<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【剛剣士】ワン・フー・ウー
正解を選び続けることが困難であるように。
不正解を選び続けることもまた困難。
人生とは正解と不正解を交互に跨ぎながら、徐々に正解の道へと傾いていく。
僕はしばらく不正解を選び続けてしまった。
選択を間違え、そして間違え、更に間違えた。
だけどそれを認めたくなくて。
まるで正解であるかのように、正しいことであるかのように振る舞い続けた。
――馬~鹿。アンタみたいに弱っちい奴が正しくあれるかよ
いつだっただろう。
姉弟子に言われた言葉を思い出す。
――弱い奴は正しい奴についていくのが関の山だろ。自分で選べねえから弱いんだよ
詰りと共に入れられた蹴りに悶絶した。
手加減はしてもらえてるとはいえ、横隔膜近くへの衝撃は呼吸が止まる。
――あれぇ? まさかこの程度で這い蹲っちゃうの?
くすくすと笑う姉弟子。
結局、僕はその後一時間は立ち上がることは出来なかった。
――弱いままだと天使にも悪魔にもなれないことは分かっただろ? 正しいやつにも、さ
呼吸が正常に戻り、姉弟子に笑われながら僕は何とか立ち上がる。
だけど、と僕は姉弟子の言葉を妨げる。
姉弟子は眉を歪ませつつも僕の言葉を待つ。
それでも、正しくなりたかった。
強くなりたかった。
あの人のように。
立ち向かいたかった。
――ふうん? 弱いままなら悪魔の贄にでもしてやるんだけど
と、姉弟子はつまらなさそうに髪を弄る。
心底つまらなさそうなのは、まだ数日だけの関係である僕にも容易に分かった。
――じゃ、イイこと教えてやんよ。特別に、な
そう言って、姉弟子は僕の身体に手を伸ばす。
「妹妹ちゃんっ!?」
蠢く地面。
あれら全てが四つ足型の、背丈の低いモンスターであるなど信じがたい。
地面が揺れていると言われた方がまだ受け入れることが出来る。
「なんて無茶を……。イテカさん、状況を打破できる手は有りますか?」
「無いことも無いッスけど……妹妹さんにも少なからずのダメージが入るッス。【切断姫】を失ってステータスが大きく下がった今の妹妹さんに耐えられるかどうか……」
正解を誤った。
幾つも幾つも誤った。
結果、またしてもあの人を弱くさせてしまった。
「な、なあ! あの薬はもう無いのか? 【快癒万能霊薬】ってすごい回復アイテムなんだろ! もう一回、妹妹ちゃんに使って――」
「無いッス」
「は」
「プシュケーさんに持たされた【快癒万能霊薬】は全部で3つ。私と妹妹さん、そして既に死んでしまったフィリップさんで1つずつ、持っていたんスよ。私は既に使っているし、妹妹さんの分は……」
ワン・フー・ウーへと使われている。
だから、妹妹を回復させることは出来ないと。
「だって、もうあんなにダメージが、いつ死んだって」
妹妹はモンスターを一手に引き受けている。
デコイ系統のスキルでも持ち合わせているのか、モンスター達は今は妹妹以外を狙おうとはしない。
小さな体目掛けて突撃しているため、必要以上には妹妹を襲えず互いに身体をぶつけている。
その全てが同時に妹妹へと攻撃を仕掛けられないのはせめてもの慰めだ。
だが、妹妹も多方面からの攻撃を流石に受け流せず、そして受け流すことすら困難な範囲攻撃であったり、攻撃の余波であったりといった微細なダメージが積み重なり、傷を作り上げていた。
微細であろうと重なれば死に至る。
ましてや【切断姫】が無い妹妹のステータスは低い。
今、死んでいないのが奇跡にも等しいくらいだ。
「落ち着いてください。ワン・フー・ウー、君が焦ってはいけません。妹妹さんが稼いでくれた時間で考えるのです。敵を見据えるのです」
ステルバはワン・フー・ウーを落ち着かせようと静かな声を出す。
この場で最も命の危険があるのは、ティアンであるステルバだ。
だが、彼こそがこの場で最も冷静であった。
「私は後数度、【眼王】のスキルを使えば完全に盲目となります。その時、まともな戦闘手段も、自衛の術も無くなるでしょう。故に、その時こそ貴方の力が必要になります」
「……俺の、僕の力なんか」
残った装備もほとんどなく、まともに運用しようと思えば必殺スキルで強化するしかなく、そうしてしまえばすぐに壊れてしまう。
こんな力なんか、何の役にも立たない。
こんな不正解ばかりを選んでしまう、足手纏いの自分なんかいないほうが――
「なんかではありません。イテカさんも私も、貴方には敵わないと悟った。そんな状況で妹妹さんは貴方に勝ち、そして仲間に引き入れた」
「それは姐姐が強いから」
「ええ。強いでしょう。何よりも心が。倒すのではなく説得する道を選んだ」
「その結果がこのザマなら笑うな」
「その結果が今の状況です。ワン・フー・ウーという戦力を再びグランザルム戦へと引き戻せた。これこそが妹妹さんの功績」
馬鹿なことを言うものだ、とワン・フー・ウーは心の中で吐き捨てる。
自分はグランザルムに負けたのだ。
無様にも敗走を決め込んだのだ。
「良いですか。グランザルムを倒せなかったと、貴方は自分を評価しているでしょう。ですが、グランザルムもまた貴方を倒せなかったのです。願いを受け入れたと、言っていましたね。恐らくはグランザルムの罠……致命的な選択の誤りでしょう」
「ああ、そうだ。俺は間違えたんだ」
「ですが、それは結果として貴方を強化するだけに終わった。武器を一つ失っても痛くも痒くもない貴方だからこそ、です」
それは、相性が良かっただけに過ぎない。
ワン・フー・ウーだからこそ、ラショウモンだからこそ、たまたまグランザルムの罠に陥らなかっただけのこと。
「強い結界を張り、中に入り込んでも夥しいモンスターの群れと武器破壊の罠で圧倒するグランザルムという脅威。だが、唯一貴方だけは、対抗できる」
「……っ!」
「思い返してみなさい。選択を誤ったというのなら思い出しなさい。謝ったのならば何故、貴方はここにいられるのですか。何故、まだ生きていられるのですか」
「それは……」
モンスターを力づくで倒せたから。
武器を失っても補充出来たから。
結界の外内を行き来出来たから。
「私にも、イテカさんにも、妹妹さんにも出来ないことを貴方はやってのけている。妹妹さんが死にそう? あの状況を貴方は既に味わっているのでしょう? 何故貴方は生き延びられたのか、どうか思い出してください」
無我夢中だった。
生き延びるために必死だった。
そうだ。
自分はモンスターの群れから。
グランザルムの胎内から生き延びているのだ。
「僕は」
最強だと自負した。
「俺は」
最強だと錯覚した。
「弱い……けど」
だけど、その程度でも相手にはなるのだ。
「グランザルム。お前を倒す程度には力がある」
全身の装備を変える。
捨てるに捨てられなかった、一番最初に手に入れた装備。
ステータス補正率も、そして数値事態も低い下級モンスターから手に入れた装備品の数々。
全身を覆ったところで、剣も盾も握ったところで、補正数値は1000にも届かない。
「これは俺の弱さの始まり。強さを纏えば強くなれると錯覚した、俺の原点」
だからこれは決別だ。
いつまでも引きずっていたのは、アイテムボックスで燻っていたのは、きっと未練があったからだ。
強さに拘るあまり、戦利品を並べておく強者足りえるつもりだった。
「これはお前にくれてやる――グランザルム」
一歩、踏み出す。
モンスターの荒れ狂う海の中へ。
「妹妹ちゃん! 俺はもう大丈夫だ。弱いから、強くなりたいから! だから俺は……もっと強くなるよ!」
モンスターに囲まれながら、妹妹がこちらを見た気がした。
薄く笑む。
それだけでもう十分だった。
「グランザルム! 俺は強くなる。だから俺の願い全て叶えてもらうぞ!」
『心得た』
『引き受けた』
『待ち侘びた』
目玉が、水晶が、頭蓋骨が。
嗤いながら光る。
どこまでも暗い光を放ち、それらは全てワン・フー・ウーへと吸収されていく。
『ならば対価を頂こう』
『贄を喰わらねばならん』
『代償を払って貰おう』
瞬間、ワン・フー・ウーの装備していた武器防具全てが破壊される。
そしてHPも、MPも、SPも大きく減少する。
「……これが! やはり武器破壊だけでは無かったか」
ステルバが呟く。
予想出来たことだ。
STRを上げる代わりに武器が破壊される。
ならば他のグランザルムたちが司る願いに募るならば、対価となるのは武器だけに留まるのか。
否、それらはやはり異なる。
目玉は装備全てを。
頭蓋骨はHPを。
水晶はMPとSPを。
それぞれに喰らう。
致命的なまでに対価を貰い、そして願いを叶える。
叶えた先に対象が死のうが関係はない。
報酬と対価は既に交換し終えたのだから。
『ああ。やはりやめられぬ』
『愚かなり。愚かなり』
『一時の願いで身を滅ぼすとは愉快なり』
嗤いながら宙を舞うグランザルム達は理解していなかった。
対価を頂くことにはなるが、その法則性故に、ワン・フー・ウーは確かに強化されたのだから。
基礎ステータスの向上。
最大HP、MP、SPの向上。
そして、スキル効果の向上。
「《
斬、とまるで海を割るかのような音が鳴る。
モンスターどころか、地面を割る衝撃が、グランザルムの胎内を揺らす。
生み出したのはワン・フー・ウー。
全身を、
「妹妹ちゃん。下がっていてくれ。全部、俺が倒すから」