<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■結界内部
『滅していけばいずれは正解を引こうぞ』
『当たるも八卦当たらぬも八卦』
『臆したか? ならば立ち上がる力をやろう』
囁くように甘美な言葉を投げかける。
翁は甘く、水晶は甘く、角の生えた頭蓋骨は甘く。
その全てが、甘い言葉で包まれる。
要は、外れを引いてしまえと。
要は、バフを受け入れろと。
そう、言っているのだ。
「言葉に乗せられてはいけません! 敵は武器破壊が目的です!」
ワン・フー・ウーは以前にグランザルムのバフを受け入れ、武器を破壊されている。
バフの代償が武具破壊であるならば、グランザルムはこちらの戦力を落とそうとしているのだろう。
「チィッ……! だが、攻め手も欠けているぞ。どうすれば……いいんだ!?」
ワン・フー・ウーが悲鳴を上げるように叫ぶ。
今もモンスターの攻撃を盾で受け止めてはいるが、徐々にダメージが蓄積されていく。
妹妹とステルバが盾の隙間からモンスターを倒すことで辛うじて状況は拮抗しているが、このままではいずれ崩れるのは間違いない。
「回復終わったッス! お待たせして申し訳ないッス」
「早速だが、どうにかしてくれ!」
【炭化】した肉体が治り、立ち上がったイテカの視界には一面の黒。
蠢く無数のモンスターを前にし、もう一度横になりたくなる。
「……」
「諦めてる場合ですか!」
「ッ! もう一度グレンエヴァーを使うッス!」
この状況では再びモンスターの群れを止めないことにはどうしようもない。
故にイテカはアイテムボックスから取り出した【快癒万能霊薬】を呷ると、
「今度はさっきの比じゃない威力を出すッス! 私が良いっていうまで、目と口を閉じて、出来れば耳も塞いでいて欲しいッス」
揮発性と燃化性の極めて高い燃料が積まれたグレンエヴァー。
その神髄は、広域かつ細部に入り込むことにある。
呼吸だけでなく、耳や鼻といった生物に必ずある孔を通して体内に入り込んでしまう。
無論、入り込んだ燃料の総量が微量であればダメージもそこまではないが、なにせ体内だ。
装甲など関係ないダメージが襲うことになるだろう。
「……だったらこっちも虎の子だ!」
ワン・フー・ウーは赤いマントを取り出し羽織る。
そのマントは以前にグランザルムの胎内に入った際に羽織っていたものの劣化版……というかスケールダウン版である。
自身の周囲に空気の膜を張るだけのものだ。
防御にも使うことのできない、触れれば割れてしまう程度の空気膜だが、同時に他から空気が流れ込んでくることもなくなる。
「イテカとやら。これでこちらの準備は整った!」
とはいえ、燃料が引火すれば空気膜などあっさり破られる。
そのためワン・フー・ウーは盾を仕舞い、タワーシールドを地面に置いた。
「盾なら幾つか持っている! 妹妹ちゃん達もこれで身を守ってくれ」
更にもう一枚、タワーシールドよりも小振りな盾を取り出し、ステルバと妹妹の前へと置いた。
2人は盾に隠れるように身を潜める。
「グレンエヴァー。最大火力ッス!」
引き金を引くと、大気に散った先から燃料が燃え出す。
モンスターへと引火し、広がり、やがて周囲は火の海へと変わっていく。
闇は炎によって照らされ、明るく染まる。
だが、決して闇の向こう側が見えることは無かった。
「……波は収まった……スけど」
『見世物としては結構結構』
『さてさて。次は何を魅せてくれる』
『我らを飽きさせてくれるな』
【快癒万能霊薬】のおかげでイテカは軽い火傷程度の負傷で済んだが、今の攻撃で劇的な変化は訪れない。
少し経てばまたモンスターは生まれるだろう。
「こうなったら! 一か八かであのどれかを倒す!」
ワン・フー・ウーが槍を構える。
彼はイテカに続いて肉体へのダメージが大きい。
エンブリオの特性上、アイテムやリルがドロップしないため、回復アイテムの入手が困難なのだ。
ごく僅かな安物の回復アイテムは既に使い切っており、故に彼は捨て身でもグランザルムの本体と思わしきいずれかを倒そうと決める。
「【シュトレッツアー】!」
放射線状に広がる武器を取り出す。
まるで傘のような出で立ちだが、これでもれっきとした槍の一種。
ステータスの向上には乏しいが、付与された特性が一つだけある。
「羅ァっ!」
渾身の一撃。
槍を投げると、広がった穂先から炎が噴く。
ブースターのように加速し、槍はグランザルムの本体候補である――
「俺に力を与えたのが運の尽きだったな!」
翁の面に突き刺さった。
『満足。満足なり――』
翁の面は最後に少しだけ揺れる、と消えていく。
そして同時に闇は――尚も続く。
モンスター達の動きは活性化する。
「外れか――」
ワン・フー・ウーへとモンスターが複数体迫る。
咄嗟に剣を構え迎撃を目論むも、剣が食い込んで尚、モンスターはワン・フー・ウーへ食らいつく。
「なっ……!?」
モンスターの生命力強化。
HPが各段に上がっていた。
ワン・フー・ウーの一撃で以てしても倒しきれない。
そして既に上昇した攻撃力でワン・フー・ウーの肉体を喰らい、潰し荒らしていく。
「くそっ……くそぉぉぉぉ。こんなところで終わり、か――」
「終わらせません」
食らいつくモンスターが消えていく。
その背後にはカマイタチでモンスターの首を掻く少女の姿。
「まだです。体力が上がった。攻撃力が上がった。だから、どうしたと! この程度で倒れるようでは、まだまだ貴方は強くはなれませんよ」
「姐姐……!」
「妹妹です」
「妹妹ちゃん……!」
ワン・フー・ウーは立ち上がり、周囲を警戒する。
イテカのおかげでモンスターの生産量は落ちている。
全力の火炎放射が効いたのか、残った炎が生まれた先から焼いているのか、襲ってきても一度に数体程度。
まだ対処は可能なレベルだ。
「残る候補は水晶と頭蓋骨、目玉、そして――」
「ああ。あの卵、か」
水晶と頭蓋骨、目玉が卵の周囲を旋回する。
まるで守るように動くが、それがかえって怪しい。
「規則性は無いのでしょうか?」
「……それぞれが、何かのバフを司っているみたいには思うスけど。剣が攻撃、面が体力……残りは何スかね」
「考えられそうなのは防御力とかでしょうか。我々のステータスからみて……DEXやAGIあたりも強化される可能性はありますが……」
「どれがどれに対応しているか、ですね」
あるいはそこに規則性は無いのかもしれない。
たまたま、剣が力を上げていただけかもしれない。
「……グランザルムの挙動は全て罠。本体らしきものを全て破壊させるためだとしたら?」
ステルバの予想はイテカも妹妹も考えてはいた。
だが、それだと腑に落ちない点もある。
「あれらはそこまで強度あるものじゃないはずッス。なのに何故グレンエヴァーの炎に飛び込んでこなかったんスかね……」
イテカの疑問に答えられる者はいない。
そう、何故自壊の道を選ばないのか。
彼女たちのオーナー風に言わせれば自殺だろうか。
破壊されればモンスター達を強化出来るならば、自ら壊れればいい。
それが出来ないのだとしても、モンスター達への攻撃に巻き込まれればいいだけだ。
「そうしない理由がある、とか?」
それがグランザルムの法則性、あるいは攻略に繋がるかもしれない。
『よもやよもや』
『我ら2体目が消えゆくとは』
『人も恐ろしや』
『まだまだ愉しめそうじゃ』
だが、これ以上会話している暇などない。
水晶と頭蓋骨が笑う。
卵はただ宙で鎮座する。
そして目玉は、
『興が乗ったわ。次は私も参戦するとしよう』
モンスター達へとバフをかける。
「……速い!」
モンスターの駆ける速度が上昇する。
目玉が司るはAGI……速度。
「皆! 俺の後ろに――」
ワン・フー・ウーが盾を構えようとしたその時、彼の頭に液体がばしゃりとかけられた。
「ワン君。少し休んでてください」
ワン・フー・ウーのHPが急激に回復していく。
「これは、【快癒万能霊薬】か!?」
「私のとっておきですよ」
その言葉を最後に、妹妹は黒いモンスター蠢く、黒の海へと飛び込んだ。