<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ノーチラス艦内
通り名というのは良くも悪くもその人物を喧伝するのにつかわれる。
“性欲”のようなあまり歓迎しないものであれば持ち主は自ら名乗るのを躊躇われるが、それ以外であれば名乗る者もいよう。
その意味であればフィリップは断然前者だ。
何故自身がこの通り名なのか。
納得いっていなかった。
「渇望って……どういうことだい!?」
食堂での通り名の発表。
隣ではバウムも頭を抱えている。
同様に納得いっていないようだ。
ワン・フー・ウーは諸手を挙げて喝采しているのが微笑ましい。
「どうもこうも、その通りですわ。だって貴女、満たされたことないでしょう?」
プシュケーの言葉にぐうの音も出ない。
確かに、未だ冒険を望むフィリップに終わりはない。
それはグラスコードを倒しても【探検王】となろうとも〈超級〉に至ろうとも、変わりの無い事実。
「求めても求めても。それでも満たされない欲望の塊。だから貴女の通り名は“渇望”ですわ」
「せめて“好奇心”とかさぁ!」
もっと見栄えのいいものがあっただろと抗議するが一蹴される。
どうにも仲間達からみても、暴走している時のフィリップは好奇心旺盛とか探求心とか、そんな聞こえの良い言葉で飾れるような状態ではないらしい。
「はい、というわけで異論は受け付けませんわ。というか別に私が決めたものでもありませんし」
「むー」
確かにプシュケーに文句を言うのはお門違いというもの。
ここは矛を収めるしか無かった。
「私の通り名もそうだけど、皆のは誰が決めたんだろう」
数日が経過した時、フィリップにふと疑問が沸いた。
元々あった者はともかく、他の者はほぼ同時期に通り名が決められている。
ならば、これらは同一人物が纏め、世間に広めた可能性も無くはない。
もはや広まった通り名に対して覆そうなどとは思わないが選定基準や、そもそもとして誰がどのようにして広めたのか。
フィリップとしてはそちらに興味が沸いていた。
「というわけでプシュケー。どこから私達の通り名が流れてきたか。教えてくれないかい?」
「……なにがというわけ、ですの。ええと、通り名の出どころ……そういえば」
プシュケーも首を傾げる。
どこから通り名の存在を知ったのか、忘れていたようだ。
「……そうですわ! 思い出しましたわ。先日の依頼の達成の報告と新しい金策の為の情報を手に入れに〈DIN〉を訪れた時に――」
そこで出会った〈マスター〉に通り名を教えてもらったらしい。
情報代は本人たちということで要らないと。
「初めてみる方でしたわね……あれ、でも……」
所属は皇国支部と言っていたらしい。
それでもレジェンダリアにも通じている。
かなりの情報通……そうでなければ〈DIN〉ではやっていけないということか。
「ならば私達の通り名の出どころはその〈マスター〉が握っているということかな」
「ま、まあそうなります……わね?」
ずいっと身を乗り出して聞く。
歴戦の戦士であるプシュケーも虚を突かれた動きだったのか思わず一歩引いてしまう。
「知りたいなぁ。私達の通り名の由来を。そして一斉に広めた理由も」
ノーチラスへと行き先を命じる。
急な進路方向であっても艦内は揺れることない。
故に、フィリップとプシュケー以外は、今からどこへ向けてノーチラスが走るのかを知る由もない。
「あの……フィリップさん?」
「まだいるかなぁ! いたらいいなぁ!」
件の〈マスターは〉皇国所属という。
既にレジェンダリア支部にいなかったら皇国までの旅となるだろうか。
それはそれで愉快なものとなるだろう。
「全速ぜんしーん!」
その表情は既に未知への好奇心で満たされていた。
とめどなく溢れる未知への欲望。
即ち、渇望が彼女を支配する。
直後、搭載されている震動抑制装置ですら抑えきれない程の速度でノーチラスは走り出す。。
そして数十秒と経たずに普段のノーチラスと違うことに気づいた艦内の仲間達が事情を知り、フィリップはこっぴどく叱られるのであった。