<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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Dside 憧れの英雄 22

■とある少年の過去

 

 二年前か、三年前の話。

 特別、正義感が強かったというわけではない。

 ただ、正しいことが好きだった。

 廊下は走らない。

 信号は青でしか渡らない。

 17時に家に帰る。

 人に暴力を振るわない。

 陰口をしない。

 先生の言うことをきく。

 

 ルールを、法則を、鉄条を、校則を、家訓を、法律を、規定を、因習を、条約を。

 そう在れ、と定められた正しき秩序こそが、最も守るべきであり歩むべきである正しき道であると信じていた。

 間違った道を歩けば、間違った人間になる。

 正しい道を歩いた者だけが、正しくこの世の中を生きることが出来るのだと、そう信じていた。

 

 少年が最も好んだルールは『不戦条約』と呼ばれる、少年の住む都市独自のルールであった。

 曰く、ここ一年程前から広がり始めたらしい。

 内容は、決して暴力を振るうべからず。

 一切の私闘を禁ずる。

 力なき者への暴力を断固として認めず。

 破った者には相応の罰が下ると思え。

 

 少年が嫌いな暴力を認めないルール。

 そんな素敵なルールを誰が決めたのだろう。

 一度でいいから会ってみたい。

 一度でいいから話をしてみたい。

 その者と共に、新たな正しいルールを作ってみたい。

 そう、願った。

 

 少年が最も唾棄すべき対象として挙げるのは、暴力を振るう人間だった。

 力ある人間、と言い換えてもいい。

 少年が知識として知ったいずれのルールにおいても、他者を暴力で制圧することは、正しく無かった。

 力を振るえば必ず誰かが傷つく。

 傷つけば、歪む。

 身体も、心も。

 元に戻らないかもしれない歪みを覚えてしまう。

 

 だからこそ、少年は嫌いだった。

 ヤクザもマフィアもチンピラも。

 警察も自警団も軍隊も。

 そして、格闘家や武術家も。

 

 同じ都市に天才少女がいると噂があった。

 いや実際に目にしたことがあった。

 武術の天才。

 同じ門派の大人ですら敵わない。

 他所の流派の人間ですらその少女と手合わせするために別都市から訪れる者もいるらしい。

 

 少年は鼻で笑った。

 同時に、心の中で少女へと唾を吐き捨てた。

 

 結局は力だ。

 力で他者を制圧し、そうして良い気になっているのだ。

 多少力を付け、そして自身よりも弱い者を虐げ、支配し、王にでもなったつもりなのだろう。

 他者を傷付け、他者を歪め、自身も歪み、歪みに歪んだ歪な王様。

 配下は、もてはやすのだ。

 天才少女とやらを持ち上げて、自分の弱さに胡坐をかいて、強くなったと錯覚して、暴力を規則にねじ込んでしまう。

 いつしか街のルールは少女になってしまうかもしれない。

 そんな恐怖が少年の心に入ってきた。

 少女はこのまま力を更につけ、暴力によって増やした手下で領土を拡大し、彼女が白と言ったものは全て白く染め上げられる。

 黒いものはいらないと言えば、破壊される。

 

 馬鹿げた妄想だ。

 そう、諭してくれる大人は残念ながら少年の周りにはいなかった。

 どころか、天才少女を持ち上げる大人ばかりで、少年を見る者が少なかった。

 

――だったら

 

 少年は覚悟を決めた。

 

――僕がこの街を正す

 

 少しばかり聡いだけの、小賢しいだけの子供が、現実が見えないままに、理想を口にする。

 上辺だけのルールを掬い上げて、自分に都合の良い様に解釈する。

 

 まずは、と向かったのは不良の溜まり場であった。

 マフィアが裏にいるだとか、黒組織と繋がりがあるだとか、散々吹聴するような、そんなウソに塗れた不良たちであった。

 

 彼らは知らないだけだ。

 きっと、まだ世の中のことをよく学んでいないのだ。

 正しさを知れば。

 道徳を、法律を知れば、きっと目覚めてくれるに違いない。

 

 隣近所に住む幼馴染に伝えるとすぐに止められた。

 貴方の力では立ち向かえない。

 きっと痛い目を見るから。

 だから、家に居て欲しい、と。

 

 少しだけ年上の、姐のように身近で、そして憧れの存在であった彼女にそんなことを言われ、ショックを受けた。

 自分は弱い男と見られていたのかと。

 少年は俄然やる気に満ち溢れた。

 きっと不良たちの更生に成功すれば、幼馴染も見直してくれるだろう。

 少年の心の強さを認めてくれるだろう。

 近所でも評判の大きな屋敷。

 出入りする男たちは屈強な肉体の持ち主ばかり。

 きっと、強い男など見慣れているだろう。

 だけど、少年が目指すべきは精神の強さ。

 正しき、心の強さだ。

 幼馴染にそれが伝わればきっと――

 

 そんな期待を胸に抱き、少年は不良たちを尋ねた。

 

 結果は妥当とでも言うべきか。

 不良たちは少年の言葉を聞く耳など持たなかった。

 というよりも、言葉よりも先に手が、脚が少年の身体に刺さっていた。

 

――どうして

 

 痛めつけられ、嬲られ、彼の身体には幾つもの傷が付けられていく。

 

 薄れゆく意識の中、少年は不良たちの言葉を耳にした。

 

「おい、こいつを使えばあのムカつく天才少女様も大人しくなるんじゃねえか?」

「ああ。そりゃいい考えだ。何時までも俺達を抑えた気になりやがって」

 

――え?

 

「そういやこのガキも天才少女様と同じくらいの歳だな。ってことは、あの『不戦条約』に入ってるってことか」

「知ったことか。アイツが勝手に決めたことだ。俺達は一度も頷いちゃいねえ」

 

 『不戦条約』。

 それは、少年も耳にしたことのある言葉であった。

 少年の心に深く刻み込まれたルール。

 

「もういいぜ。このガキを人質にとれば、天才少女様も逆らいやしねえさ」

「だな。俺達弱い奴らは、強い奴らに搾取される。だから、こうやって取られた分は取り返さなきゃならねえ」

「たまには下剋上もしなきゃな」

 

 ゲラゲラと不良たちは笑う。

 笑いながら、天才少女様をどうやって甚振るか話す。

 

 

 

 

 目覚めた時。

 少年の前に少女が倒れていた。

 手足は腫れ、口からは吐しゃ物が垂れている。

 明らかに、人間の手によって作り上げられた被害を前に、少年の口からは悲鳴が出た。

 自分以外でまともに見た、暴力の痕。

 

「よ……か、た。目覚めて……くれま……し……たか」

「なん……で……」

 

 そして、それ以前に。

 倒れた少女は、痣と腫れが痛々しく刻まれた少女の顔は、少年の良く知るものであった。

 

「姐姐がどうして、ここ……に……!?」

 

 少女は、幼馴染の少女であった。

 右手が折れているにも関わらず手を伸ばし、少年の頭を撫でる。

 

「ごめんなさい……私では……助けられませんでした、ね……」

「そんな――そんな――」

「天才少女と呼ばれ、少しだけ……有頂天になっていたのかもしれません。貴方のことをもっと、面倒をみていれば……助けられたかもしれないのに……」

 

 光が差し込んだ。

 開けた視界。

 どうやらここはどこかの倉庫のようで、シャッターが開いたことで明るくなったらしい。

 不良たちがそれぞれ手に凶器を持ち、近づいてくる。

 

「……私が時間を稼ぎます……だから逃げて……誰かに助けを」

「――あ、ああああああああ」

 

 信じたくなかった。

 認めたくなかった。

 近づく不良たちの顔にも傷があった。

 誰がそうしたかは、言うまでも無いだろう。

 そして、目の前の幼馴染が何者であったかも、言うまでも無いだろう。

 

 天才は散った。

 少年は逃げた。

 

 逃げて逃げて逃げて逃げて、後ろを振り返ることも出来ずに走って……そうして嫌いであったはずの警察に駆け込んで。

 嫌いであったはずの武術家を助けてもらって。

 己の弱さを知った。

 

――なんてことをしてしまったんだ

 

 天才と呼ばれた少女はそれきり都市の中で見ることは無くなった。

 代わりに、最弱と呼ばれる少女が、近所の屋敷に出入りするようになった。

 

 少年が天才を殺したのだ。

 弱さが強さを殺したのだ。

 最早、言葉で人は変えられない。

 正しさを貫き通すならば、他者へと説くならば、力が、他者へと言葉を聞かせるための暴力が必要だ。

 

 だから少年は、嫌いであった力を手に入れるために。

 そしていつの日か、幼馴染を救い出すために。

 もう一つの世界で強さを手に入れるべく、暴力を振るう。

 




今回は固有名詞出ていないな、ヨシ!
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