<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■結界内部
苛烈なる勢いでモンスターの群れが迫る。
姿形は異形そのものであり、多彩。
生物を彩るものもあれば、不定形であったり、人形を模したものもある。
だが、その機能においては然程の違いも無い。
攻撃の仕方が変わるだけで、ステータスの差は微々たるものだ。
黒い結界内――グランザルムの胎内において、黒いモンスターは無限であり無敵。
蹴散らされようとすぐに補充を成す。
1体1体が弱くとも、数の利において不利を取ることはない。
それら全てを個で倒しきるのは不可能に近いだろう。
「グレンエヴァー、オドルグ……準備の時間スよ」
――尤も、それは個人戦闘型に限っての話。
彼女は違う。
いつの間にか手に取り出したるは純然たる軍用兵器。
それは、彼女の持つ武具の中でもとりわけ攻撃性能が高く、とりわけセーフティー機能が欠如している取り扱い危険なものの一つ。
チロリ、とまるで待ちきれんばかりに銃口から蒼い涎が覗く。
触れれば最後、消し炭になるだろう高火力の炎は、少し顔を見せただけで周囲の温度を一気に上昇させた。
「皆さん、下がっててくださいッス。シャレにならない威力なんで、これ」
「火炎放射器の特典武具ですか? それにしては……」
「ええ。ご推察の通り、これは火炎放射器では無いッス。これが撒くのはあくまでガソリン……尤も揮発性はガソリンよりも高いし、凄い引火しやすいんで巻き込まれないように、しばらく息は止めててくださいス」
【燃料投火 グレンエヴァー】。
火炎放射器の見た目をしているが、タンクとホース、そしてその中身こそが特典武具の本体である。中身は非常に引火しやすい液体であり、揮発性も高いため、1秒とかからず空中に漂い始める。
要はガソリンだが、空気摩擦で起こる熱ですら引火してしまうため、グレンエヴァーが撒かれたら、散るまでは動くことが出来なくなる。
先程見せた炎は、銃口から漏れ出た中身が瞬時に空気との摩擦で燃化したもの。
銃口が取りつけられているため、ある程度の指向性は持たせることはできるが、しかし風向きによっては全方向へ危険が及びかねない代物だ。
そして、更にグレンエヴァーを危険物として押し上げるのが、ストラップのようにグレンエヴァーに取りつけられた【火傷天満 オドルグ】。
非常にまれな特典武具にアジャストした特典武具であり、その効果は自身含め火によるダメージを倍加するというもの。
代わりに自身のみ火によって死ななくなるという付随効果を持つ。
要は、自身だけHP1残しで、全てを焼き尽くす炎をばら撒くようなものだ。
狙いも制限も手加減も必要ない。
そういった手合いを相手する時のみに使う特典武具であり、直近では【パス・スティック】との戦いに使用した。
「30秒間だけ! 出来るだけ呼吸を止めていてくださいッス!」
3秒のカウントの後にイテカは躊躇いなくグレンエヴァーの引き金を引く。
瞬間、イテカの眼前は火に包まれ、黒いモンスターの大群は焼き払われていく。
悲鳴を上げる間もなく炭と化していくモンスター達は恐らく死の恐怖すら味わうことも無かっただろう。
引き金を引いたのはきっかり10秒だけ。
だが、大気に漂う気化した燃料が完全に燃えきるまでは、呼吸は厳禁だ。
吸引し、体内へと入ったら最後、体の内側から燃料が爆発する感覚を味わうことになるだろう。
「(……3,2,1,……)。そろそろ大丈夫ッス!」
イテカの肉体は全身が【炭化】しているが問題は無い。
オドルグが機能しているうちは、彼女は炎によっては死ななくなっている。
無論、その他の外的要因によって死ぬ確率はぐんと上がっているのだから油断は出来ない。
「行くぞ姐姐……じゃなくて妹妹ちゃ……ん!」
直後にワン・フー・ウーが妹妹をグランザルム目掛け投げる。
妹妹にもステルバにも火傷は一切みられない。
代わりに、ワン・フー・ウーの肉体のあちこちに焼き焦げた跡があった。
「(……男の子ッスね!)」
心の中でワン・フー・ウーに称賛を送りながら妹妹の行く先を見る。
小さい体躯はまるで弾丸のように闇を切り裂きながら進み、宙に浮かぶグランザルムの本体らしき大剣へと到達する。
『ヒ、ヒーヒヒ』
「……」
妹妹はカマイタチを装着した爪を数度振るう。
グランザルムに敵意があったのか、無かったのか。
もし妹妹を敵として見ずに油断したままであったならばカマイタチによる補正ダメージが上乗せされていただろう。
しかしながらその答えは出ぬまま――
『ヒ――』
大剣は、砕け散った。
あっさりと、カマイタチが突き刺さった箇所から罅割れていき、遂にはその全身が塵となり闇の中に消えていった。
妹妹は空中で身を翻すと両足で地面に着地し、周囲を見回す。
「やったね、妹妹ちゃん!」
「……しっ」
両手を挙げて――恐らくはバンザイをしながら――妹妹の下へと走るワン・フー・ウーを、彼女は手で制す。
「何か……変です」
彼女は周囲を警戒していた。
グランザルムを倒したというのに。
神話級UBMの本体を見事打ち破ったというのに。
まるで油断をしてくれることは無かった。
「変って? だって、妹妹ちゃんはあの剣を砕いたじゃないか。ちゃんと僕もこの眼で見たよ」
「私も確認したッス。ステルバさんは?」
「……ええ。私の眼でもあの大剣がグランザルムであることは間違いないと示していました」
だが、妹妹の考えを杞憂であると笑い飛ばすことは誰にも出来なかった。
その証拠に、闇は一切晴れない。
黒の結界は解かれず、闇は蠢き、モンスターは生産を継続する。
「……!」
「来ます! 全方位……注意を!」
グレンエヴァーを使用したイテカは満身創痍。
使用者であるため、適切な回復アイテムは用意しており、既に使用はしているが、完全回復までに時間がかかる。
その穴を埋めるのは……
「僕が……俺が守り切る!」
押し寄せるモンスターの群れをワン・フー・ウーが受け止める。
「――っ“!?」
だが、一方向だけならまだしも、モンスターは四方から押し寄せる。
それら全てを盾の一つで受けるのは不可能であった。
「数が……多すぎる!?」
「それに先ほどよりも更に攻撃性が増していますね……」
妹妹の言葉は当たっていた。
そして、懸念も残念ながら当たっていた。
『ヒヒ。ヒヒヒヒ。まずは剣が一つ』
闇に浮かぶは翁の面。
カタカタと面が上下し、まるで笑うかのように動いている。
「あれは……あれもまたグランザルム!?」
「やはり先ほどの剣は……罠でしたか」
モンスターの1匹を蹴り倒しながら妹妹は面を睨む。
「罠ってどういうことだ!? だって、倒したんでしょ?」
「倒した、のではなく、倒させたが正解なのでしょう。明らかに無抵抗でした。それに、まるで人骨を割るように手応えが無さ過ぎた……」
妹妹の言葉が冗談なのか本音なのかはワン・フー・ウーにもイテカにも分からなかったが、さておき、グランザルムが大剣という本体をあっけなく倒させていたという方が問題だ。
「じゃあわざと剣は壊させたってことッスか」
「理由は不明……では無いですね。このパワーアップしたモンスター達。大剣がバフをかけていたときよりも更に強力。倒すことで配下の力を更に引き上げる。これがグランザルムの狙いです」
『然り』
妹妹の言葉を肯定するかのように面が割り込んだ。
『然り然り然り! 宝剣は我が力の一端に過ぎぬ』
面の横に水晶が浮かび上がる。
更にその周りには目玉が、頭蓋骨が、指輪が、宝玉が――【黒死夢葬 グランザルム】とネーム表示されたものが幾つも浮かび上がってくる。
そして、各々が黒いオーラを発すると、モンスター達のステータスが上がっていく。
AGIが、MP、ステータスでは見えない何かが……大剣の時と同様に上昇した。
『当たりはどれだ。外れはどれだ。楽しめ。存分に神と戯れようぞ』