<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Dside 憧れの英雄 19

■黒い結界の前

 

 【剛剣士】ワン・フー・ウー。

 膨大なステータスと、モンスターのスキルを使用できる武器を扱う〈マスター〉。

 彼は自身を最強と称する。

 その自負を否定するには彼は余りにも強かった。

 イテカとステルバという特典武具を数多所有する猛者が為すすべもなく倒される程に、彼のステータスは圧倒的。

 タネも仕掛けもあるのだろう。

 何かカラクリ……条件付きの必殺スキルの類を使用しなければ、STRやENDが10万を超えることなど無い。

 

「ステルバさん……私が時間を稼ぐッス。その隙に解析を……」

「……ええ、解析を進めます」

 

 先程の妹妹との会話が響いたのか、イテカはまだ諦めることはしないようだ。

 戦意は消失しておらず、勝ち筋を探っている。

 

 だが、ワン・フー・ウーは時間稼ぎすら許さない。

 

「雑魚が! 幾ら集まったところで俺の敵じゃない!」

 

 【剛剣士】に相応しい力任せの一撃。

 普段のイテカであれば回避できただろう。

 諦めているが故に、生存だけを狙っただろう。

 だが、今の彼女は勝利を狙っている。

 それが、少しだけ彼女を前のめりに傾かせ、ワン・フー・ウーの剣の前に晒すこととなる。

 

「――ぐぁッ!?」

 

 持っていた武器は破壊され、装備ごとイテカは叩き斬られる。

 ブローチも竜鱗が同時に発動し、何とか生き延びるも、虫の息である。

 

「ふん……下らん。下らんアイテムで俺に時間を使わせるか。……チッ」

 

 ワン・フー・ウーは少しばかり苛立っているようだ。

 同時に、焦りもある。

 

「(何か……理由があるのか……)」

 

 それをステルバは見逃さない。

 ワン・フー・ウーのスキルの解析と同時に、ワン・フー・ウーその者についても分析を行う。

 

「(精神年齢はあまり高くない。時折複雑な言語を使おうとしているが、それは覚えたての言葉を使う子供さながら。……いえ、これは〈マスター〉であれば珍しくはないことでしたか)」

 

 死にかけのイテカと、未だ戦闘に入るタイミングを逸したのか棒立ちの妹妹を見る。

 彼女らは果たして外見と同じ精神年齢なのだろうか。

 それとも……

 

「妹妹さん」

「はい」

 

 妹妹は落ち着いていた。

 大人でも震えて逃げ出しそうな戦闘能力を持つワン・フー・ウーを目にしても。

 それは余裕の表れか、それともこの状況を理解出来ていないが故か。

 

「お逃げ下さい。……解析は未だ出ず。これは彼我の差がありすぎるが故。戦況はかなり悪い……被害がこれ以上大きくなる前に貴女だけでも――」

「何をごちゃごちゃと、話している!」

 

 ワン・フー・ウーが斧をステルバへと投擲する。

 恐ろしい速度で旋回し、迫る斧は音速に域に達する。

 

「くっ――」

 

 両手の短剣2つを構えようとするも、ステルバはその時自身の未来が見えてしまった。

 このまま短剣諸共に胴が両断される末路を。

 

 避けられない。

 掠っただけでも、触れた部位を持っていかれそうな勢いの斧から逃げられるわけがない。

 

「駄――」

「こういう時は伏せるものですよ」

 

 ステルバの視界が下がった。

 ワン・フー・ウーの解析を最後まで行おうと外さなかった視界が、地面のみを捉える。

 

 そのまま顔面が土にぶつかり、枯れた草の匂いが鼻腔から入ってくる。

 

「ステルバさん。死んだら元も子も無いですし、生存を第一に考えてください」

「妹妹さん……」

 

 ワン・フー・ウーの斧は背後の黒い結界に衝突し、止まっていた。

 刺さってはいない。

 あれだけの威力であっても結界には傷一つ無かった。

 

「……傷が」

 

 音速で旋回する斧がすぐ頭上を過ぎていったのだ。

 真空の刃が生じ、触れずとも裂かれていてもおかしくは無かったのだが、ステルバと妹妹の肉体の負傷は極軽微であった。

 

「これでも【切断姫】なので。斬耐性は多少あるんです」

 

 ステルバに覆い被さる妹妹がにこりと笑った。

 

「……貴女という人は」

 

 妹妹に守られたおかげで自身の肉体がまだ五体を保っているという事実に、ステルバは既に戦闘に入る余地など無いことを理解する。

 老体であれど老練。

 経験の差がステータス差を埋めるなど考えていたが、その領域は過ぎていた。

 アレは災害だ。

 災害は過ぎ去るのを待つしかない。

 

 だが、目の前の災害は人の形をし、人の意思を宿していた。

 そして、その災害はステルバ・ステルスという特典武具所持者へと明確に殺意を向けていた。

 

「……ん? 何だ、何故避けられた……偶然足を滑らせた? その防具が特別優秀なのか……?」

 

 ワン・フー・ウーは妹妹とステルバが生きていることに驚いている。

 だが、すぐに気を取り直すように、

 

「まあ良い。ただの偶然だ。貴様らにとっては奇跡か? だが、奇跡など2度3度と重なることはない。奇跡を必然へと変えるのは力……俺のような圧倒的な力が無ければ、奇跡など掴めぬと知れ!」

 

 ワン・フー・ウーがステルバと妹妹へ目掛けて駆けだす。

 武器は無く徒手。

 今投げた斧を回収しようと、そしてそのついでとばかりに2人を殺そうと拳を振り抜く。

 ただのパンチ。

 だが、STR10万越えの肉体から繰り出されるパンチは弾頭ミサイルの如く破壊力を秘めている。

 

「――おかげで私を弱いと油断してくれましたね。これならば容易い」

 

 宙に、舞った。

 

 立ち上がった妹妹の小さな手がワン・フー・ウーの右腕に触れ――た瞬間には彼の肉体はふわりと浮き上がり、そして回転していた。

 

「――っ!?」

 

 そして気づけば彼の肉体は地面へと転がっていた。

 

「なにが……!?」

 

 すぐに身を起こし、場を警戒する。

 何をされたのか分からない。

 目の前にいるのはただの弱小〈マスター〉。

 気にも留めない、目にも留めない、歯牙にもかけない……はずだった。

 

 ただ、少しだけ影が重なるから……後回しにしていただけの小さな少女。

 

「足元に罠でも仕込んでいたのか……!」

 

 ワン・フー・ウーは今のを罠か何かだと推測した。

 聞いたことがある。

 一部のテリトリー型のエンブリオは戦闘能力は弱いが、罠を辺り一面に設置することで脅威と成り得ると。

 この3人のパーティーは黒い結界の前に予めいた。

 既に戦闘を想定し、罠を展開していたに違いない。

 

 己の肉体に一切のダメージは入っていない。

 故に、ただ転ばせるだけなのだろう。

 もしくは高いENDがダメージだけは無効化してしまったか。

 

「足元に罠は……無い! 既に使い切っていたか! 最後の一個に助けられたな!」

 

 地面にあるのはただの草、そして乾いた土だけだ。

 黒い結界も今は大人しくしている。

 

 先程の転倒も運悪くワン・フー・ウーが引っかかっただけなのだろう。

 なにせ自身のステータスは最強だ。

 負けるはずがない。

 負けることなど許されない。

 

 この程度の相手に見下ろされることなど、決してあってはいけないのだ。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおお!」

 

 拳を握り、妹妹へと殴りかかる。

 今度は油断などしない。

 最後まで妹妹から目を離さずに――

 

「――学習しませんね」

 

 しかし、再び空を仰いでいた。

 

 青い空が広がる。

 自身のちっぽけさを煽るように、空はどこまでも大きかった。

 

「……何をした」

「何、とは?」

「俺に……何を、どのような小細工をしたと言っているんだぁぁぁ! この俺が、同じ相手に二度も地面に転がされるなど、あ、あってはいけないはずなのにぃぃぃ」

 

 地面から跳ねるように跳びあがり、そのまま妹妹へと両腕を伸ばす。

 殴るのではない。

 今度は捕まえる。

 掴んでしまえば、後は力比べだ。

 であれば、今度こそ負けるはずが――

 

「何と言われても……。実力を以て奇跡をここに起こしただけです」

 

 二度、ワン・フー・ウーは地面へと転がった。

 拙いながらも格闘技の心得があった。

 その経験則から、妹妹の技術は見切った……はずだった。

 

「――ぐあっ」

 

 背を強く地面に打つ。

 それでもダメージは無い。

 だが、それが逆に腹立たしい。

 ステータスの差が、ワン・フー・ウーの技術不足を訴えているのだ。

 

「まだ続けますか?」

 

 【切断姫】妹妹。

 小さな少女はワン・フー・ウーへと問う。

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