<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ノーチラス艦内
「……私が気になるかい?」
防衛システムを全開にし、攻撃準備も整えたフィリップはステルバに対し尋ねる。
彼はモニターに映された妹妹たち3人の戦闘を眺める……よりもフィリップへと視線を向けていた。
初対面のはずなのに、今戦闘中の仲間の安否よりも気になることがあるのか、とフィリップもまた彼に興味を抱く。
このノーチラスのことか。
あるいはグランザルム内での活動か。
いずれを聞かれるのだろうと考えを巡らせていると、
「先程貴方が見せたドラゴンはグラスコードという名でしょうか」
予想外のことを尋ねられた。
「ああ。そうだ。太古の海の神、グラスコード。私が仕留めた」
「……ああ、そうでしたか」
ステルバは感極まったように涙を流す。
しばらく誰かの名を呼ぶと
「私の名はステルバ・ステルス。かつて【眼王】であった者。デメンタリー君は君の兄ですね?」
「――いかにも」
なるほど、とフィリップは納得する。
デメンタリーはフィリップが妹ということを安易に他言はしない。
故に、かなりの信頼を寄せているということだろう。
そして、フィリップが当人の顔を知らないということは、ステルバの正体もすぐに察することが出来た。
「君がデメンタリーに神殿を預けた巫女か」
「ええ。男の身ですので、正確には【巫女】にも、ましてや【神子】も就いてはいませんでしたが。神殿を預かる身として、そう名乗らせてもらっていました」
「やれやれ。君の伝言が曖昧だったせいでこちらも大変だったよ。今となっては良い思い出だし、今の仲間にも出会えたけど」
やや愚痴をこぼしてしまうのは、デメンタリーに遺した言葉のせいで彼女たちは長らく足止めをされていたからだ。
フィリップとデメンタリーが手を組んでいれば、グラスコードの討伐ももっと早くに済んでいただろう。
だが、ステルバが神殿とグラスコードを頼む、と。
まるで守ってほしいかのような言葉を遺していたせいでデメンタリーはフィリップと敵対してしまった。
「……何があったのです?」
まさか自分の言葉のせいだとは思わないステルバが聞き返す。
「ふむ。まあ時間もある。戦いの行く末を眺めながら過去を紐解こうか。お返しに、君の過去も教えてほしい。グラスコードとは何だったのか。そして【巫女】と【神子】についても」
「それは勿論です。この話が出来る相手も限られますので」
本心からステルバを責めたかったわけではない。
故にすぐに留飲を下げ、グラスコードとの戦いの顛末を語る。
ステルバも相槌をうちながら、フィリップの予想に対する答えを提示し、彼らは漸くグラスコードを巡る戦いを過去のものと終わらせられたのであった。
「――さて。そろそろだね」
モニターに映るモドキの数を数えながらフィリップはノーチラスの操縦の一部を自身へと戻す。
自動操縦だけでは心もとなくなってきており、グラスコードやビーマーといった特典武具を交えた戦闘へと移行する。
「そろそろというのは、グランザルムが倒れるということでしょうか」
「それもあるけど……その前に誰かが死ぬだろうね」
あっさりとフィリップはそう答える。
彼女の目に移る仲間のHPはまだ十分にあるが、一度の被弾で命を落としかねない怪物を相手にしている。
油断も慢心も出来ない。
「ああ、ほら。言っている間に」
増えていったモドキから妹妹を守るべくワン・フーウーが単独で群れに突撃していく。
最初は健闘していたが、装備が少しずつ減っていき、遂には全身の装備が破壊され、同時に彼のHPも尽きる。
胸に穴を空けたまま、駆け寄る妹妹やイテカへと何やら言葉を遺している。
「まあ順当かな。彼のことは良く知らないけど、技術的には妹妹やイテカに一歩劣っていた」
冷静にそう判断するフィリップを見て、ステルバは先ほどまで見せていた彼女の感情的な表情は嘘であったのかとすら錯覚する。
「だけど大健闘ではあるか。全滅は免れたのだから。減らしたHPもそこそこかな」
残りは2割。
囲んでいたモドキや黒いモンスターはイテカと妹妹が退避した瞬間にノーチラスから砲弾が飛び殲滅した。
「次はイテカか……」
モドキの攻撃を受けることのできる耐久性を有していたが徐々に被弾率が増えていった。
フィリップは知らぬところであったが、それは【眼王】のスキルの副作用によるもの。
「……仲間なのでしょう。いくら〈マスター〉で、生き返るとはいえ、少しくらいは悲しくはならないのですか」
「悲しい? 何故だい?」
フィリップは首を傾げた。
ステルバの問いの意図が理解出来ない。
「今回、彼女たちはグランザルムという宝を目指してやってきたんだ。道半ばで退場するワン・フーウーとイテカには同情するけど、それでも妹妹が残っているじゃないか」
「宝、ですか」
「ああ。未知の力を持つ宝だよ。勿論、UBMが人間に害為すことは知っている。だけど、それ以上に私にとっては興味の尽きない対象さ。能力も、討伐後の武具も、もっともっと知りたい。そのためなら、多少の犠牲は仕方ないものだろう? ああ、勿論〈マスター〉に限っての話さ」
「……」
ステルバは、デメンタリーが語っていたフィリップに対する印象とは随分違うと感じた。
慈愛に満ちて思いやりがあって甘えん坊で――。
あれはただの家族贔屓の勘違いだったようだ。
「人は欲しいものを手に入れるために動く。物に限らず、名声や親類縁者、心もそうだね。君はどうだい?」
「私はこの近くの村人を救うべく」
「ならば村人の安全が欲しくて、だろう? 変わらないさ。自分のためか他人のためか。それだけの違い。そして、それを第一優先とするならば他はどうしたって切り捨てなければいけないものが出てくる。私の場合は仲間の命は軽いよ。目的が達成される前提ならね」
もはやグランザルムの命は風前の灯火。
討伐は前提でフィリップも考えている。
「さて、最後のお膳立てだ。妹妹が必殺スキルを使うようだし……派手にいこうか」
フィリップの合図と共にモドキ達が爆ぜていく。
威力よりも爆発を重視した砲弾のようで、モドキ達は見た目以上のダメージは少ない。
だが、その隙に妹妹は必殺スキルを発動したようで、爆風に紛れて風が生成され、グランザルム本体を切り刻む。
「――討伐成功のようだ」
闇が晴れていく。
結界は崩れ、天井は青い空へと塗り替わる。
「これにてグランザルム戦は決着。特典武具は……妹妹か。まあそうだろうね」
自身が手に入らなかったことをちっとも悔しがっていない。
先程までの言動からフィリップは特典武具を欲しがりそうなはずだが、しかしステルバはその理由にあたりをつけていた。
「最初から彼女達の誰かがMVPになるように動いていましたね」
「……? ああ、そうだよ。言っただろう、私はモドキと黒いモンスターの殲滅に専念すると」
「しかし、グランザルム本体にも攻撃は出来たのでは?」
ノーチラスの砲撃時、フィリップは必ずと言っていいほど、狙いを付けてから発射の合図を送る。
相手が動いているならともかく、止まっている相手や動きの遅い相手であれば命中率は悪くはないのだ。
ならば、動けないグランザルム相手にも、狙いを定めて、砲撃をすることも可能だったのではないだろうか。
「出来たよ」
「では何故――」
「今回の冒険者は妹妹達だったというだけさ」
特典武具などまったく惜しくない。
何故なら、グランザルムという宝を探し求めたのはフィリップではないから。
「私は先導役。はは、船乗りだから船頭役か。案内人は宝を見つけても取ってはいけない。それがルールさ」
能力にも武具にも興味はある。
だが、それを欲していたかどうかは別の話。
今のフィリップは妹妹とイテカを強くするためにここにいる。
その目的が達成されたならば、それ以上の宝は求めていなかった。
「……欲張りかそうでないのか。わからない人だ」
「そうかい? 自分ではわかりやすいと自覚しているんだけどな」
これからどうしようとステルバは考える。
このままドリム村で余生を過ごすか。
あるいは、最後まで神を殺すか。
「引退後にやることが見つからないとは……趣味をつくっておくべきでしたね」
ステルバは自嘲の意を込めて苦笑する。
グランザルムから村を守る時は何でもない日々も過ごせたというのに。
これから何をすればいいのか、何も思い浮かべなかった。
これにて終わりです
なんかよく分からない終わり方になっちった
幕間やりつつ次章の準備