<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
やらないと終わらん
■モージャ邸
モージャに礼と別れを告げ、モージャ邸を後にしようとしたイテカと妹妹であったが、ドアを開けた瞬間、彼女たちの下へ飛び込んできたものがあった。
『――ッ!』
それは、グラスコードの分体。
フィリップが念のためと2人の護衛につけていた数匹のグラスコードらであるが、その姿は透けかけていた。
「……消えかけている?」
命が惜しくてイテカと妹妹に助けを求めるために飛び込んだわけではないだろう。
これは、信号だ。
主であるフィリップの身に何かが起こったことを知らせるための、救難信号にも似た合図をグラスコードは知らせようとしていたに違いない。
「あ、消えちゃったッス」
決死の行動も虚しく、グラスコードは消えていった。
「この場合って……」
「グラスコードが消える条件ってグラスコードのHPがゼロになった時ですよね。もしくは……」
「フィリップさんが死んだときッスか?」
グラスコードに傷は無かった。
前者は考えづらい。
そして、後者は可能性が全く無いわけでは無かった。
「……まさか、グランザルムに挑んでそのままやられちゃったとか」
有り得そうであった。
むしろフィリップの性格と、これまでの戦績を鑑みると、それしか考えられなかった。
「……何やってんスか。いやもう本当に!」
思わず空へ向かって叫ばずにいられないほど、フィリップお前本当に何してくれてるんだよと込めてイテカは叫ぶ。
これでは戦力半減に近い。
ノーチラスは攻撃だけでなく移動や防御にも使える万能タイプのエンブリオ。
敵が巨体であったならば、遺憾なく性能を発揮できただろうに。
「……まあ仕方ありませんよ。フィリップさんを1人にした私達にも落ち度はあり……ます?」
「いや無いッスよ。……ええい、こうなれば私達だけで当たって砕けるしかないッス」
「その時はグランザルム諸共砕けていきますよ」
こういう時、イテカは切り替えが大事だと考える。
失ったものは諦める。
今あるものだけでどうにかする。
それでだめならば、元から無理だったと、やはり諦める。
「腐っても〈超級〉ッス。グランザルムを少なからず消耗させたと希望を持っておくッスよ」
「それすらしていなかったらフィリップさんの株はだだ下がりですからね」
こんなやり取りが終わりかけた頃。
玄関にモージャがまだ立っていることに2人は気づく。
彼は口を開いていた。
死者に出会ったかのような、呆けた様子だった。
「モージャさん? どうかしたッスか?」
「グラスコードを見て驚いたんじゃないですか? 小さくても見かけはドラゴンですから」
「ああ、そうか……驚かせてすいませんス。アレは仲間のフィリップさんの特典武具で作られたモンスターのグラスコード、ッス。無暗に襲い掛かることは無い……スから? どうしたんスか?」
説明をするうちにモージャは、しかし増々衝撃を受けていき、しまいには腰を地面へと下ろしてしまっていた。
「……そんな、まさか。フィリップという名前は……やはり、フィリップ・ノッツか!?」
〈超級〉になってまだ日は浅いが、知る人は知っている。
人の口に戸を立てることは出来ず、情報は常に回っている。
それだけ有名になった実力者が、グランザルムに返り討ちになったことにモージャは衝撃を受けているのだろうか。
「あの!」
「え、あ、はい。どうしたんスか?」
「フィリップさんがグラスコードを倒し、その特典武具を手に入れた。これは間違いないことで良いのでしょうか?」
「多分、そうかと……」
「フィリップさんはデメンタリーさんの妹で合っていますか?」
「いや、それは知らないッスけど」
デメンタリーとは誰だ?
イテカと妹妹は突然出された人物名に首を傾げる。
「……そうでしたか」
ああ、とモージャは微笑む。
安堵を含んだ笑みは、憑き物が落ちたようであった。
「――事情が変わりました。私も共に行ってもよろしいでしょうか?」
「それはこちらとしては戦力が増えるんで構わないスけど……村の方は良いんスか?」
「お2人は今日明日でグランザルムに片を付けるつもりなのでしょう? であれば、その程度は私がここにいなくてもスキルの効果は維持されるはずです」
幾つかの特典武具を所持している実力者が味方になるのであれば頼もしい限りだ。
それに、グランザルムやこの周辺に多少は通じている。
モージャの同行は願ってもないことだ。
「改めて名乗ります。盲者改め、元【眼王】ステルバ・ステルス。死にかけの老体ですが、どうぞ使い潰すつもりで対グランザルム戦に参加させてください」
「使い潰すつもりは毛頭ありませんが、よろしくお願いします」
「よろしくッス。何が手の内明かしてくれるきっかけになったか分からないスけど、それでも嬉しい限りッスよ」
モージャ――ステルバの同行はイテカと妹妹の予想以上にプラスに働いた。
元から他の村との親交もあったのだろう。
各村を回る際に、村人からすんなりと受け入れられ、グランザルムについての話も聞くことが出来た。
「オラの村はこの辺りで一番最初に出来たんだ。そん時はグランザルムはまだ黒い結界なんて貼ってなかったらしい。見た目は……分からない。黒い何かだったようだけど」
「こんな話がある。グランザルムは剣を司るってな。妖刀の類かもしれないぞ」
「俺はお面だって聞いたことあるぞ。呪いの仮面だ」
「私は水晶で何か占ってくれるって聞いたわ」
「グランザルムってのはまやかしだ。本当はそんなの存在しないんだ」
「結界そのものがグランザルムだ。つまりはアレを壊せば俺も特典武具を手に入れられるんだ」
「ねえ、知ってる? グランザルムと対を成す神様がいるって。その神様は願いを聞いてくれるんだけど、グランザルムと実力が拮抗しているからか、抑えるのに精いっぱいなんだって」
「グランザルムはのぉ、闇なんじゃ。闇そのものであるからして、光が弱点なんじゃ」
確証も確実性も無い、ただの噂程度の情報が集まった。
グランザルムは剣であり仮面であり水晶であるらしい。
そして神様がグランザルムを抑え込んでいると。
「抑えている神というのはプラマイナスのことでしょうか」
「十中八九そうでしょうね……。まあ、抑えるなんて芸当は出来ませんけど」
「ちょっとあの無謀な人止めてくるッス!」
鍬を担いでグランザルム討伐へ向かおうとする村人をイテカが止めに走った。
無謀な村人は1秒とかからず制圧され、他の村人らに説教を受けている。
「最後に回った村の御爺さんが言ってた言葉……」
「え、あの人お爺さんなんスか? 私はてっきり、おばあちゃんかと」
「老翁ですね。つまりは性別は男性ですが……まああの見た目では無理も無いかと」
老人の見た目はともかく。
彼の言葉であるグランザルムの正体。
「闇って言ってたッスね。弱点が光だとか」
「結界もモンスターも黒いですし、闇のようであるのは違いありませんけど……その辺りどうなのでしょう?」
妹妹はステルバに視線を向ける。
【眼王】は解析にも長けた超級職だ。
黒いモンスターの属性程度なら見抜いているはず。
「……残念ながら。見た目こそ黒いですが、闇属性……いわゆる闇魔法の類ではありませんね。モンスターも単純な物理攻撃一辺倒ですし、スキルは自己バフのみ……」
「光が弱点というのは?」
「日の下でも元気に活動していますし、アンデッドや妖魔の類では無いみたいです。通じないわけでは無さそうですが、特別効果があるというわけでは……」
フィリップに見せてもらった写真では聖属性、あるいは光属性らしき魔法で結界を攻撃しているものもあった。
だが、それでも結界は揺るぎない。
グランザルムがもし光や聖属性に弱かったとしたら、作り出された結界も少なからず影響があるはず。
それでも効果が薄いのであれば、やはり噂は噂程度であったということだろう。
「……今日はここまでにしましょうか」
日も暮れてきていた。
これ以上の活動は難しいだろう。
それに、イテカや妹妹はともかくとしてステルバは高齢でありティアンだ。
〈マスター〉以上に休息が必要となる。
「幸い、泊る場所があるとのことなのでお言葉に甘えましょう」
「ですね」
「残るは明日。決戦に備えるだけッスか」
果たしてそうなるだろうか。
未だイテカも妹妹も黒い結界を直接見ていない。
グランザルムどころか、その手前のスタート地点にすら立っていないのだ。
それなのに、もう明日、グランザルムに挑むのだ。
本当に勝てるのか。
どころか、勝負に……土台に上がれるのだろうか。
「ふわ……眠いですね」
「そうッスね。今日はたくさん歩いたッスから」
「不安、ですか?」
「……まあ」
イテカの心中を察してか妹妹が話しかけてきた。
「本当に明日、戦えるのかな、と」
「……勝てないんじゃないか。勝負にすらならないんじゃないか。そんなところでしょうか」
その通りだ。
いつもいつも不安になる。
不安になるから、不安材料は捨て去る。
見込みのあるものだけを、選択する。
イテカはそうやって生きてきた。
「……」
「実は私ってすごく強いんですよ」
「……知ってるッス」
「ですが、そんな私でも負けたことはあります」
「……」
別に妹妹が全戦全勝出来るくらい無敵な人間であると思っているわけではない。
それに、【魔法☆少女】はクャントルスカが就いている。
これが何よりの、彼女が少なくとも一敗はしている証拠だ。
「たくさん負けました。たくさん傷つきました」
きっと妹妹が戦ってきた相手はいずれも強敵だったのだろうとイテカは想像する。
自分では及びもしない敵と戦い、そして勝ったり負けたりしてきたのだ。
「でも、一度だって泣きはしませんでした。ウソ泣きはしたことありますけどね」
「それは、妹妹さんの心が強いから……」
「それは違います」
イテカの言葉を妹妹は否定した。
自身を強いと称し、しかし心の強さを否定する。
「私の心が強かったら、多分私は自分を弱く見せようなんてしませんでしたよ。強者のまま強者と戦っていました」
「……」
「私はあの時負けたんです。自分が自分のままだったら守れないものがあると一度、折れてしまった」
彼女の分岐点となった要因。
今の彼女を形成してしまった事件が、過去の彼女を大きく変えてしまった。
「私は自分を弱くみせようとしている。でもですね、私はそれでも戦いからは逃げません」
逃げるような卑怯な魔法少女は1人だけ。
それは全ての魔法少女の共通認識だ。
「だって、逃げてしまったら私以外が戦うことになりますから。私ではない人が傷つくことになりますから。それが嫌だから、私は弱くなって前に進むのです」
「前に……」
「前に、グランザルムに。逃げてしまったらきっといつか、付近の村々を襲うかもしれない。それは、ステルバさんのスキルの効果が切れる一月後かもしれない。どころか明日かもしれない。モンスターの考えなんて分かりません。でも、放っておけば誰かが傷つくことになる。だから、私は進みます」
イテカさんはどうですか?
妹妹は尋ねる。
また諦めてしまうのか。
それとも進めるか。
「私、は……」
言葉が出てこない。
進みたい。
でも、その一言が出てこない。
「……きっと、まだ1人では難しいのでしょうね」
妹妹がイテカの手を握る。
硬く、ぎゅっと握りしめる。
「だから私が一緒に進んであげます。どうですか? 頼もしいでしょう?」
これもまた選択肢の一つだ。
イテカが諦めるのはイテカが自身に可能性を見出せないから。
グランザルムを倒す自信が無いから。
だからこそ、そこに妹妹の強さを加える。
妹妹となら倒せるかもしれないという可能性を作り上げる。
「頼もしすぎて……なんだか楽勝な気がしてきたッス」
「拍子抜けしちゃうかもしれませんね。なんだ、こんな弱いUBMが引きこもっていたのかって」
イテカは目を閉じる。
そして明日を想像する。
イテカ、あるいは妹妹が結界をこじ開ける。
その中には小さくて非力なUBMが怯え震えている。
すぐに倒し、この依頼も解決する。
「……そうッスね」
そんな可能性もゼロではない。
だからこそ、イテカは少しだけ勇気が出たし、答えることが出来た。
「それは、多分フラグになりそうッスから、多分めちゃくちゃ強いと思うスけど……」
「えー」
「でも……それでも倒せそうっス」
強くても、倒せないわけではない。
倒そうとする、その意思こそがイテカに欠けている重要なもの。
イテカはそれが少しだけ分かった気がした。
まさかモージャがステルバさんだったなんて(白目)
盛大にお漏らししちゃった馬鹿がここにいます
だから投稿前に誤字脱字以外にもちゃんと文章読み直せとあれほど