<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■黒い結界の前
妹妹とワン・フー・ウーの戦いは妹妹の勝利で決着を迎えた。
手に入れたものはワン・フー・ウーという新たな戦力。
倒したモンスターを一定の確率で装備化し、ステータスやスキルをそのまま手に入れることが出来るという、単純に強い能力。
邂逅時は必殺スキルを込みにしていたとはいえ、STRやENDが10万を超えていたのだ。
時間をかけさえすれば驚異的な戦力として育てることも可能だろう。
そう、時間さえあれば……。
「というわけで。新しく仲間になりました。ワン・フー・ウーです」
「その……本当に迷惑をかけました」
妹妹に無理やり頭を下げさせられる大の男はとてもではないが見ていられない。
加えて、当の本人が少しだけ嬉しそうなのが尚更拍車をかけている。
「姐姐のおかげで俺は目を覚ますことが出来たんだ。これからは皆と力を合わせて悪い奴を倒すぞ」
「……うん。そッスか」
「あ、はい……その、よろしくお願いします」
傲岸不遜な態度は作っていたキャラのようで、本来のワン・フー・ウーは素直な年相応の少年であったらしい。
つまりは、外見は20そこらの男が10歳程度の表情をするのだ。
需要はありそうだが、残念ながらイテカはそこに関してはノーマルであった。
「あ、ワン君」
「な、なんだ。姐姐!」
「その姐姐と呼ぶのやめてくれません?」
「へ……」
さー、とこの世の終わりかと思う程にワン・フー・ウーの顔は青ざめる。
先程の戦闘よりもダメージを負ったように崩れ落ちた。
「嫌われた……嫌われた嫌われた嫌われた……姐姐に……そうだよね……俺なんか……」
「いえ、嫌いとかそういうのではなくて」
妹妹がニコリとほほ笑んだ。
誰がどう見ても可愛らしい少女の笑みだ。
「私の名前は妹妹なので、お間違いなく。姐姐とか真逆でしょう?」
言わんとしていることはイテカにも分かった。
彼女は常に下でいたいのだ。
弱そうだから。
可愛いイメージだから。
狙われそうだから。
妹という立場を選ぶ。
妹妹という名を選択する。
姐などという、頼られそうな呼ばれ方は彼女のそういった信念に反するのだろう。
「なので。私を呼ぶときはどうぞ、妹妹ちゃんと。まいちゃんでも良いですよ」
「その……考えておきます」
考える余地など無いと思うが、それがワン・フー・ウーの絞り出した答えであった。
彼としては今の妹妹の姿は己の過去の失態の何よりの証であり、そして憧れた幼馴染との差異が解釈違いだと叫びたくなる現状だ。
だが、何を言おうと力づくで押し通されそうであったため、頷く他無かった。
「……まあ、繰り返すようですが、私としては先の件は水に流しても構いませんので。それよりも、問題は――」
「ワン・フー・ウーさんがパーティーに入ったとしても、戦力としては不安が残るって点スね」
仲間が1人加わった。
その数字だけ見れば、プラスだろう。
だが、パーティー全体のレベルやステータス、そして技能的な面まで見ると……下がっているのだ。
「妹妹さんの【切断姫】リセット、そしてワン・フー・ウーの装備があらかた大破している二点。これだけでも一度態勢を整えるために戻りたい気分スよ」
「だけど時間も残されていない。そうでしょう?」
「……ええ。残念ながら」
タイムリミットはステルバの視力が完全に失われるまで。
彼が視力を失った時、その瞬間に【眼王】の最終奥義は解かれ、グランザルムはドリム村を発見してしまう。
その時に、グランザルムがどのような行動を取るか分からない。
無視するかもしれない。
だが、突如現れた餌へと進軍するかもしれない。
故に、今ここで抑える必要がある。
「……そして先ほど分かったことがあります。タイムリミットは想定以上に短くなっています。私が最終奥義以外でもスキルを発動すれば、その瞬間に視力は低下していく……今は2週間程が限界となっています」
そしてステルバを戦力として見る場合、更にスキルの発動が求められるだろう。
ならばやはり、今日明日でのグランザルム討伐が望ましい。
「一応、案はあります。グランザルムのこの結界はモンスターを生み出す結界。ならば、彼にそのモンスターを倒してもらえば、彼は装備を整えられるのではないでしょうか」
「うん。その通りだ。実際に俺は幾つかの装備をゲットしてる……んだけど、あんまり性能が良くないんだよなぁ」
実際にワン・フー・ウーは黒い結界産モンスターの武器防具を装備する。
その補正は大きく偏っていた。
「これはこれは……なんともはや」
「STR特化スか。まあこの手の使い捨てのモンスターにありがちなステータス構成スけど」
つまりは攻撃特化のステータスなのだ。
一撃に賭けるのであれば問題ないのだが、防御面があまりにも頼りなさ過ぎて、恐らくは一度の被弾でワン・フー・ウーは落ちることになるだろう。
技術面で劣る彼が取れる手ではない。
「他の装備で補う必要がありそうスね」
「辛うじて残ってる亜竜級装備を当てれば形にはなるかな……」
ややSTRに偏りがちではあるが、それでも他のステータスも4000前後、STRだけ6000のステータスへと整った。
ちなみに妹妹との戦闘で出さなかったのは、あまりにも耐久度が少ないかららしい。
戦闘中に装備が破壊など、そのまま死に繋がる。
故に、使い渋ったのだ。
「ワン君。必殺スキルの対象にする装備って絞ることは出来るのですか?」
「出来るよ。普段は全部まとめて対象にしてるけど」
「では、その結界から生み出された装備に絞ってください。補充も容易いでしょうから」
この場にいないモンスターの装備は補充が難しいが、黒いモンスターならば、すぐに出てくる。
確率とはいえ、相手は結界が勝手に多量に作ってくれるのだ。
ならば纏めて倒してドロップ率を上げれば良いのだろう。
「後はこの中スね……一体どうなっているのやら」
「この中かー。ずっと黒いままだったよ。足元からも、宙からもずっとモンスターが湧き出てて……空間そのものがモンスターを生産していたのかな」
「ふーん……なるほど、ス……か!?」
ワン・フー・ウーが何気なく答えた情報にイテカは目を丸くする。
そうだ、彼は結界の中から出てきたのだ。
ならば結界内の情報を持っているのは道理であるし、それになによりも――
「この中に入れるんスか!?」
「う、うん。ほら、この通り」
ワン・フー・ウーが手を伸ばすと、彼の手は結界の内部に入る。
他の面々が弾かれていた、結界の防御機構も働いていないようだ。
「なんで……機能していないわけじゃ……あ」
つられて手を伸ばしてみたが、イテカの手は結界に弾かれる。
同時に、黒いモンスターが生み出され牙を剥く。
「ちょ、待って……ス」
「憤ッ!」
が、即座にワン・フー・ウーが蹴り上げる。
落ちてきたところを片手剣で両断し、モンスターは消えた。
「あ、装備化出来た。こいつらは確率高いな。ステータスの一部が弱いからかな」
「あ、おめでとうス……あと助けてくれてありがとうス」
彼の手には黒い指輪が新しく嵌っていた。
すぐにそれをアイテムボックスへと放り込む。
「装備したままじゃないんスか?」
「装備枠を全部埋めると新たに装備化してくれないんだ。一つでも空けておくと、自動的にその空いてる枠の装備が作られるシステムみたい」
「へー。色々と制限もあるんスね」
「でも、法則さえ分かっておけば装備も集めやすくなるよ。俺以外が装備すると一日ももたずに消えちゃうけど。俺が所持している分にはアイテムボックスに入れておけば半永久的に持っておけるし」
装備化して大儲けにはならないらしい。
他者に装備を譲渡するとみるみるうちに耐久値が減って一日で消えてしまう。
「(まあラショウモンのモチーフからしてそうスよね)」
「ほら、こんなにたくさん集めたんだ」
両手いっぱいに指輪を取り出す。
黒いモンスターからのドロップ率は分からないが、それでも大量のモンスターと戦ったのだろうと思わせる量だ。
「しかし何でワン・フー・ウーさんだけ結界を抜けられるんスかね……」
「さあ。みんなもそうだと思ってたからなぁ」
イテカは試しに指輪を一つ貰い、装備してみた。
確かに、装備した瞬間、STRが飛びぬけて上昇した。
これ一つで1000も上がるのか。
なるほど、強くなったと錯覚させられるには十分過ぎる代物だ。
「装備枠を拡張する系のスキルは覚えてないからなぁ……持っているだけじゃダメなんスよね」
「そうだったらもっとステータスが上がってたよ」
イテカはリビングアーマーで作り出した体内のアイテムボックスに指輪を放り込む。
すると、上昇していたステータスは元に戻った。
耐久値の減少は続いているようで、これならば装備し続けた方が良いだろう。
「……ステルバさん。この指輪ってもしかして」
「ええ、妹妹さん……多分、この指輪が鍵です」
と、ステータスの上下で一喜一憂するイテカの横で妹妹とステルバが何やら話していた。
彼らはイテカの装備した指輪をみて目を光らせると、
「イテカさん! ちょっと見てきてください」
「……へ?」
妹妹がイテカの身体を押す。
力のベクトルでも操作したのかと疑う程にイテカの身体は容易く倒れ、そのまま結界へと――
「ちょっ」
触れ、そして入った。
「うっそでしょ……」
黒。黒。黒。
見渡す限りの漆黒。
それが、グランザルムの作り出した結界の中に入ったイテカの感想であった。