<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■グランザルム胎内
誰の目にも勝利は明らかであった。
ワン・フー・ウーをも超えるステータスを持つ、卵から生まれしグランザルム。
その油断と慢心から生じた隙を突き討ち果たした妹妹でさえ、確かな手ごたえを感じていた。
なにせ、グランザルムの姿は消えたのだから。
HPをゼロにし、霧散したのだ。
HPが無くなれば死ぬ。
これはデンドロというゲームでは唯一の法則である。
「……やった、のか」
「ワン・フー・ウーさん、それフラグっスよ」
彼の言葉の所為ではない。
最初から、そうであっただけだ。
HPがゼロになっても死なない、法則を無視する反則じみた存在がいることは知っていた。
他ならぬ、妹妹やイテカのクランオーナーがそうなのだ。
だが、違うのは個の強さだ。
不死身は得てして弱い。
弱いからこそ不死性が目立つ。
だからこそ、あれだけのステータスを持つ存在であれば倒しきれば死ぬのだと。
そう、希望じみた確信であっただけだ。
神はそれを祈りと呼ぶ。
「――待ってください!」
悲鳴のような忠告を叫んだのはステルバであった。
彼の肌は低下した視力を補うように鋭くなる。
肌に纏わりつくような闇。
それが一向に晴れないのだ。
「本当に……グランザルムは……倒せたのでしょうか」
馬鹿なことをいうなと笑い飛ばすのは簡単だった。
難しいのは、今の彼の言葉を否定すること。
そうするだけの材料が見つからなかった。
「た、卵が……っ」
そしてそれを裏付けるかのように。
まるで神が嘲笑うかのように。
次々と闇に卵が落とされていく。
一つ、二つ、三つ、四つ――その数は六つ。
卵を守るべき分体はいない。
そうする必要などないから。
既に侵入者の情報は取り終えている。
後は孵るだけ。
卵はパキリ、パキリ、と音を立てていく。
イテカにはその音が処刑人の足音に聞こえてならない。
ゆっくりなのだ。
焦らすように、少しずつ卵は割れていく。
「妹妹ちゃん! 一度こっちに!」
「はい。固まって出方を伺ったほうが良さそうです」
耐久性では劣る妹妹やステルバを後方へ下がらせ、ワン・フー・ウーは大盾を展開する。
「どういうことだ! グランザルムは倒したんじゃなかったのか!」
「……倒したはず、です。カマイタチのスキル判定からして、あの個体は私を敵として見ていませんでした。HPの量からして間違いなく、殺しきっています」
「だったらなんで……――」
そこまで口にして、ワン・フー・ウーはこの先の言葉は何の解決にもならないと口を閉じる。
「……ごめん。妹妹ちゃん」
「良いんですよ。そうやって疑問を口に出すのは良いことです。私達大人が答えを持ち合わせていれば良かったのですが」
「あのー、妹妹さんも子供ッスよね」
ともあれ、時間はそう残されていない。
予測するに、あの卵全てから先のグランザルムが生まれることは確実だろう。
「あれら全てを倒したらようやく勝利、なんというのは安直スかね」
「恐らくは、罠でしょう。罠というか……私の感覚としては囮でしょうか」
「囮、か。何から何を守るためのだ」
「敵から身を守るための」
敵とは即ち、妹妹達のことだ。
だったら身とは。
グランザルムとは、何なのだろうか。
「前提を間違えたのかもしれません。私達はグランザルムを倒しにきた。……では、グランザルムの姿を本当に見ていたのでしょうか」
グランザルムの特性。
結界を作ることか?
モンスターを次々に生み出すことか?
分体を作り敵味方にバフデバフを撒き散らすことか?
侵入者の情報を読み取り卵からグランザルムモドキを作り出すことか?
違う。
それらは全て、囮だったのだ。
「ずっと隠れていた。グランザルムは私達と直接戦ってはいない。身を潜め守ること。これこそがグランザルムの特性でしょう」
だからこそ、それに気づけなければ延々とグランザルムの作り出したギミックと戦い続けることとなる。
気づいたところで、グランザルムを見つけ出せなければ、やはり戦い続けることとなる。
「……自分のことを神とか言ってたスけど。随分と陰湿な神様ッスね」
「あるいは分体の言葉に意味は無かったのかもしれません。それらしいことを言っていただけで、反響音のようなものなのでしょう」
「意味が無い、スか」
イテカは思い返す。
この結界の内側に入ってからのことを。
何かグランザルムの正体にヒントは無いのかと。
不死身には全てカラクリがある。
何のデメリットも制限も無い不死身なんてものはない。
回数であったり時間であったり、道具であったり。
何かしらの条件は必須なのだ。
そこまでであった。
最後の殻が割れる。
六つの卵が孵り、中身が晒される。
『次は無い』
『小さき娘よ』
『貴様もまたこのグランザルムの敵と見做す』
『故に崇めよ讃えよ』
『我を神と信奉し』
『疾く死ね』
これらの言葉は本当に意味が無いのか。
ただの単語の羅列なのか。
「(もうちょっとで掴めそうなのに……)」
グランザルムモドキ、そして分体たちの言葉に法則性でも無いか。
もしくは、何かを隠しているのではないか。
イテカは探ろうとする。
だが、それを神は赦さない。
「俺の後ろに!」
ワン・フー・ウーは盾を全身で構える。
出力最大の必殺スキル。
黒い大盾は更に巨大に膨らんでいく。
それでもグランザルムモドキの攻撃を幾合も受けられはしない。
持って、10回。
それで盾の耐久値は必殺スキルの反動とグランザルムモドキの猛攻により限界を迎える。
だが、盾が壊れた瞬間にワン・フー・ウーは《瞬間装備》で次の盾を装備する。
そして、その盾にも必殺スキルを発動し、大きさと防御力を上げる。
『おのれ』
『神なる我らの御手に』
『傷を付けるか』
そして、その盾は攻撃を防ぐだけではなかった。
攻撃性に特化した黒いモンスターを素材にして作られたために、盾と化した今も尚、防御と同時に攻撃を可能とする。
その表面には幾つもの凶悪な棘を備えており、無防備に攻撃をしようものなら棘が絡みつき、刺し傷を作っていく。
棘もまた盾と同じ色であるため視認しづらいのがいやらしいところだ。
「俺が時間を稼ぐ! だから……だから! 何か考えてくれ!」
「何かって、何スか!」
「何でもだ!」
攻撃を防ぎながらワン・フー・ウーは思い出す。
姉弟子に教わった唯一の技。
――アンタは弱っちい。だけど、一回地獄を見た奴なら分かるだろ? 今以上の地獄があるから耐えられる。耐えることが出来るってのは一種の才能だ。アンタは遅まきながら才能を授かったんだ
だけどその才能をどう活かせばいいんだ。
ただ耐えたところで何がどうなるわけでもない。
姉弟子はその言葉に答えるよりも前に、伸ばした手を臍の下に置く。
――ここ。『丹田』とかってジジイ共は言ってるとこな。私はそんな古くせえ言葉は嫌いだから悪魔の心臓って言ってる
そのたとえの方が意味が分からなかったが、姉弟子に触れられている箇所が僅かに暖かくなった気がした。
――ともかく、ここに意識を向けるのさ。耐えながらここに力を溜める。耐えるってのは溜めるってことだ。耐えて溜めて耐えて溜めて、そんで一気に解き放つと、どうなると思う?
姉弟子はニィと笑う。
悪魔的な笑いだろ?と問うて来たが曖昧に返したら触れた手超しに弾き飛ばされた。
――あ~あ。集中切らしちゃった。本当にダメダメだな。ダメ過ぎて今日は出来るまで帰さねーから
その後は姉弟子に本当に血反吐を吐くまで鍛錬させられた。
後で知ったことだが、姉弟子は既に師をも超えた実力を持っており、彼の恩人とも言える幼馴染と並ぶ程であったとか。
あの時ばかりは何故自分ばかりと嘆いていた。
だが、今なら分かる。
何故姉弟子はああまで自分を過剰に鍛え上げようとしたのかを。
「姉弟子……そうか! 俺がもう一度あの地獄から姐姐を守れるように……!」
力を溜める。
果たしてこの世界に『丹田』などというシステムはあるのだろうか。
あったとしてもワン・フー・ウーにはまだ使いこなせないだろう。
『面倒な』
『いい加減、諦めろ』
『盾を捨てよ』
だが、力を溜めることは出来る。
溜めた力を解放することはできる。
それは戦士系統……ではなく、壊屋系統のジョブが持つスキルの一つ。
ワン・フー・ウーはメインジョブが【剛剣士】であり、更にサブジョブは少しでもステータスを上げられるように、ステータス特化職で埋めていた。
「――ああ! 盾なら捨ててやるさ!」
そのうちの一つが【壊屋】。
STR特化職であり、スキルもまたそれに見合ったもの。
チャージ時間が長く、打撃スキルであるため攻撃範囲も狭い。
「お前達をぶっ飛ばすのにこんなのは邪魔だからな」
打撃ダメージの6倍化。
単純故に強力。
特に、今のSTR10万越えのワン・フー・ウーにとっては。
「《破城槌》!!」
ずっと耐えていたからこのまま耐え続けると思っていた。
反撃など微塵も考えていないだろうと。
だからこそまともに食らってしまうのだ。
『ァ――』
グランザルムモドキは6体全て、その肉体を四散させた。
【剛剣士】と【壊屋】にシナジーがあるのかは知らん
この作品内ではある
お分かりと思いますが、これでもまだグランザルム本体は倒せていません