<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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”限界点”

■ノーチラス 食堂

 

 それはとあるのどかな昼下がり。

 食後の談話を楽しんでいたのはクリアント、バウム喰変、バーバヤードの3人。

 たまには男同士で語ろうやとバウムを連れてきたバーバヤードの誘いにのり、クリアントは立ちあがりかけていた席に腰掛けた。 

 ワンプも『まあ男性相手なら別にいいでしょう。寛容なワンプちゃんです』と意味の分からないことを言って紋章の中に入っていった。

 単に男同士の会話が詰まらなかっただけなのかもしれないが、男同士気兼ねなく喋るのもたまにはいいものだと、自然と口を開く回数も増える。

 

 喋る内容など特には決まっておらず、それこそ休み時間に教室で語る程度の他愛も無い話ばかりであった。

 特にバーバヤードの恋愛話はクリアントもバウムも興味をそそられたが、よくよく聞いてみると結局は惚気であり、『なんだよ』と笑い飛ばすことになる。

 

 さて、そんな明日には忘れてしまうような会話が1時間ばかり続いたころ。

 コップに注がれていた飲み物も無くなり、そろそろ解散の雰囲気を醸し出されていた時に、彼女はやってきた。

 

「あ、いた! おーい、バウムお兄ちゃん」

 

 このクランに親類縁者の関係にある者はいない。

 だから、誰がバウムを兄と呼んだのだろうと、3人共に声のした方へ振り替えり、そのうち2人が固まった。

 

「ん? ありゃ、妹妹か」

 

 左右に分けたおさげを振り回しながら懸命に走り駆け寄ってくる可愛らしい少女。

 妹妹が声の主と気づいたバーバヤードは彼女へ手を振る。

 

「どうした、バウムに用か?」

「あ、バーバヤードお兄ちゃん。それにクリアントお兄ちゃんも!」

 

 正直言って、クリアントにとっては妹妹から兄呼ばわりされることはトラウマ以外の何物でもない。

 彼女が何かをしたわけではないのだが、彼女の振りをした何かが頭をよぎるのだ。

 今はその何かもクャントルスカの下で大人しくしているが。

 

「……俺に何か用事か」

 

 そしてバウムもまた彼女に対して警戒心を抱いていた。

 妹妹に悪意が無いことは分かっている。

 そして、彼女がバウム以外にも他の年上の人間に対して兄や姉といった呼び方をすることもあると知っている。

 それ自体は別に良いのだ。

 悪い気はしない。

 

 だが……まるで化け物が人間の振りをするかの如く。

 弱弱しく可愛らしい振りをする妹妹を見て、バウムは思うところがあった。

 

「えっとね……ああ、そっか。オーナーがいますし、もう知っているんですよね」

 

 可愛らしく首を傾げていた妹妹であったが、バウムの態度を見て視線を一段階下げる。

 暖かな目が凍てつくようなものへと一変し、バウムへ向けられた。

 

「……いや。クリアントからは何も聞いていない。悪いがこれは俺の勘だ。妹妹が隠しているってことはな」

 

 最初からバウムは勘づいていた。

 妹妹が見た目通りの、年相応の少女ではないことを。

 

「(森の中で相対した……獅子や虎の類だなこれは)」

 

 流石に口には出さなかったが、下手をすれば命を落としかねなかった猛獣との死闘を思い出す。

 

「じゃあまあ良いですか。ええとですね、先日手に入れた特典武具なのですが」

「話には聞いている。神話級だったか。大したものだな」

「大したことをしたくはなかったのですが、まあ状況が状況でしたので。いえ、そんなことではなくて。特典武具を取り入れた訓練を行いたいのですが」

「……? すればいいだろう」

 

 別にバウムの許可を取る必要はない。

 いや、場合によっては回復アイテムが必要になるからその打診にでも来たのだろうか。

 ならばまあ見た目通りの可愛さもあるか、とバウムは納得する。

 

「はい。じゃあしましょう」

「……ナニヲ?」

「訓練を。バウムさんと」

「ナンデ?」

 

 そんなこんなで妹妹はバウムで……ではなく、バウムと訓練をすることとなった。

 神話級特典武具を用いた訓練を。

 

 

 

 

「何故俺なんだよ……そしてギャラリーが多いな」

 

 相席していたクリアントとバーバヤードは半ば面白がって。

 そして他にも話を聞きつけた魔法少女達が集っていた。

 場所は少し開けた土地。

 組み手をするには十分な空間である。

 

「特典武具の試し撃ちならクリアントがいるだろ」

「いや……オーナーだと話にならないので」

 

 話にならないクリアントはそれきり口を開くことはなかった。

 

「バーバヤードは……この感じだと小さいか」

「はい。対人を想定したいので。あとはバウムさんかプシュケーさんにお願いしたかったのですが、この場合はバウムさんが適任かな、と」

「だから何故俺なんだ?」

 

 超級職でも無い。

 直接的な戦闘力のあるエンブリオでもない。

 ステータスもそこまで高くないバウムを何故組手の相手として選んだのか。

 

「だってバウムさんが一番強いじゃないですか」

「……そんなわけあるか」

 

 クャントルスカがいる。

 フィリップがいる。

 プシュケーがいる。

 他にも多数の準〈超級〉が在籍するこのクランで、自分が一番強いだと?

 バウムは馬鹿馬鹿しいと手を振る。

 

「一番弱いの間違いだろ」

「いえ。一番強いです。勿論、ステータスやスキルの話でいえば、他にも強い人はいるでしょう。ですが、現実から持ち込んだセンスの話でいえば……バウムさんが一番です」

「……」

 

 否定できなかった。

 確かに、かつては人類の中でも一握りの才と能力を有していると自負していたこともある。

 だが、今は違うのだ。

 もう動くことすらままならない身体だ。

 

「培った経験は決して裏切りませんよ。私がそうであったように」

 

 妹妹は四面体の小さな箱を取り出す。

 それぞれに何か絵柄が描かれている。

 

「こちらが今回の武具、【刻四無想 グランザルム】。能力は、賽子みたいなものです」

「……それで俺にどうしろと」

「今から私がこれを使うので、使った後の組手に付き合ってください」

 

 一切の妥協を許さぬ目であった。

 その瞳がどの種の輝きを秘めているのか、分からないバウムではない。

 

「分かった」

 

 バウムの言葉に応えるように、妹妹はグランザルムを使用する。

 

 バウムと妹妹は構える。

 自然の中で育ったバウムに格闘技の経験はない。

 ただ野生に従うまま、最適解の動きを出すための前傾姿勢で構えを作る。

 

 対する妹妹は構えない。

 いわば無の構え。

 どの動作にでも繋がるよう、あえて構えを取らない。

 

 誰が合図を出したわけではない。

 だが、次の瞬間には2人とも動き出し――

 

 

 

 

「ありがとうございました」

「……ああ。俺も良い練習になった」

 

 倒れるバウムとそれを見下ろす妹妹。

 勝敗は、やや妹妹に優勢に終わる形となった。

 

「しかしこんなので練習になったのか?」

「ええ。ある程度は使いこなせるようになりました。最近は正面からの戦いを避けていたものですので。これからはバウムさんを頼れそうで良かったです」

「……まあ、たまにくらいで」

 

 頼れそう、の時だけとびきり可愛い笑顔を向けられたが、それは肉食獣が獲物を見つけた時の顔にしか見えなかった。

 

「……妹妹はこれから【切断姫】を取り直しに行くのか?」

 

 グランザルムとの戦いの途中に失った超級職。

 それがあれば、きっとバウムとの戦いはもっと優劣の差が生まれていただろう。

 

「そうですね。それもまた私の強さの一つです。残っていれば取りに行こうかなと」

 

 最近は、強さに対して否定的な言葉を使わなくなった。

 そんなことを妹妹は自身で思う。

 それが良いことなのか悪いことなのか、あるいは成長なのか。

 

「バウムさんも狙いに行かないんですか? 薬師か薬剤師系統の超級職って空席でしたよね」

「複合超級職だな。【薬王】だが……今は悩んでいる」

「と、いうと?」

「【薬王】は薬効強化のスキルはあるらしいんだが、回復に特化している。俺のパズズとのシナジーにはならない」

 

 かつての師に教えられた超級職の知識。

 バウムには、他が向いていると教えられた。

 

「だから毒術師との複合超級職を狙いに行く。こっちはパズズへの補正も問題ないらしい」

「らしいってことは誰かに聞いたんですか?」

「……まあ、な」

 

 少し口を滑らせすぎたかとバウムは慌てて口元を抑える。

 あまり迂闊に漏らし過ぎてはならないと言い付けられていたことを思い出した。

 

「……そんな感じだ。他のみんなも超級職に就いたりエンブリオが進化したり。強くはなっているみたいだからな。俺も負けていられない。妹妹のおかげでそんな気持ちになれたよ」

 

 身体を動かしたおかげか。

 強いことの楽しみを思い出す。

 

「……私は。そうですね、他の皆さんが強くなれば、それで良いだけです」

 

 自身が弱くなることで弱者を守ろうとした。

 だが、ワン・フー・ウーとの再会で彼女の考え方も少し変わってきているのだ。

 弱者を強くすることで守る。

 そんな考え方に。

 

「バウムさん。強くなったらまた手合わせしましょう」

「……ああ。必ずな」

 

 バウムの顔には少しばかり自信が溢れ出ていた。

 強さを取り戻した証だ。

 

「次は……誰がいいでしょうか」

 

 

 己は強い。

 自他共に強者であることを弁えている。

 だからこそ、強いままであってはいけない。

 強さを、仲間へと伝染させねばならない。

 それこそは真の強さだ。

 ワン・フー・ウーやキシリーの顔を思い浮かべる。

 まだまだ仲間は強くなれる。

 きっと妹妹の助けなど必要ないくらいに。

 

 残念ながらオーナーであるクリアントの顔はちっとも浮かばなかった。

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