<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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”最後の巨人”

■【巨人王】キシリー・キシシキ

 

 残響があった。

 いつまでも残る声。

 

『ぉぉ俺のぉぉぉきぃぃぃさぁぁぁぁをぉぉぉぉ』

 

 頭から離れない。

 決して許すことない、とばかりに怨霊は蝕み続ける。

 いっそのこと、誰かに相談していればもっと早く楽になれたかもしれない。

 だが、ある意味で成長してしまった。

 悪い意味で強くなってしまった。

 強いということは誰にも頼れないということ。

 弱ければ助けられた。

 小さければ助けられた。

 

 でも、もう自分は弱くも小さくも無い。

 【巨人王】だ。

 

『絶対ぃぃぃにぃぃぃぃ許ぅぅぅさぁぁぁなぁぁぁいぃぃぃ』

 

 拳に付けられた拳鍔――メリケンサックを通じて聞こえる声。

 これは間違いなくこの武具の生前であるフォーカーのもの。

 巨大に憧れ巨大に魅入られ、遂にはより巨大なキシリーによって打ち倒された、モンスターであり巨人の成れの果て。

 彼は今も尚、巨大に憑かれているのだろう。

 

「……」

 

 外してしまおうかとも考えた。

 だけど、これはキシリーにとっても初めての特典武具。

 今のキシリーの強さを支える根幹の一つ。

 

「それに……自慢しちゃったしなぁ」

 

 妹妹や夢味に見せびらかしてしまっている。

 外してしまえば、どうしたのかと疑われるだろう。

 特に、夢味とドッペルは心底羨ましそうにしていた。

 

「……はぁ。どうしよう」

「ん? キシリーの嬢ちゃんじゃねえか。どうした、こんなところで溜息なんてついて」

 

 声がし、思わず身構える。

 だが、ここはノーチラスの廊下であることを思い出し構えた拳を下ろす。

 

「はっはー。そう怖い顔するなよ。可愛い顔が台無しだぜ」

 

 そう、臆面もなくクサい台詞を吐ける者はこのクランでも数は少ない。

 周囲を見渡しても人の姿はなく、しかし声だけは聞こえる。

 

「バーバヤード……さん」

「おう。俺だ」

 

 廊下にあるベンチの上。

 そこにいつの間にか小人が立っていた。

 彼はクランの新入りにしてかつてキシリーと【巨人王】を巡り一戦交えた相手の一人。

 【航空王】バーバヤードである。

 

 今はエンブリオのヴィマーナは仕舞ってあるのだろう。

 小さな体でこの広い潜水艦の中を歩き回るのは大変そうであるが、慣れているのだろうか。

 

「どうした。何か悩み事か?」

 

 たまに変に高いテンションと間延びしたような癖のある喋り方をするが、今は鳴りを潜めている。

 キシリーの観察した限りでは、どうも相手の状態によって使い分けているらしい。

 ならば今の彼は自分をどう捉えて、落ち着いた声で語り掛けてきているのだろう。

 

「その……」

 

 今もずっとフォーカーの残滓が聞こえる。

 無視はしているが、それもいずれは限界が来るだろう。

 その悩みを吐き出そうとし、詰まる。

 小さな体躯を見て、自身の弱さを仕舞おうとしてしまう。

 

「……?」

「なんでも……ないよ」

 

 何でもない顔をしていないキシリーはそのまま立ち去ろうとする。

 きっとこのまま耐えていれば自分は本当に弱くなって誰かに吐き出すだろう。

 その時まで、弱くなるまでは強く耐えねばと堪える。

 

「今のキシリーの顔は、放っておけねえな。女の子は何でもないときは笑顔であるもんだぜ」

 

 だが、彼の声はキシリーをその場に繋ぎ止める。

 まだ話は終わっていない。

 むしろこれからとばかりに。

 

「懐かしい。アシスタと出会った頃も同じような顔をしてた。あの時もアシスタは可愛かったが、だけどよ、笑顔になった今のアシスタはもっと可愛いんだ。知ってるか?」

「……いや知らないけど」

 

 今もあまり笑顔をみせないアシスタの魅力は置いておくとして。

 そんな惚気を聞かされるために自分は呼び止められたのか? 

 ならばやはり、と再び歩き出そうとするキシリーの目の前にラジコンヘリが旋回する。

 

「溜め込むなよ。小さな女の子が困っているんだ。ここは男の俺が人肌脱がなくてどうするんだって話だ」

「小さなって……私もう小さくはないよ。【巨人王】だし」

 

 ウチデノコヅチで背丈のコントロールもし、今は少しだけ大きな少女といった程度の身長だ。

 それでも本来は巨人に分類されるべき大きさのアバター。

 加えて【巨人王】という超級職に就く自分をつかまえて小さいというとは。

 少しばかりの苛立ちを覚えるキシリーに対してバーバヤードは少しの躊躇いも無く言葉を続ける。

 

「小さいさ。俺の眼には縮こまって震える可愛い女の子しか映ってねえな。それに悩み事があるんだろう? 悩みの前に背が大きいも小さいもねえさ。女の愚痴を受け止めるのが男の甲斐性よ」

 

 普段からアシスタにこんなことばかり言っているのなら、確かにアシスタの態度が今のようになるのは仕方ないだろう。

 だけど、少しだけ楽になったような気がした。

 自分を、まだ小さな女の子として扱ってくれる、この小人が大きくみえた。

 

「ま、人生経験ならキシリーよりも俺のほうが長いんだ。ここは先輩としてズバッと悩みを聞いてやるぜ」

 

 大きさや強さを頑なに支柱としているキシリーが相手だからか。

 バーバヤードは自分の方が年上だから、という戦法に変える。

 そしてそれは効果てきめんであった。

 

 キシリーは少しだけ歩を戻すと、先程までバーバヤードが立っていたベンチに座る。

 ヴィマーナもキシリーの隣へ着地し、中からバーバヤードが出てきた。

 

「……声がね、するんだ」

「声?」

「うん。この特典武具の……声が。フォーカーさんがもっと大きくしろって。【巨人王】の責務を果たせって」

「……なるほどなぁ」

 

 とんでもない悩みが来ちまったなとバーバヤードは少しだけ後悔をにじませる表情を出すがすぐにひっこめた。

 そのような顔は目の前に困った女の子がいる状況に相応しくない。

 ここで出すべき顔は笑顔だ。

 

「特典武具が喋るってのはたまに聞く話だ。意志あるやつ武具ってやつだな。ほとんどは協力的なものが多いらしいが……キシリーのを聞く限りだと呪いに近いのかね。何かしてくるのか?」

「ううん。喋ってくるだけ」

「そうか。うーん」

 

 実害があるわけではない。

 だが、それでも気にはなるものだ。

 

 バーバヤードは少しだけ、考える素振りをみせた後、

 

「今日は何か予定あるか?」

 

 そう、尋ねてきた。

 

 

 

 

 狭い密室の中で男の人と2人とは初めての経験だ。

 だが、キシリーにとっては異性であるが、恥ずかしくはなかった。

 それは既に彼が兄のように優しく気遣ってくれているからかもしれない。

 

「ベルトは締めたか?」

「う、うん」

「効果時間ってどのくらいなんだ?」

「私が解除するか……大きさにもよるけど、このくらいだと1時間は大丈夫」

「そうか。じゃあ大空の旅1時間コースといこうじゃねえか」

 

 ゆっくりと回転を始めるプロペラのブレードが眼で追えない程の速度となる。

 その瞬間には浮遊感がキシリーを襲い、気づいた時には視界が空高くまで上がっていた。

 

「うわぁ……凄い」

「だろう?」

 

 キシリーを抱える形で座るバーバヤードが耳元で自慢げに頷く。

 少しばかりくすぐったい気持ちになるが、すぐに視界いっぱいに広がる景色で頭の中はそれどこではなくなった。

 

 今、キシリーは空の上にいた。

 正確にはキシリーとバーバヤードを乗せたヴィマーナが空を飛んでいた。

 ウチデノコヅチで本来の人間のサイズへと大きくなったバーバヤードとヴィマーナ。

 2つ分の《姫の三振り》のストックを費やしたが、それに見合った価値を今キシリーは味わっている。

 

「どうだ。これが俺がいつも見ている景色だ」

「凄い……凄い!」

 

 年相応に、無邪気にはしゃぐキシリーを暖かな目でバーバヤードは見る。

 本来はバーバヤードしか乗る場所の無いヴィマーナだが、ぎゅうぎゅうに詰め込んでなんとか2人で搭乗している。

 

「ありきたりな言葉だけど、この大空の前にはどんな悩みもちっぽけなものになる。でもな、それでも大地に降り立ったら悩みってのはまた思い出さざるを得なくなるんだ」

「……?」

 

 前半だけであれば励ましの言葉だっただろうが、後半を付け加えたことで何を伝えたいのか分からなくなった。

 首を傾げるキシリーだが、背にいるバーバヤードの表情はみえない。

 

「俺が今出来るのは憂さ晴らしだ。少しの間だけでも悩みを忘れることが出来たか?」

「うん。ありがとうバーバヤードさん」

 

 だけど、バーバヤードの言葉の通り、このヴィマーナなら降りれば再びフォーカーの声に悩まされることになるだろう。

 否、今も声は聞こえている。

 大空で忘れていただけだ。

 

「俺が思うによ、フォーカーはきっとキシリーの言葉を待っているんだと思うぜ」

「私の?」

「ああ。男だっていつも強くはいられねえ。女の前で時には弱さを見せるもんさ。フォーカーも寂しいんじゃねえのかな」

「でも、フォーカーさんは【巨人王】がどうとか、そんなことばっかりだよ」

「口実が必要な時もあるってだけだ。好きな子に悪戯する男子みたいにな。キシリーはまだフォーカーに言葉を返したことはないんだろう?」

 

 その通りだ。

 フォーカーの要求には答えられず、返答もしないままであった。

 

「五月蠅いとか、そんな言葉でも良い。キシリーの今の気持ちを伝えてやれ」

「そんなことでいいの?」

「そんなことなのさ。男は簡単だ。簡単にケリがつく」

 

 頭を撫でられる。

 暖かくて、大きな手だ。

 空中であっても安心できるのは、きっとバーバヤードが後ろにいるからだろう。

 

「さあ、息を大きく吸って」

 

 言われた通りに息を吸う。

 

「叫んじまえ。ここは空の上だ。何を言おうと俺達しか知り得ない!」

 

 眼前のガラス超しに巨大なモンスターが現れる。

 だが、バーバヤードは巧みにヴィマーナを操作し、ミサイルで迎撃していく。

 

「私は! 私の為に【巨人王】になったんだ! フォーカーさんのためになんかじゃない! だから! フォーカーさんも私の為に力を貸して!」

 

 爆発の音よりも大きく。

 キシリーは言いたいことを叫んだ。

 

『そぉぉぉれぇぇぇがぁぁぁ答えぇぇかぁぁぁ』

「そうだよ!」

『……分かった』

 

 それきり声は聞こえなくなった。

 少しだけ輝きを増したメリケンサックがキシリーの手にあるだけだ。

 

「良い主張だったぜ。で、どうだ?」

「静かに、なった。『分かった』って!」

 

 バーバヤードの声は無かった。

 代わりに両手で頭を撫でられた。

 ヴィマーナは大きく傾くも墜落は免れた。

 

 それから1時間、ウチデノコヅチの効果が切れるまで空の旅を続け、2人は地上に戻ってきた。

 キシリーの顔は晴れやかなものとなり、1時間前にあった悩みはさっぱりと吹き飛んでいる。

 

「バーバヤードさん! ありがとうね」

 

 元の大きさに戻ったバーバヤードへと礼を言う。

 ヴィマーナの中でバーバヤードは手を振り、

 

「また困ったことがあれば相談に乗るぜ」

 

 と、キザな笑顔をみせるのであった。

 

「うん……だけど」

「なんだ。早速また困ったことでもあったか?」

 

 ノーチラス号に近づいたところでキシリーの顔が曇り始める。

 

「あの……アシスタさんがこっち見てる」

 

 キシリーの指さす方、ノーチラス号の傍らにアシスタが鬼のような形相でこちらを睨んでいた。

 

「……私もまだ乗ったことないのに」

 

 ジョブ補正による視力で一部始終を見ていたアシスタは、年下の少女と楽しく空中遊覧をしていたバーバヤードを睨みつける。

 

「あ、アシスタさん。あのね、これは――」

「ああ、いいのよキシリーちゃんは。いつもいつもそう。女の子を勘違いさせるバーバヤードが悪いの。沖縄の旅行だって北海道の旅行だっていつもいつも――」

 

 2人旅の中で赤面させた女性は数知れず。

 

「……キシリー。これだけは忘れないでいてくれ。女の愚痴も、愛も、何もかもを受け止めるのが男の甲斐性ってもんだ」

「それさっきも聞いた……じゃなくて」

 

 今のバーバヤードには言うことがある。

 言われて嬉しかった。

 だから今こそ返す番だ。

 

「困ったことがあったら相談に乗るからね」

 

 キシリーの言葉に対して悲しそうな笑顔をし、なるべくゆっくりと進んでいき、遂にはヴィマーナから降りるバーバヤード。

 先程よりもその背中は小さくみえた。

 




最後アレですが、メインはキシリーです
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