<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【黒死夢葬 グランザルム】
ソレは胎内に闇を孕んでいた。
じっとりと纏わりつく黒はどこまででも追いつこうと縋る。
ソレは闇と共に笑む。
また、生まれたと。
ソレは闇を孕んでいると同時に、闇そのものであった。
闇が闇を生む。
闇によって作り出される。
当たり前のようなことを、しかし当たり前に出来ない多くの下等な生物をソレは慈しむ。
――また、触れた
トリガーを踏んだことによって闇がまた生み出された。
巨大な舩が闇に沈み込んでいく。
久しぶりの大物だ。
さぞかし、大きな闇が生まれることだろう。
ソレは期待し愉しむ。
既に胎内へと入り込んでいた小さな生物はどうしようか。
闇を生み出す生産源としては上々であったが、直に力尽きるだろう。
――いや、違う
ソレはふと気づく。
法則がかき乱されていた。
闇以外は常に一つの法則が破られている。
どちらかが。
あるいはどちらもが。
――ああ、これは期待できる
だが嘆く必要はない。
法則を乱すということは、法則ではないものが生まれるということ。
闇一辺倒であったものが闇以外を孕む可能性とてある。
ソレは嗤う。
翁の面が闇に浮かぶ。
カタカタとソレの感情を表すかのように面は揺れる。
舩と人間。
どちらにするか。
どちらもにするか。
――まずは未来を
水晶が闇に浮かぶ。
――次に剣を。
宝剣が闇に浮かぶ。
――あらゆる手段を。
盾が。眼球が。頭蓋骨が。
黒が。
死が。
夢が。
全てを葬り去らんことを願う。
――我は神。神なる力を持つ者。
誰もが気づかない。
ソレを包み込む闇が大きくなっていることに。
長い時をかけて闇は膨らんでいく。
だが、その闇を更に覆い隠すかのように箱が隠していた。
ソレが箱の縁に届いた時、ソレの力は完成する。
願いに手を伸ばすかの如く、ソレの力は本懐を遂げる。
――手始めにこの地を崩そう。
神は災害を呼び起こす。
ソレは願いを呼び込むために災害を引き起こす。
地は大陸。
いつからかレジェンダリアと呼ばれるようになった地を願いで埋め尽くす。
そうなればもう取り返しは付かない。
ソレは願いによって力を増す。
故にソレは神なのだ。
【黒死夢葬 グランザルム】。
ソレの名だ。
■黒い結界の前
少ない情報も収集し、後はグランザルムがいるという黒い結界の調査のみとなった。
無論、そのまま結界の内部に入れるならば良し。
入れずとも、何かしらの手がかりを見つけ、後にフィリップと情報を統合するでも良し。
ひとまずは動かなくてはならない。
「ちなみにフィリップさんとはリアルの方で連絡取れたんスか?」
「それが電子メールを送っても返ってこなくて……用事があるのでしょうか」
否、それにしては不思議なこともあった。
パーティメンバーを示すアイコンのうち、フィリップの名は光が消えた状態であるだけなのだ。
死亡すれば名前そのものが消えるはず。
食いしばり系統のスキルを使って持ち応えているだけ……にしては時間が経ち過ぎている。
一晩経ち、フィリップの死亡に動揺もあったが、考えてみれば妙なこと。
冷静になれば、死亡と断定するには早すぎたと期待が持ててくる。
「まさかとは思うスけど、封印されてたりとか?」
「んー。時間停止とか、それ系統のスキルって〈マスター〉には効果が薄いんじゃないでしたっけ。少なくとも自害は出来るようになっているはずですが」
「……それもまた一興とか言って楽しんでいるんじゃ」
考えられる可能性だった。
「ステルバさんはどうスか? 何か、この結界を直接見て分かることとか無いスかね」
ステルバに話を振るも、彼は首を横に振る。
「残念ながら、やはりこの結界そのものは見ることが出来ても、内部までは届きません。ええ、届かないというのが正しい表現です。私のスキルが無効化されているというよりも、結界が阻んでいる……」
結界は黒の立方体の正体が不明であったため暫定的に使っていた比喩表現のようなものであったが、ある意味では正解だったらしい。
「では外部と内部を隔絶する結界であると」
「ええ……オマケに結界に触れた者へモンスターをけしかける防犯センサー付きです。羨ましい限りですよ」
本当に羨ましいか?とイテカは疑問に思うも、モンスターを警備員に変えれば、確かに防犯設備としてはしっかりしているかと納得する。
触れれば触れるだけならば、警備員の数に限りは無い。
結界へ侵入しようとする者が諦めるまで黒のモンスターである警備員は生み出され続けるのだから。
「さて。何から始めるッスか?」
「そうですね。まずはモンスターの強さから確かめましょうか」
妹妹は手首を捻る。
どこまでも捻じれていき、骨も関節も存在しないのではないかと錯覚する程に可動域が動いた時ようやく止まる。
「柔軟スね」
「ずっとやっていればみんな出来ますよ」
「……そのずっとが出来ないんスよ」
何はともあれ、妹妹が敵方の実力を測るようだ。
小さな手で結界に触れる。
やはり、触れた先で押し返される。
彼女であれば……本物の強さを持つ妹妹であればと多少は期待していたイテカであったが、彼女ですら資格は持ち得ていなかったようだ。
そのまま妹妹は二度、三度と結界に触れた。
「何しているんスか!?」
「何って、モンスターの強さを確かめるんですよ。……ほら、出てきました」
結界から生み出されたのはゴーレム型、四つ足の獣型、鳥型の黒いモンスターであった。
皆、例外なく光を一切反射することのない闇のような黒さで、そしてやや不定形生物のような特徴も持ち合わせていた。
それぞれが結界に触れた敵性体の妹妹を狙う。
太い腕が、牙が、爪が妹妹を一斉に襲い――次の瞬間に彼らの武器は肉体から引き裂かれていた。
「……へ」
常人離れした動体視力を持つイテカでさえ、妹妹が何をやったか理解するまでに時間がかかった。
「……」
それは隣で戦いをみるステルバも同様であったらしい。
眼で追うことは出来たのだ。
妹妹のステータスは【切断姫】による補正のおかげで高いが、AGIに特化しているわけではない。
だから動きを追うことは出来た。
出来なかったのは予測することだ。
眼で追えば必然、次の動きがどこにあるか予測しながら見ることになる。
予測した場所へ視線を動かし、確認する。
だが、妹妹の動きはどこまでも流動的でどこまでも規則的でどこまでも正しい。
そのため無駄な動きが無い。
故に、イテカとステルバの追う視線は少しだけ遅れた。
カメラで録画した妹妹の動きをじっくりと確認しながらであれば、自身で解説しながら妹妹の戦いを見ることも出来ただろう。
だが、2人は肉眼だ。
同時に脳内で処理しなければならない。
彼らの脳は妹妹の一切の無駄がない動きを処理出来なかった。
故に、2人が見えたのは3匹のモンスターの前に立つ妹妹と、裂かれたモンスターの後ろに立つ彼女の姿の2回だけ。
あとは彼女の軌跡を捉えただけであった。
「……彼女は一体」
「私にも分からないッス。でも、これだけは言える……きっとグランザルムにも劣ることはないッスよ」
武器を失うもモンスターは更なる強襲をかけようとするが、一度態勢を崩した彼らの攻撃を妹妹が許すはずもなく。
瞬く間に片付けられたモンスターを尻目に妹妹は言うのであった。
「もう一回、良いですか?」
まるでイテカとステルバが順番待ちをしているかのように断りを入れるが、別に2人は無理して戦いたいわけではない。
ステルバは過去に戦っているし、イテカは妹妹が戦っている様子で十分モンスターの強さを確認した。
なるほど、大したことはない。
特に、防御性能は下級モンスター程度だろう。
恐らくはタールのような肉体が原因。
身体の形を維持するためだけに防御力にステータスを割いているようなもの。
他は全て攻撃性能に当てられている。
妹妹の実力に押され、一見弱そうに見えるモンスターだが、戦闘スタイルによっては本当に大したことが無い。
範囲攻撃を得意とする者であれば大した労もせずに倒せるだろう。
「ステルバさん。結界は無理でも、あのモンスターはどうスか? 私達だとモンスターの名前さえも分からないんスけど」
「……そちらも、残念ながら。【NO NAME】と表示されていますね。……あるいはそれが正しいのかもしれません」
「どういうことスか?」
「名など最初から付けられていないということです」
大量生産品であるから一々名づけなどしないということか。
その程度の価値。
その程度のもの。
「……本番はまだ先ってことスね」
「名があるもの……グランザルムがいるのはこの中でしょうから」
さてどうするべきか。
一応、イテカもステルバも結界に触れてみた。
妹妹のように何度も触れることはせずに一度だけ。
結果はやはり黒に押し返されるのみ。
そして黒いモンスターが生み出される。
予測はしていたので対処は容易だ。
生み出された瞬間に叩けばすぐに潰れた。
「奥義や必殺スキル級でも無理みたいスからね……ここからどう動くべきか」
「実際に結界まで来てみればどうにか出来ると考えていましたからね。想像以上に手強いというか……恐らくはこの結界の法則がしっかりとしているようです」
「法則を解かなければ入れないということでしょうか」
まさかノックを3回すれば入れるというわけではあるまい。
実際にやってみたが、モンスターが3体生み出されるだけだった。
「こくしむそう……雀卓でも持ってくるッスか? 国士無双で上がったら入れたり」
「3人でですか?」
「すいません。じゃんたくとは?」
現地人のステルバには難しいようだ。
言いながら、その線は薄いと自分でも思っていたため却下されてもまあ順当だろう。
そのまま、ああでもないこうでもないと案を出している時であった。
闇夜のカーテンを裂くかのように、結界から男が出てきた。
「――」
「な、なんスかあいつ……!?」
まるでモンスターをそのまま人の形に押し込めたかのような錯覚がイテカを襲う。
「何ですかあの力は!?」
ステルバも同様に……いや、彼の眼であれば更に詳細に男について分かったのだろう。
だからこそ、眼を剥いて驚いている。
「あ?」
結界を抜け、完全にその姿を現した男は、眼前で呆ける〈マスター〉とティアンを確認すると、
「憤ッ!」
「――危ないッ!」
大剣をステルバへと振り下ろした。
10mは斬撃が地を割っただろうか。
そのままであればステルバを巻き込んでいた。
間一髪で妹妹がステルバを引き寄せたことで怪我をする者はいなかった。
「誰スか!」
結界を抜けてきたのだ。
風貌はともかく、その左手の紋章が男が〈マスター〉であると語っている。
少なくとも情報の共有くらいは……と呑気に構えていられる状況では無くなった。
「俺か?」
くつくつと男は笑う。
何がおかしいのか、しばらく笑った後に、
「ワン・フー・ウー。俺こそは最強。羽虫如きが俺の前に立つな」
そして再び剣を振るう。
今度は横薙ぎに、3人へ向けて。
マジかよワン・フー・ウー君サイテーだな