことにしようと決める。

 

「それじゃ、吉報を待つスよ」

「行ってきます」

「ご武運を」

 

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