<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■黒い結界の前
「――ッ! ……ッ!?」
ステータスは【剛剣士】をはじめとしたジョブ補正のみ。
あれだけ膨大であったSTRも今は2000程度に落ち着いている。
わなわなと自身の下がったステータスをみて呆然とするワン・フー・ウーの表情は、イテカからみても哀れなものであった。
奪った力を自身の糧として膨大な力と成す。
一度剥げてしまえば、元の弱い自分へと成り下がる。
それはまるで道化の様である。
「貴方のことです。他にもまだ装備はあるのでしょう? 抗うというのなら、まだ己の強さを示したいのなら、どうぞ出してください」
妹妹はワン・フー・ウーを切り刻んだカマイタチを見せながら告げる。
その言葉を聞き、イテカはらしくないと感じた。
なぜ甚振るような真似をするのだろうか。
いっそのこと、一撃で殺し楽にしてあげればいいのに。
それに……
「(気のせいッスかね……)」
先程の妹妹の言葉には違和感があった。
まるで――
「くそっ、くそっ……貴重な純竜級装備を……! 集めるのに俺がどれだけの時間をかけたか……!」
「たかが半年かそこらでしょう?」
「全身を揃えるのに5か月もかかったんだぞ!」
「半年よりも短いじゃないですか」
「……ッ! そういう問題じゃない!」
憤るワン・フー・ウーは少しばかり戦意を取り戻したのか、唾を飛ばしながら妹妹へと立ち上がる。
「はい。問題違いです。時間というのなら、こちらのステルバさん。お歳はいくつか分かりますか?」
「あん? ティアン……つまりはNPCだろ。ならさっき生えてきたか、最初に設定されたから時間は……ああ、製造時間ってことか? そんなのは運営に聞いた方が早いだろ」
「……はぁぁぁぁぁ」
妹妹は大きくため息をついた。
わざとらしいソレはワン・フー・ウーに間違いを自覚させたいが為であるように感じられた。
「な、なんだよ……」
「良いですか。ティアンは生きています。貴方が言うように、コンピュータによるプログラムだとしても、私達と同じだけの年月を同じだけの意思と感覚で生きているんです」
「で、でも結局はNPCなんだろ」
「同じ言葉だけを繰り返す、意思の宿っていないAIモドキであれば、そうなのでしょうが、この世界のティアンは間違いなく感情を持ち合わせているんです」
「……つまり」
「あちらの世界に肉体があるかどうか、それだけの違いです」
「……」
ワン・フー・ウーは妹妹を、そしてステルバを見る。
何度も何度も。
妹妹――〈マスター〉とステルバ――ティアンと比べる。
違いはそこには無いのだろう。
左手の紋章の有無くらいだ。
彼らは、生きた人なのだ。
「……し、知らなかったんだ」
「でしょうね。考えもしない人が多いのですが」
「誰も、教えてくれなかったんだ」
「自分で気付けば良いだけなのです」
「だって、だって、だって――」
ワン・フー・ウーの言葉を妹妹は非情に切り捨てていく。
他者のせいにはさせずに、自身の間違いとして、ワン・フー・ウーに刻んでいく。
「………………………」
やがてワン・フー・ウーは頭を抱え動かなくなった。
「……これ、解決ってことで良いんスかね」
「さあ?」
イテカとステルバは互いに首を傾げた。
眼前の男は装備が剥がされステータスが落ちたとはいえ、まだ他に装備があるのなら依然脅威なままだ。
即刻殺しておいた方が後々邪魔されずにすむだろう。
だが、妹妹はカマイタチを止めた。
言葉だけでワン・フー・ウーを刺している。
「あの、妹妹さん?」
「どうしました?」
「その人、どうするんスか?」
未だ蹲りぶつぶつと呟く怪しい男を指さす。
脅威を通り越して不気味なだけだ。
「そうですねぇ……」
何か考えがあるようだ。
まあ、ワン・フー・ウーを止めたのは彼女だ。
彼の決定権は妹妹にある。
「……分かった。その男への攻撃は止めよう。今後一切、ティアンに……悪人と認定されたティアン以外への攻撃は一切しない。これでいいか?」
「ええ。それとステルバさんへの謝罪を」
「……悪かった」
素直にワン・フー・ウーは頭を下げた。
これでは妹妹が弟を叱る姉のようにみえる。
「いえ、別に、……ええ」
そして訳が分からないため曖昧な笑みを返すだけとなったステルバ。
先程まで命の危機を感じていたためにどのように返事をしていいのか分からなくなったのだ。
「……だが! 俺はまだ負けていない。ティアンが生きている人間ということは理解した! だったら! 俺の最強はお前ら〈マスター〉で確かめさせてもらおう!」
「……えぇ。まだそれ続くんスか」
先程既に負けたのに。
まだ最強とやらに拘るのかとイテカは辟易しながら、今のワン・フー・ウーなら不意を打てば勝てるかと算段をつける。
いや、真正面からでも勝てるステータスだ。
恐らく彼のエンブリオはスキル特化型。
スキルさえ潰してしまえば怖くないタイプだろう。
「いえ、すぐに終わりますよ」
「妹妹さん?」
「ワン・フー・ウー。貴方は弱い。まずはそれを認めるところからです」
「……抜かせ! 俺は強い。俺は最強だ! 先のには劣るが、まだ装備はたくさんある……見せてやる。《
《瞬間装備》にてモンスターから作り出した装備を全身に纏い、更に必殺スキルにて装備補正倍率を上昇させる。
言葉通り、妹妹に破壊された装備の方が質は良かったのだろう。
だが、装備の寿命を更に捧げることで底上げしたワン・フー・ウーのステータスはオール5万。
STRとEND一辺倒では妹妹に通じないと悟ったのだ。
力だけでなく速さも必要であると。
「どうだ! 俺の動きを見切れ――」
掴みかかろうとしたワン・フー・ウーの肉体が浮き上がる。
「は――」
「破ッ!」
手足が地面に付かず無防備となった彼の四肢へとカマイタチが突き刺さった。
同時とも思える速度で4発。
……いや、5発。
再び装備した防具は文字通り瞬く間に破壊された。
「な、なんだよそれ……」
「ああ。言い忘れていましたね。この小さな爪が、私のエンブリオですよ。名はカマイタチ。本来は不意打ちを得手としますが、頑丈なので近接戦の武器にもなります」
「――ず、狡いぞ!」
ワン・フー・ウーが叫ぶ。
血走った眼で妹妹を睨みながら、彼は少女へと叫んでいた。
「そんな狡いエンブリオを隠して持っていたのか! 俺の装備を全部壊すなんて……狡すぎるぞ!」
「……」
それはどちらの台詞だとイテカは呆れて言葉が出ない。
他者のエンブリオを羨む者は稀にいるが、当たり外れでいえばワン・フー・ウーのラショウモンはかなりの当たりだろう。
当人なりに問題点はあるのだろうが、それでも真っ当に強い。
「正々堂々と戦えよ! なんだよ。じ、ジョブだって500を超えているじゃないか! お前ら全員! 超級職持ってるんだろ! お、おれだって……超級職があったら、お前らなんて……!」
「こ、子供の癇癪ッスか……」
今度は言葉が出た。
思ったことをそのまま口に出した。
「俺は強いんだ! それは変わらないんだ! お前が卑怯な手を使ったから俺は勝てなかったんだ!」
何が卑怯だったのか。
妹妹はむしろステータスが劣るなりに戦ったはずだ。
まあ技巧はかなりレベルが違ったが。
「……少しは成長したかと思いましたが。やはり貴方は小さいままですね」
「俺は最強だ! 強いんだ! もう誰も――」
「来なさい、ワン・フー・ウー」」
妹妹が再び構えた。
その手は……小さな少女の手だ。
カマイタチは解除され、紋章の中に戻っている。
「本当の強さというものを教えます。貴方が少しでも強くなれるように」
「う、あああああああああああああああ」
その言葉が届いたのか分からない。
だが、ワン・フー・ウーは再び走り出した。
更に質の劣る装備を纏って。