<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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”殲滅兵器”

■ノーチラス艦内

 

「なぜ、何故こんなことに……」

 

 バウム喰変の前には多岐にわたる封筒が置かれていた。

 それらは挑戦状あるいは招待状。

 果ては天地から、バウムを実力者と見込んで宛てられたものだ。

 

「俺は平穏に暮らしていたいだけなのに……」

 

 招待状に関しては新進気鋭であったりランキング上位に名を連ねるクランから仲間にならないかという手紙である。

 こちらもバウムを薬師としてではなく、一戦力として迎え入れたいと書かれてある。

 

 どちらにも共通するのはバウム喰変を途轍もない実力者であると認めているということ。

 本人にしてみればそれは大きな勘違いであると言いたいだろうが、彼の通り名がそれを否定する。

 “殲滅兵器(マーダーウェポン)”と名を広められたバウムは全ての手紙を破棄したい気持ちを流石に不誠実かと抑え込む。

 だが、既にクランに所属しているため他クランからの引き抜きは受けられないし、挑戦状も負けることが分かっていて受けることはしない。

 なにより、そこまで血を求めていない。

 

「まあ、いいか。それよりも回復アイテムを補充しておかないと」

 

 ノーチラス内に保管されているアイテムが幾つか減っていることを確認する。

 いずれも消費アイテムであり、クランメンバーが依頼や経験値稼ぎに赴く際に持ち出している。

 代わりに素材アイテムが減っている以上に補充されており、こちらはバウム以外は手を付ける者がいない。

 クラン内の生産者はバウムが主で、後は矢を自作するアシスタがせいぜいだろう。

 バウムとしても生成を繰り返すことで【高位薬剤師】のレベルが上がっていくため必要なことだ。

 それにバウムが作成したものは同じレベルの生産職が作ったものに比べても質が良いとメンバーからも評判である。

 喜ばれれば嬉しい。

 使ってくれるなら作りたくなる。

 今日も袖をたくし上げ……ることは気密スーツ故にないが、気分だけでもたくし上げてアイテム生成に励もうと意気込む。

 

「……ん?」

 

 だが、ふと必要な素材アイテムが不足していることに気づく。

 モンスター産のアイテムは十分にあるのだが、採集で得られるアイテムはどうにも不足がちである。

 血の気の多いメンバー故に偏りがちで、こういう時はバウム自らが採りに行かねばならない。

 

「誰か……皆出払っているのか」

 

 フィリップはいるが、ノーチラスを安易に動かすことも出来ないため、連れ出せない。

 他は皆不在のため仕方ないとバウムは腰を上げる。

 

「まあ採集だけなら俺1人でも大丈夫か」

 

 先日スーツを一着台無しにしてしまったばかり。

 今回は穏便に済ませたいところだ。

 

 

 

 

 必要なアイテムの名は【クレセントエキス】、【逆さ盃の葉】、【アメイジングソルト】の3つ。

 このうち、後ろ2つはすぐに手に入った。

 とある大樹に生える百の葉のうちの一つだけ逆さとなっている葉。

 海水を十日間濾した最後の一滴。

 採取法や作っている部族を尋ねて交換に応じて貰えれば、手に入れるに容易い。

 だが、【クレセントエキス】は三日月の夜にのみ採れるアイテム。

 その希少性から市場に出回ることも滅多にない。

 

「……チッ。見通しが悪い」

 

 深く昏い森の中。

 曇天が月の光を遮る。

 バウムはあの時を思い出し身が震える。

 足がすくまないのは強くなった証か。

 いや、痛みを忘れてきたのだろうか。

 

「この辺りの虫型モンスターは……【パラサイトスパイダー】だったな」

 

 自身よりも大きな動物型モンスターに寄生する蜘蛛型のモンスター。

 小さな動物はそのまま糸に絡めて餌とする。

 ボスクラスは存在せず、しかしボスクラスのモンスターをも呑み込む力を持ち合わせる。

 群れが強大となればこの森の支配者と成り得るだろう。

 

 情報は武器。

 事前に知っておけば、多少の準備は整えられる。

 

 蜘蛛の死骸をアイテムボックスから取り出しパズズに吸わせる。

 厄介なモンスターであるが死骸である素材アイテムは使いどころが少なく安く売られている。

 使い道のない虫型モンスターは安く売られがちだ。

 バウムにとってはありがたい。

 

「《殺処分》」

 

 パズズの固有スキルで森一帯に潜む【パラサイトスパイダー】は一掃されていく。

 ボスモンスターに寄生していたものも含めて、である。

 

「……これで安心して歩けるな」

 

 自身に入ってきた経験値と森から聞こえてくる蜘蛛の断末魔の叫びでバウムは胸をなでおろす。

 そうして昏い森の中を意気揚々と歩き出した。

 

「しかし虫がいなくてもまだ獣は多いな」

 

 一角兎や多腕熊、黄金の獅子をあしらいつつ【クレセントエキス】が湧き出る泉を目指す。

 時に生成した獣避けのアイテムで攪乱し、時に殺し。

 そうして辿り着くころには雲が晴れ三日月から泉へと光が注いでいた。

 

 試験管を取り出し泉から【クレセントエキス】を掬い上げる。

 必要量だけを採るとアイテムボックスに仕舞い立ち上がる。

 

「ま、こんなところだな」

 

 背後から突進する黄金の獅子を避け、背を伸ばす。

 

「んー。久しぶりに森の中を歩いたけど……やっぱり馴染むな」

 

 虫さえいなければやはり故郷を懐かしめる空気だ。

 現実の肉体はもう森の中を歩けないが、こちらならば存分に味わうことが出来る。

 

「獅子はあちらでは何度か仕留めたが……こっちではどうかな」

 

 泉の手前で身を翻し再び走り出そうとする獅子の眼前にバウムは手を置く。

 びくりと予想外の動きに驚く獅子の身から何本か黄金の毛を引き抜く。

 

「このくらいで十分か」

 

 獅子は牙を剥くがバウムは既にその動きを読んでいる。

 巨体の真下へと身体を滑り込ませることで獅子の顔から遠ざかる。

 ならば、と獅子は爪を振るおうとするがバウムは転がり避ける。

 

 その間にパズズは獅子の毛を取り込んでいる。

 

「《殺処分》」

 

 鼻先にパズズの毒ガスを噴射する。

 凶悪な風はそのまま獅子――【ラグ・ライオネル】というボスモンスターの命を刈り取っていく。

 

「こっちの素材アイテムは使わないものばかりだな。黄金……ね。プシュケーさんの光には劣るな」

 

 あの戦いの後に見せてもらったスウェーコンの黄金の光はこんな濁ったものではなかったなと笑う。

 さて帰るかと帰路を辿ろうとするバウムの足元の地面が小さく盛り上がる。

 

「……ん?」

 

 それは小さな蛆虫。

 レベル1のモンスターで戦闘能力など一切なく、現実でいえば死骸に群がる程度の、限りなく弱い群体であった。

 

「――ひっ」

 

 まるで森の支配者が入れ替わったことを確認するかのように次々に地面から出現する蛆虫らにバウムは声にならない悲鳴をあげる。

 そして次の瞬間には背を向けて駆けだしていた。

 

「――ぅ、わぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 絶叫をあげながら走る。

 走って走って走って、必死に森から抜け出そうと走る。

 

「やっぱり……やっぱり森は怖いぃぃぃぃ」

 

 改めて己の弱さを実感し、しばらくは森に1人で出向かないと決意したバウムである。

 

 余談であるが、一夜にして蛆虫以外のモンスターは全て殺され静かとなったこの森は少しの間、死の森と呼ばれるのであった。

 




進化したことで死体だけでなく生体からでも遺伝子情報を採取出来れば毒ガスを生み出せるようになりました
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